49.エミ
元女囚、現白黒団連絡員エミは、おつかいを楽しんでいた。
白黒団の連絡は強固な暗号化セキュリティーに守られた独自の専用アプリで行われていたが、時には口伝てに頼る必要が生じた。ちょっとした荷物をこっそり届ける必要も。それが人数の増加に伴い日に数件、数十件となってきたので、新規の連絡員が募集された。町工場に引き続き孤児院の仕事にも馴染めなかったエミは、この募集に飛びついた。
本当はこの仕事は、確かな身元と免許と車かバイクを持っている人が優先的に選ばれるのだけど、首都圏限定ならティーンの女子も盲点になってよかろうと、ナオコが推してくれたらしい。
仕事は楽しかった。公共交通機関が発達した首都圏内の各所を巡り、様々な場所で、いろんな人と会った。初めのうちはスパイゲーム感覚でスリリングな展開を期待していたが、お巡りさんも憲兵も人畜無害そうなおっとり顔のエミには興味関心がわかないらしく、誰何も職質もされたことがなかった。
この仕事の最大の利点は、連絡と地図路線図の確認用にスマートフォンを支給されたことだった。あとで給与から天引きされるが、ネット通販も利用できるようになった。配達先は孤児院近くの協力者の家の空きガレージになっていて、常時置き配を指定できた。いつも仕事帰りに寄って回収させてもらっている。
もうひとつエミにとってありがたいのは、いまや孤児院で欠かせない保育士になったカオリと日中、顔を合わせずに済むことだった。そのうち出足のいい駅近物件に入居させてもらえれば、一日中会わなくて済む。
矯正施設において、エミは自分で思っていた以上にカオリに愛されていた。それは痛いほどわかる。でもカオリをみると、どうしても酷寒の冬の夜を抱き合って耐え忍んだ、あの地獄の記憶が蘇ってしまう。
カオリへの愛情が消えたわけではなかったが、カオリたちといるとどうしても、またあの地獄に引き戻される錯覚に苦しめられてしまう。脱出直後は毎晩、いまでも3日に一度は悪夢にうなされている。みんな施設長と先生たちに話を聞いてもらっているらしいけど、エミは自分の弱さをさらけ出すようで嫌だった。
その日のエミの仕事は7件。違法性風俗店のヒトとモノの出入りを監視しているメンバーへの支援任務が6件で、最後に夜、埼玉県のとあるアパートに住む若い男性に、ちょっとした品とメッセージを届ける役目があった。
出会うメンバーの性別年齢は様々で、白黒団への支持が幅広い層に浸透しつつあるのが肌で感じられる。最新の監視ツールと差し入れの飲食物を届けた大学生のお兄さんは、エミの泣きボクロがセクシーだとほめてくれた。ちゃっかりエアドロップで連絡先を交換した。
「(そうだよね。娑婆に出たら普通に男と付き合えるじゃん。いつまでも施設の記憶を引き摺ってられないもん)」
6件目完了で19時45分。7件目のターゲットは仕事帰りに安い居酒屋チェーン店で飲み食いしてから、20:00から21:00ごろまでに帰宅するとのこと。同じ町内なので余裕で間に合う。
目的地に到着した。アパート名と部屋番号を確かめる。ひどいところだとアパート名の掲示が無かったり、A棟B棟に分かれていて、しかもどちらがAでどっちがBだかわからなかったりする。幸いここはしっかりしていて、部屋番号もインターホンの上に明示されていた。
呼び鈴を鳴らしたが反応が無い。まだ帰っていないようだ。しかたなくドアに背中を預けて座り込んで待つ。ここから孤児院まで2時間はかかっちゃうから、マジではやく終わらないかな・・・・・・。
・・・・・・眠ってたみたい。見ていたスマホは股間の上に落ちていた。画面が点灯すると、まるで大事なところが輝いてるみたいだ。はいはい、どうせエミちゃんは変態猿ですよっと。げ、21:12!? ・・・・・・おや?
「目が覚めたみたいだね、スリーピングビューティーさん。そろそろ部屋に入ってもいいかい?」
油じみた作業服を着た若い男がしゃがんでエミを見つめていた。顔が少し赤らんで、ちょっとお酒臭い。今回のターゲットじゃん。
エミは左手を差し出した。確信があった。男はその手を握ってエミを立たせた。やっぱりいい奴。
「山田タカヒロさんね、あたしエミ。ある人からのメッセージを伝えに来たの。え、どんだけ待ってたの? すぐ起こしてくれればよかったのに」
「30分くらいかな。君の寝顔がチャーミング過ぎて、つい見とれちまったんだ。ここで寝顔を見せてくれたのは君で3人目だよ」
「うわっキモッ。ちなみにメッセージって、その前の2人からなんだ。表じゃ何だから、中入れてもらっていい?」
エミは事情を説明し、ナオコとクロからのメッセージを伝えた。あの時の一宿一飯の恩義は一生忘れません。大感激大感謝です、という内容だった。
「ついでに言うとね。あたしもあの子たちのおかげで同じ矯正施設から逃げてこられたんだよ。娼婦させられてた子たちもそう。だからタカヒロさんは、あのふたりを助けたことで、間接的に300人の女の子を救ったってわけ。人数はこれからもっと増えると思う(億単位かも)」
「なんだかすごい話だね。あの子たちが夢を紡ぐ草をたくさん持ってたから、何かあるとは思ったけどさ」
「それとこれ、ナオコからタカヒロさんにって」
エミは鞄から持ち重りのする長方形の包みを取り出してタカヒロに渡した。これにて本日のお仕事完了。
「何だいこれ、重くてぎっしり詰まってる感あるけど」
「知らな~い。チョコレートか羊羹じゃないの?」
タカヒロは包みをはがした。それは1万円札の束だった。
「これ、いくらあるの?」
「さあ。・・・・・・たしか1cmで100万円だった気がする。数えてみれば?」
「定規無かったかな。定規定規」
タカヒロは引き出しの上段の中を漁った。15cmの定規を見つけた。測ってみると5cmあった。
「・・・・・・なんだろ。なんか怖いな。口止め料的なお金なのかな、これ」
「いやー、たぶん、ありがとうの気持ちを現金化したんだと思うよ。今日バレンタインでもあるし。口止めとか気にするくらいなら、最初から接触を図らせてないだろうしね」
ふたりの間に沈黙の時が流れた。
「うーん、これはさすがに受け取れないなー。額が大きすぎるよ」
「もらっときなよ。腐る物じゃないしさ。あって困る物でも無し」
「じゃあ、このお金は俺からの寄付金ということにするよ。君たちの孤児院で使ってほしい。それならいいだろ?」
「えー、か弱い乙女にそれ持たせて夜道を帰らせる気なの~? 自分で言うのも厚かましいけどさ、カモがネギ背負って歩いてる感じにならない?」
「えっと、つまり、今夜は泊まってくほうが安全ってことか。べ、別にいいけど」
ふたりの間を天使が通り過ぎた。




