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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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46.山下

 山下大輔は、犯罪組織の巣窟に、それと知らずに足を踏み入れていた。


 東京の西の端から江戸川、利根川を越えて、約2時間半かけて目的地に到着した。大木のばあさんに事情を聞いた後、不動産屋で裏取りを済ませてから、ここまで直行してきた。もう腹が減って目が回りそうだ。


 地下の駅にはコーヒーショップしかなく、軽食をとれる店舗は見当たらない。蕎麦でも手繰っていきたかったが、時間が読めないので食事は諦めてタクシーを捕まえる。


 行き先の住所を告げるとドライバーからバックミラー越しににらまれた気がしたが、気にせず電車内で繰り返した思索の続きをした。たぶん距離が近めなので、稼ぎにならないハズレ客と思われたのだろう。


 八木橋の妹が矯正施設へ送られたのは、ほぼ間違いない。当然、兄の浩一は妹の行方を捜しただろう。浩一は職場では平日の休みを希望していた。東京へ出て役所へ掛け合うには都合がよかったはずだ。ドライバー仲間に東京土産の菓子を何度か配っていたことからも裏付けられている。


 しかし、警察庁、法務局、矯正局、いずれに問い合わせてもまともな回答は無い。身分証明、戸籍謄本などを用意して、雪絵に関する情報の開示を何度申請しても、最後は「国家機密」の美名のもとに全て却下されてしまう。その時、八木橋兄はどうするだろうか。弁護士に相談? マスコミに暴露? いずれも効果が無いことは、数多の事例で承知しているだろう。


 そう、八木橋浩一は自らの職と命を賭して、妹と同じ憂き目を見ている少女たちを救う義挙に出た。単独犯という線は消える。八木橋個人の資力では24人の少女を長期間に渡って保護することは不可能に近い。選別棟内の監視カメラ映像に映っていた覆面の犯人は、背格好だけ見ても八木橋ではない誰かだった。


 また、八木橋個人の妹を救いたいという動機に合致するには、相応の組織力が必要になる。人数にして100人以上、資金は億を超えるはずだ。相応の規模の企業または外国政府が後援している可能性が高い。


 その組織が日本国内の何処を拠点に活動しているのか。首都圏の違法性風俗店襲撃と国営会社からの誘拐が同一犯によるものと仮定すれば、東京都の近県やや東北寄り。埼玉県か、北関東か、あるいは東関東か。警視庁の捜査線上に浮かぶ情報がほとんどない点から見ても、東京都内ではありえない。神奈川県の線もほぼ消える。


 ここで人的資源の面から考えてみよう。いずれの襲撃事件も若い男性が関与している。綿密に練られた計画に沿っての一糸乱れぬ行動。一人ひとりが勇敢、豪胆、機敏。まるでSWAT部隊が登場する映画さながらだ。


 そうした人材を集めるのに最も適した土地柄はどこか。全共闘、安保闘争の例を繙くまでもなく大学だろう。それも、理系、体育会系など幅広く人材を募れる総合大学が望ましい。警察学校と自衛隊駐屯地は、門限の縛りがきつく活動には不向きであり、また思想調査を潜り抜けて人数を確保することの難しさからも、この際無視して構わないだろう。


 死亡したとされる相原ナオコの家を当たったあと、ここらで一泊して大学にそれとなく探りを入れてみるべきかもしれない。自分の年齢風貌であれば、学生または講師、准教授でも通るはずだ。


 それに、近在の大学は入学試験において華士族の子弟に加点せず、平民、女性、浪人に対しても減点しないという噂がある。令和の世には珍しいが、それだけに反乱分子が生まれる素地があるといえよう。調べてみる価値はありそうだ。


 ・・・・・・ところで、ずいぶん時間が経過したはずだが、まだ目的地に着かないのだろうか。住宅地を目指しているはずなのに、ずいぶんと緑豊かな風景だ。鬱蒼と生い茂る樹木の間を抜ける道に、山下は違和感を覚えた。運転手に問いただす。


「おい、道はあっているのか。森を抜けるルートを使うほど遠くはないはずだぞ」

「だいじょうぶですよ、お客さん。この辺りは一面の畑か林ですからね。もうすぐ開けた場所に出ます。到着ももうすぐです」


 確かに運転手の言う通り、林を抜けると道路の両脇は田んぼと畑ばかりになった。しかし、駅から徒歩30分程度の距離であったはずなのに、自動車でこれほどかかるのはどう考えてもおかしい。渋滞はなく、信号待ちも3度しかなかった。


 山下の疑惑が確信に変わったその時、タクシーは突然、県道から乱暴に右折してだだっ広い空き地に乗り入れた。そのまま砂埃を巻き上げながら敷地の奥へ進み、古い倉庫と思しき建物の影に回り込んで停車する。


 そして後部座席のドアが開いた。降りろという意味だろう。


 山下は黙って車を降りた。運転手が急に催したのでなければ、完全に罠に落ちたとしか考えられない。ここで足掻いても無意味であった。


 案の定、先に到着していた車から男が4人現れた。みんな若くて身体強健そうだ。走って逃げても無駄だろう。下手に逆らうと過剰な暴力にさらされる恐れもある。ここは相手の出方を窺うとしよう。


 リーダー格とみられる若者が口を開いた。意外と礼儀正しいようだ。


「こんなところにお連れしてしまって、申し訳ありませんね。しかし、行き先が行き先なもので、仕方ないんですよ。まず、あなたがどこの何者であるかを明らかにしていただけますか? 本来ならこちらから名乗るべきでしょうが、そうなるとあなたを帰すわけにはいかなくなってしまうかもしれません。非礼は謹んでお詫びします」


 山下は内ポケットからバッジケースを取り出して、開いて見せた。


「警視庁公安部一課の山下だ。ある少女の家族に会いに来た。目的は事情聴取。ある犯罪組織の手がかりを探していたが、どうやらそちらから歓迎してくれたらしいな。わざわざありがとう」


 山下はうやうやしく一礼してみせた。後ろの熱血そうな男が喚きだした。


「やっと公安さまのお出ましかっ。腕が鳴るぜ。まずはこいつを血祭りにあげてやろうぜ。筑波山に埋めちまえば、当分の間、見つかりっこないだろ」


 熱血男が山下の前に進み出た。身長は180cm以上ありそうだ。肩幅も広く、胸板も盛り上がっている。山下の生半可な柔道技では対処できそうになかった。


「おいおっさん、男体山と女体山、どっちに埋まるか選ばせてやるよ。どっちにしろ、あんたのスマホは東京湾の真ん中で消息を絶つことになるけどな。お別れするなら今のうちだぜ」


 リーダーと思しき男が苦笑いしながら熱血男の肩をポンポン叩いた。


「まあ、そんなに結論を急がなくてもいいんじゃないかな。お巡りさんもお前の気迫に充分肝が冷えたと思うよ。かわいそうに、顔が真っ青じゃないか」


 空腹で血糖値が低すぎるせいだ。山下は内心ひそかに不満を吐露した。じっさい頭痛がしていた。糖分が欲しい。


「いま言えることは、この人が僕らと同じ人間なのか。それとも地位とか財産とか、くだらない憎悪の捌け口を求めて心の闇に負けるクズかどうかで、処遇が分かれるってことかな。すぐにわかるよ。いま流山ICから引き返してもらってるから」


 と、そこへポンポンと間抜けな音を響かせながら、スクーターに乗って少年が現れた。ヘルメットを脱いだその顔はかなり若い。高校生か、中学生かもしれない。熱血男にどことなく似ている気がする。


 熱血男がまた怒鳴り出した。


「コウタ、おめえ何しに来たんだ。正式な団員でもないくせに、でしゃばるな、この馬鹿。だいたいおまえ無免だろうが。勝手に母ちゃんの原チャリ使いやがって」

「ケンタにいちゃんばっかり活躍してずるいぞ。俺だって親衛隊なんだぜ。もう手だって汚してる。まだ血が落ちない気がして、よく手を洗ってるしさ」


 年の離れた兄弟か。罵り合う二人以外がゲラゲラ笑っている。


 タクシー運転手は山下を捨てて仕事に戻った。料金は請求されなかった。


 山下は、犯罪組織のメンバーらしき男に渡されたパイプ椅子を展開して、それに腰かけた。すきっ腹を抱えたまま、誰とも知らぬ者の到着を待たされている。


 15分後、白いミニバンが到着した。後部座席から降りてきたのは女が一人と少女が二人。女は山下を無視して、コウタと思しき少年につかつかと歩み寄った。右手を振り上げ、いきなり頬を平手打ちする。


「このバカ、なんであんたがここにいるのよぉ。団のお仕事に首を突っ込んじゃダメって、何度も何回も何べんも言ったわよね? それでも逆らうってなに? あんたマゾなの? おしおきしてほしくて、わざとなの? ねえわざとなの?」


 またしても爆笑が起こる。ラブがコメっているようだ。山下はますます頭痛がしてきた。


 ・・・・・・コウタ少年が原チャリに乗ってすごすごと帰って行った。女はその姿を見送ってから、ようやく山下に向き直った。


「えーと、お待たせしました。あなたが訪ねようとした家の元の住人、相原ナオコです。こっちは妹のクロエとシロナ。挨拶して」

「相原クロナ、11歳ですぅ。ナオコお姉ちゃんの愛人をしてます」

「相原シロナ、11歳で~す。ナオコお姉ちゃんの恋人もしてるヨ」


 まだラブがコメっている。しかも姉妹で。山下は冷えた手のひらで額の熱を少しでも冷まそうとした。額に手を当てたまま聞いてみる。


「君は本当に相原ナオコなのか。国営会社では死んだことになっているが、確かに人相は同一人物のようだ。あそこから逃げたか、救出されたんだね?」

「そうです。そしてあなたは山下大輔さん。階級は警部。ごめんなさい、車の中からあなたを読んでしまいました。あなたの隠された出自のことも全部」


 山下は初対面の少女に自分の秘密を知っていると匂わされたことに狼狽した。あの事を知っている者は現世には彼をはじめ数人しかいない。いずれも喋る恐れのない者だ。なのになぜ、いや、単なるブラフだ。心理的に優位に立とうとする側の常套句に違いない。


 相原クロエと名乗った子供が相原ナオコの注意を引いた。


「お姉ちゃん、この人、柳沢のおじちゃんと一緒に働いてるみたい。覚えてる? 10日前、桜田通り、霞ヶ関駅」

「ああ、あの人の同僚さんなのね。あなた、柳沢篤志一課長をご存知? 警部だと部下かしら。それとも違う部署?」

「・・・・・・直属の上司だ。なぜ知っている?」

「それを教えることは、あなたの退路を塞いでしまうことになるので、まだ言えません。だって、あなたはまだ迷ってらっしゃるもの」


 迷うとは何のことだ。それよりも、半年前に死亡したはずのふたりがここにいる。ふたりを助けている組織のメンバーとともに。この事実を上に知らせれば、一連の事件は全て早期に解決するだろう。だが俺は本当に事件を解決する気があるのか。地獄から抜け出した少女たちを、また送り返してしまうだけではないのか。


 相原ナオコがさらに一歩、山下に近づいた。気持ち声を潜める。


「大事なことだからよく聞いてください。あなたには3つの選択肢があります。ひとつは、ここで人生そのものを終えてしまう道。ふたつめは、今日わたしたちと会ったことは全て忘れて、ここでの捜査を打ち切る道。これはあなたの仕事上、不都合で難しい決断になるでしょう。

 みっつめ、あなたがわたしたちに協力してくれる道。あなたの知り得ている情報を全て提供してくださるだけで結構です。必要な時間はあなたの上司が稼いでくれます。たぶんこれが、あなたの人生を豊かにする上でも最善手でしょう」


 相原ナオコは前屈みになり、山下の耳に息がかかる位置まで近づいて、囁いた。


「ただし、あなたの本当のお父さまと、その一族に仇を為すことになるわ。よくお考えになって、ね」

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