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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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48.山下

 山下大輔は東京の、ある大邸宅を訪れていた。


 相原ナオコと遭遇した山下は、駅まで車で送られたその足で帰庁した。柳沢課長に裁可を仰ぐと、君の一存で情報を流してよいと言われた。業務日報だけ体裁を取り繕えば、どこで何をしていても当面構わないと。相原ナオコの言った通りだった。


 翌日、山下は手持ちで最も高いスーツを着て、とある邸宅の通用口で呼び鈴を鳴らした。訪問は事前に連絡してある。監視カメラ映像で確認したのだろう、すぐに中へ通された。


 執事の鴨居が待っていた。目礼しただけで、すぐに案内に立つ。長い廊下を歩いているうちに、今日の自分の行動が日本国の趨勢を左右しかねないことに、今更ながら気づいてしまった。緊張し、血の気が引くのが自分でもわかる。


 主の部屋に到着した。鴨居が呼びかけてから先に入った。いっそ奴が事切れていてくれれば、結論を先延ばしに出来るのだが。だが、病状が進行して現在では心拍数をモニタリングされている以上、急変があればすぐに伝わるだろう。


 鴨居が障子を開け放ち、山下に向かって頷いてみせた。


 その老人は、大儀そうに半身を起こして、山下を待っていた。


「御前。不肖なる大輔が拝謁いたします」


 山下が正座から額を畳につける礼をした。そのまま顔を挙げずに待つ。


 老人は声を出そうとしたがせき込んでしまった。傍らの吸い飲みを掴み、注ぎ口をくわえて水らしきものを飲む。気管に入ったらしく、また激しくせき込んだ。忌々し気に吸い飲みを投げ捨てた。


「頭をあげろ。もっと近くに。よく顔をみせろ」


 命令することに慣れているその声は、しわがれているものの、山下のものによく似ていた。


 山下が正座のまま枕元へ寄った。その顔を、老人はしげしげと見た。


「ふん、またしばらく見んうちに、真奈美によう似てきたわ」


 それだけ喋ると、息を整える必要に迫られていた。ともすれば血中酸素濃度が低下しがちなようだ。先はそう長くない。


「それで、今日は改まって何の用だ。いまさら小遣いをせびりに来たわけでもなかろう、我が息子よ」


 老人は名を鷲津源正といった。極右カルト集団「護国会議」の実質的な創始者であり、全ての職から身を引いているにもかかわらず、その勢力は隠然たるものがあった。永世総理大臣と大官房長官も、それぞれ彼を師と仰いだ時期があった。


 鷲津は山下の語る大日本令和帝国の現況を黙って聞いていた。要約すると、彼の不肖の弟子たちは天皇陛下の御名を使って国権を私にし、無辜の民に無実の罪を着せ、牛馬の如く使役して私腹を肥やしている、という悲しむべき現実であった。


 山下は語り終えた。いうべきことは言った。後は野となれ山となれ、そんな気分であった。


「そのような話をして何になる。陛下の御名を汚す不届き者には、いずれ天の裁きがあろう。それが自然の摂理というものだ」

「では、盛者必衰の理にならい、天に替わって私が道を行います。その結果、鷲津の者に危害が及ぶやもしれません。ゆえに、御前のお耳を汚した次第です。ここで委細は申せませんが、ご容赦を」

「ほう、おまえが道を行うと。自ら裁きを下すと、そう申すのか。面白い」


 鷲津は喉からゴホゴホと咳のような音を漏らした。笑っているようだった。


「少しだけ昔話をしてやろう。わしが護国会議を立ち上げた経緯をな」



 ・・・・・・およそ30年前、鷲津は世の趨勢を憂いていた。外来語がはびこり、国民が口にするのはハンバーガー、ラーメン、餃子、焼肉ばかりになった日本を。このままでは世界において希少な島国独自の文化が、美しい伝統が失われるのではないか。そう案じていた。


 鷲津は、彼の主義主張に賛同する者を集めた。前時代的な国粋主義発言を毎度秘書に遮られる愚かな世襲政治家とその息子、学会で白眼視される自称哲学者、自らの怪しげな小説を史実と言い張る作家など、いわくつきの人間ばかりであったが、彼の目的に適いさえすればその人物前歴は問わなかった。


 鷲津自身はリアリストであったから、万世一系などという戯言などはもちろん信じていない。ゆえに日本が世界に一つの神の国であるなどと、もはや噴飯ものですらあった。


 第一、天皇が神の末裔であると主張しても、それによって恐れ入りひれ伏す他国人などひとりもいないだろう。日本人のほぼ全員も、天皇皇族が自分たちと同じ人間に過ぎないことを承知している。にもかかわらず、鷲津が国を護る礎に天皇を据えたのは、そうした「信仰」でもなければ、資源に乏しく平野面積も狭隘な我が国に留まり自らを「日本人」だと自覚し続ける者は、漸減する一方だという確信に基づいての事だった。


 鷲津は、自らの目的のために天皇家を利用することを辞さなかった。昭和天皇が戦犯として裁かれなかったのは、占領政策上それが適当だったからに過ぎない。ソビエトとの来るべき冷戦期に日本を共産圏に追いやらぬための方便でしかなく、断じて英米人が天皇の神威を恐れ敬ったからではなかった。


 皇統の維持には象徴としての天皇制が最も妥当であった。またぞろ政治と軍事の総責任者に祭り上げられてしまえば、次の敗戦または革命による処刑と断絶は避けがたい。永遠に勝ち続け、生き残る王権など物語の中にしか存在しえない。何より、天皇皇族としての人生が必ずしも幸福とは呼び難い現実も承知している。それでも鷲津は、天皇を押し戴く国家こそが、日本人とその美徳、その文化を長期にわたって担保しうると考えたのである。


 少なくとも、彼は当時、そう信じた。信じたかった。彼自身が信仰に縋っていたともいえる。


 鷲津が立ち上げた護国会議は、日本全国に巣食う異端者にとって格好の「商材」であった。外国製品を国内から放逐してシェアを伸ばしたい企業の大株主、核武装論者、兵器の純国産化を夢見る旧財閥系オーナーが嬉々として参加した。いささか余計なことに、玉砕特攻を賛美した自著を売りたい者、銃剣道を全国に普及させたい好事家といった小者も便乗してきた。


 会議メンバーは数年で3万人に達した。真贋定かならぬコピペ盗用だらけの本でも、3万人が1冊づつ買えば出版物として採算が合う。10冊買えば大ベストセラーである。もちろん自分たちの懐で賄う必要はなく、彼らが容喙している政党・企業・公共団体にまとめ買いさせればよかった。大学で教えている者は、本の購入を単位取得の条件にした。かくして近所の古本屋には毎年、数十冊が入荷されるようになった。はた迷惑な供給は、買取価格が10円から5円になり、やがて1円を経て0円になっても絶え間なく続いた。持ち帰るよりは処分してもらったほうが学生にとってはマシなのであった。


 やがて、護国会議に所属することは、政界において一種のステータスになった。派閥の領袖がメンバーならば、その下で出世したい議員も当然入信する。思想的なバックボーンも政治活動に箔をつけた。ただし、その狂信的かつ排他的な主義主張は、なぜか選挙期間中は伏せられていた。


 この時、まだ鷲津は事態を楽観視していた。天皇を神として崇め奉る「祭司」がこれだけいれば、天皇制も末永く堅持されるだろう。戦後民主主義の浸透成熟とグローバリズムの波及による国際化の波から国体を護持するための、ささやかなカウンターパンチを放ったつもりなのだった。


 それから数年後、いつしか自由愛国党の国会議員の大多数が護国会議に参加するようになっていた。もはや政界において「護国会議にあらずんば人にあらず」とすら言われる程である。立候補者の公認と選挙資金分配の中央集権化がこの流れに拍車をかけた。当時の与党の内紛によって対立軸が消失したことも、この流れをさらに加速させてしまった。


 ここで安藤太郎が党首として返り咲く。かつて妄言を連発し、身内のみを重用して反感を買い、党勢を著しく削いだ男が、護国会議メンバーの議員票で再び党の頂点に立った。東日本大震災と原発事故の混乱を最大限利用することで、自由愛国党は政権を奪還した。将来的な核武装を視野に原発事業を推進し、利便性のために安全を軽視したガイドラインを策定させたのは自由愛国党政権下であったのに、なぜか事故の全責任は当時の与党と総理大臣に転嫁された。


 安藤は国民が積み立てた年金を流用して株価を押し上げ、公然と税金で有権者を買収して支持固めを行った。宿題をお手伝いさんにやらせて育ち、大学は裏口入学、就職はコネ採用だった安藤の倫理観はきわめて自分に甘いものだった。公私の別が無く、「私人」に過ぎないはずの妻が受けた陳情に「神風」を吹かせたり、親友の昏睡レイプに対する捜査を握りつぶさせた。また別の親友に対しては、行政を捻じ曲げて大学を開校させてやった。より実績のある競合大学は押し退けられ、自治体の土地と数百億の血税は奪われ、自殺者まで出した。新大学はその後の防疫に役立たずだった。


 そんな安藤が軍隊を私物化して国家を我が物とすることに、心理的な抵抗は全く無かった。護国会議の猛威は防衛省と自衛隊にも及んでいた。自由愛国党防衛族と組んで防衛装備予算の莫大な利権を分け合ううちに、いつしか彼らの防衛対象は予算を獲得してくれる政治家を最優先にしていた・・・・・・。



 鷲津は語り終えた。山下は吸い飲みを拾い、水差しから水を注ぎ直して、鷲津に差し出した。鷲津は黙って受け取った。今度はゆっくりと飲み干した。


「もうわかったろう。自由愛国党の一党独裁政権も、あの逆クーデターも、みんなわしが招いたことだ。わしの責任だ。

 わしが守りたかったのはちっぽけな伝統のかけらに過ぎん。けっしてこの国の時計の針を1945年に戻そうと図ったわけではない。少なくとも、わしにその気は無かった。

 わしは叙勲を断った。どの面下げて陛下にお目通りできようか。際限のない軍拡も、いずれ国を孤立に向かわせる恫喝外交も、時代錯誤な教育勅語も、うすら寒い密告社会も、国民を阿片漬けにする国営企業も、どれ一つとして陛下の御心に叶うものなどないというのに。

 おまえは道を行うとぬかしたな。ならば1997年に戻ってわしを殺せ。時をさかのぼれぬのなら今殺せ。それが鷲津一族が唯一できる陛下への贖罪だ」

「いいえ、それは違います。例え御前が護国会議を作らなかったとしても、母体になった組織を使って別の誰かが同じことをしたに違いありません。歴史の流れは一個人の思惑では変わりません。ただ早いか遅いかの差です。

 だから私が傾いた天秤を元に戻すのです。一日も早く国家を正道に引き戻し、無辜の民草を救うために」

「わかった。わしの残り少ない寿命を縮めるよりも、ましな何かができるというのであれば、やるがいい。帰る前にわしの書斎に寄っていけ。わしが床に伏せる前までだが、主だった華族と上級士族連中について知り得たことを連ねた手記が100冊以上ある。電子化はしておらんし、悪筆ですまんがな。全部持っていけ。少しは役に立つはずだ」

「感謝します、御前・・・いいえ、お父さん。もうお会いすることもないでしょう。さようなら」


 鷲津は山下を見つめ続けた。何か喋ろうとして唇が微かに動いたが、結局何も言わず、ただ手を邪険に振って退去を促した。

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