45.タカオ
山中のおじさんことタカオは心配していた。
彼は白黒団の中では定例の会議にも出席せず、三姉妹が集めた株取引用インサイダー情報を検討・分析してメンバーへ流すだけの関与である。違法風俗店と国営会社への襲撃にも、孤児院の運営にも参画していない。夕食時に妻とナオコから話を聞いて、客観的な意見を述べるにとどめている。
だがそれだけに、タカオは白黒団の方針が抜き差しならないものに変質していることに早い段階で気付いていた。乾坤一擲の大勝負。ひとたび敗れればあとは無く、救出した少女たちの現在のささやかな幸福も失われる公算が大きい。法の外に置かれたまま、再び搾取される奴隷生活に堕とされるだろう。
しかし、タカオにはナオコを止める気はさらさら無かった。理由は、シロとクロの特異な共感覚能力が、いつか何らかの原因で失われてしまうことへの懸念からだった。
人間社会には「むかし神童、今ただの人」のなんと多い事か。幼少期に非凡な才能を発揮した者の多くが、成長過程で起こる様々な内的外的要因によって優秀だが珍しくない人から、さして優秀でもない平凡な人へ転落していく。シロとクロが例外でいられる保証は無い。
例えば、あと一年以内には確実に訪れる初潮を迎えたらどうだろう。あるいは第二次性徴が現れて、身体が成長していったら。体制側に対する白黒団の強みは、シロとクロの特殊能力による部分が大きい。であれば、時は今だ。鉄は熱いうちに打つほかないだろう。
タカオが心配している点はもう一つあった。ナオコである。修羅場を乗り越えて白黒団のリーダーに君臨する彼女も、まだ15歳の一少女に過ぎない。その心身は壮健に見えるが、オーバーワークと責任の重さに予兆なくダウンする日が来ないとも限らない。それは明日かもしれないのだ。
タカオはそれとなくアドバイスをしている。何でも自分で背負いこまないように、と。信頼に足る専門家に任せて、リーダーはゆったり構えていれば、不測の事態にも対処しやすい。さいわいシロちゃんとクロちゃんが確かな協力者を見抜いてくれている。安心して任せなさい、と。
ナオコはその度にうなづくが、どこまでわかっているのか不安だった。彼女は真面目で責任感が強い。それは一面の美徳ではあるものの、他方では働きすぎ、動きすぎ、口を出し過ぎることで周囲と自分自身を傷つけてしまう。それはタカオが社会人生活30年で得た教訓だった。
1月も末のある日、ナオコとクロとシロは、潜入調査中の企業間交渉が長引きながらも大詰めを迎えてしまったため、心ならずも仕事を切り上げることができずにいた。スマートフォンで山中家夫妻と車係に今日は帰れそうにない旨を伝えた。空腹と押し寄せる尿意に耐えながら。
企業のTOPたちは、そんなナオコたちの窮状をよそに、熱いコーヒーとローストビーフのサンドイッチを運ばせていた。長期戦の構えである。ナオコはともかく、シロとクロにはその香ばしい匂いと肉の旨味が伝わってしまう。ふたりとも泣いてしまいそうだった。
タカオは久しぶりに妻タマエと差しで夕食を摂った。話題は自然と白黒団の現況に及んだ。
「ナオコちゃんたちの頑張りのおかげで、今月の粗利は50億を超えそうだよ。特に日銀の大幅な為替介入を掴んできてくれたのが大きい。そこで新たにネット関連の要員を大幅に増やして、株・FX・仮想通貨取引に携わるメンバーのセキュリティーを向上させたいと思う。ゆくゆくは、この防衛隊は攻撃にも転用できる。ナオコちゃんの計画通りにね」
「すごいこと考えるわよねえ。やっぱり若さかしら。いざその時がきたら日本ばかりか世界中が大混乱でしょうね。いまからワクワクしちゃう」
いつもながら肝の据わった妻である。
「おいおい、まだメンバーも情報もこれから集めるんだぞ。取らぬ狸のなんとやらだ。それよりも、孤児院他で面倒を見ている元女囚の子たちは元気でやってるか? そろそろ2か月になるだろ」
「ええ、そりゃあもう元気にしてるわよ。元気にならざるをえないというのが精確かしらね。何しろほとんど全員が、もう帰る家が無かったんだもの。お仕事と勉強で忙しめにしていれば、多少は気が紛れるでしょう。
矯正施設へ送られた経緯と施設で受けた虐待について、少しづつ話してくれる子も増えてきた。こちらの準備はあと一歩というところね」
「その子たちは、ナオコちゃんとクロちゃんのムショ仲間でもあるんだろう? ここらで、同窓会というと語弊があるが、みんな集めて遊ばせてあげたらどうだろう。実は、団に協力したいというボウリング場のオーナーがいてね。平日の空いてる時間なら貸し切りで使わせてくれるそうだ。いまどきの子供はボウリングなんて興味ないかもしれないけど」
「知ってるわ。奥様がもう院を手伝ってくれているから。あそこはカラオケBOXと温泉も併設されているから、きっと退屈しないでしょう。あなたにしてはいいアイデアじゃない」
「だろ。それに、いまのナオコちゃんには我々大人の忠告よりも、同年代の女の子たちと触れ合うほうが効果があると思う。人一人に出来ることには限りがある。あの子一人が重荷を背負っているのは白黒団にとって最大のリスクだ」
「そうよねえ。カオリちゃんとサトリちゃんに言い含めておくわ。院で協力してくれている大学関係者の中に、信頼出来て頭の切れる人がいるから、彼女たちを介してナオコちゃんを助けてくれるように計らいます。心配性のタカオおじさんの安眠のためにもね」




