51.リカ
おおたリカは激しい恋に身もだえていた。
リカは今朝もカオリお姉ちゃんとのイチャイチャを想像して楽しんだ。スマホを持っているお姉ちゃんに頼んで撮ったカオリの寝顔写真を使うと特に捗った。リカはカオリの事を毎日朝な夕な考えているのだった。
リカはメモ帳に回数を書き記す。正の字がもう20個以上ある。ここ数日に至っては、日に10回前後は妄想していた。この回数がカオリへの愛の証明になるとマユカお姉ちゃんに教わってから、欠かさず記入しているのだった。
100個たまったらカオリお姉ちゃんに見せてあげるつもりなのであった。
でも、そんなリカの想いをカオリはなかなか受け入れてくれなかった。「リカはまだ子供だからダメだ」だって。リカはカオリお姉ちゃんよりも、きっと上手だよ。ある意味で確かにリカは、カオリよりも経験豊富な「おとな」だった。
今日の4限の授業は自主調理実習だった。先生も施設長もいない。副食の切り干し大根ときゅうりの浅漬けしか用意されていない昼食を、自分たちの手で充実させるのだ。
まず味噌汁の出汁を取るところから始める。頭と腸を取り除いた煮干しと昆布を、お鍋の水に浸しておく。
次にお米を研ぐ。コメは東北と北陸の各地から取り寄せている。令和帝国における平民の主食は関税がゼロになった安い米国産のコメと小麦だが、孤児院では値段の張る国産のブランド米をあえて使っている。
狂信的な国粋主義を標榜する松下村会議メンバーも、自動車・鉄鋼メーカーの莫大なリベートには抗えなかった。もっとも、輸出品目の関税は上乗せを延期してもらっただけで、外交的には一方的な敗北であった。安藤太郎は戦前回帰と軍国政策以外の国事には関心が無かった。事実上の先軍政治であった。菅野は自身の建設利権にしか興味が無く、地元横浜市をアメリカのカジノ・リゾート運営会社に売り渡して恬然たる有様だった。
飯と汁の用意が一段落すると、いよいよおかず作りに取り掛かる。今日はピーマンと椎茸の肉詰めを作る。野菜奉行のカオリが年長組を指揮して下ごしらえをする。年少組は挽肉に塩コショウとおろし生姜で味付けし、軽く炒めたタマネギのみじん切りを加えた種を捏ねた。
そしていよいよ肉と野菜の合体作業が行われる。この辺りでリカも楽しくなってくる。ノリノリである。半割ピーマンと椎茸のヒダヒダ側に種を詰めながら、カオリお姉ちゃんのとの新婚生活を想像して夢見心地になっている。その様子に周りの元娼妓組もニヤニヤしていた。
ここで数名が味噌汁の用意に戻る。水から煮出した汁から煮干しと昆布を引き上げ、銀杏切りにした大根を加えてさらに加熱する。ネギは小口切りにして最後に加える。理由は少量で十分な風味を楽しめるからだ。沸騰したら火を止めて味噌をとき、ネギを加えて完成である。
おかずの完成に向けてラストスパートがかけられる。フライパンに油をひいて強火で熱し、肉側から焼き始める。香ばしい匂いが漂う。充分に焼き目をつけて脂とうま味を閉じ込めたら、中火に落とし、ひっくり返して野菜側を炒める。小さく焦げ目がついたところで水を少々流し入れて蓋をし、蒸し焼きにする。
炊き上がったお米を蒸らし終えると、いよいよ実食タイムである。ピーマン嫌いな女の子には野菜番長の目が光っている。番長的には「肉と一緒なら食えるだろ」ということになる。彼女自身は、大口を開けて放り込み、一口でもごもごと頬張るのである。カオリの行動はワイルドだがやんちゃでかわいく、どこか憎めないところがあった。
食後はもちろん自分たちで後片付けをする。食器を片付け、テーブルを拭き、残飯を処理し、洗い物をする。いまでは自然に役割分担が生まれて効率が上がり、最初のころより早く終わるようになっていた。
午後の自由時間に、リカは面談室に呼び出された。中ではカオリとサトリが待っていた。リカは褒められる覚えがないので、消去法で叱られるのかと思って、おそるおそる二人の様子を覗っていた。ふたりとも真剣な表情をしていた。
サトリ先生が話を切り出した。
「実はリカちゃんにお願いがあるの。あのお店に連れてこられたところから始めて、お店でのことを全部、カメラに向かっておはなしできるかな。あんまり思い出したくないでしょうけど」
カオリお姉ちゃんがリカの隣に座って、肩を抱いた。
「辛いだろ。辛いよな。でも、ああいう所で行われている悪いことを世界中の人々に教えてあげないと、リカと同じ目にあっている子たちと、これから同じ目に合う子たちを助けてあげられないんだ。
この孤児院でおこづかいをもらって、初めて買い物に出かけた日、覚えてるか。そうだよ、店で2000円だったカップ麺なんて、激安量販店なら100円くらいだ。ぼったくりだよ。あんな悪い事を許しちゃいけない。リカが世間のみんなに教えてあげることで、ああいうふざけたことをやめさせるきっかけを作れるんだ。頼む、協力してくれ」
サトリもリカの説得にかかった。
「リカちゃんがおとなしく従うまで店のスタッフたちに何度も乱暴されたこと、初めてお客さんの相手をさせられた時のこと、その辺りのことをお願いしたいの。リカちゃんが一番つらかった頃のことをね。ひどいお願いをしているわよね。でもね、それでも、あえて、どうしてもお願いするわ。被害にあっている女の子たちを助けてあげて」
リカはカオリの胸で泣きじゃくっていた。やだ、いたい、やめて、おうちにかえして、ごめんなさい、ママはどこ、ゆるして・・・・・・あの時、全ての叫びは無視された。時々、笑い飛ばされた。
泣くと叩かれた。言いつけを覚えないと、また叩かれた。お腹が空いてもごはんはもらえなかった。「働かざる者食うべからず」と言われて、また叩かれた。
はじめてのお客さんはリカの・・・・・・「み~な」の最初を10万円で買ったと言っていた。嘘ではなかった。み~なとしては初めてだったから。お仕事の間中、すごく痛くて涙が止まらなかった。お客さんは喜んでいた。
初めての歩合給は3000円だった。やっとごはんが食べられた。食べている途中で、もう次のお客さんが来た。乱暴な手つきで傷に軟膏を塗られて、み~なはまた働かされた。治るまで何日もかかって、その間ずっと痛かった・・・・・・。
カオリがリカの栗色の髪を撫でながら妥協案を提示した。
「ごめんな、嫌なことを思い出させちまって。うーん、そうだな。がんばって話してくれたら、何か欲しいものをひとつ買ってやるよ。でっかいぬいぐるみとか、ミカちゃんハウスセットとか」
サトリが急にカオリに向かって首を横に振った。テーブルに置いていたスマホで何か検索して、カオリに画面を見せた。グランドドリームという商品の値段が37,800円!? まずい、なんとかぬいぐるみの方に誘導していこう。あれなら5000円くらいで済む。
泣き止んだリカがカオリに言った。
「じゃあ、カオリお姉ちゃん」
「そうだよな、やっぱぬいぐるみだよなー・・・・・・って、え?」
「リカはカオリお姉ちゃんがほしい。カオリお姉ちゃんしかいらない。リカはカオリお姉ちゃんとけっこんするの」
キターーーーー、超 展 開 (笑) サトリがスマートフォンのカメラを起動し、動画撮影モードに切り替えた。REC、REC! リカはカオリの前に膝まづいて、カオリの手を握り、カオリの目をまっすぐ見つめて、求婚した。
「リカはカオリお姉ちゃんがだいすきです。リカとけっこんしてください。リカは、まいにちお姉ちゃんのおみそしるがのみたいです。おねがいします」
カオリは脇でニヤニヤしながら撮影しているサトリを睨みつけた。サトリは慌てて首を振って否定した。この斬新なプロポーズをリカに仕込んだ犯人は、たしかにサトリではなかった。




