44.シロ
相原シロナは戸惑っていた。
もともと娼妓として体のあちこちを刺激する術を得意とせざるを得なかった彼女である。夜のイチャイチャタイムでは自然、リードする立場にいたが、ちかごろはめきめき上達するクロと、貪欲なナオコお姉ちゃんに押されっぱなしだった。
ふたりの共感覚能力をより研ぎ澄ますための練習という名目で毎晩行われる遊戯は日増しに激しさを増していった。市販の夢を紡ぐ草の錠剤を一錠だけ服用して、クロと感覚を共有すると、ものすごく気持ちよかった。マッサージしていても同時にされている感覚が楽しめた。
ナオコはそんな二人を見て、ちょっと寂しそうにしていた。ナオコの共感覚では二人との相乗効果は望めない。しかし、ナオコはナオコでそんな立場にも喜びを覚えていた。ふたりを見つめる目は、山中家のアルバムで見たタマエおばさんが娘を見る目と一緒だった。
「(お姉ちゃん、ひょっとしてMなのかな?)」
シロから見て最近のナオコは少しおかしかった。カオリお姉ちゃんたちを救出して以来、ある計画の立案とその準備に、より多く時間を費やすようになっていた。中学校で過ごす時間もどんどん短くなって、いまから3年生に戻っても間に合わないからと、もう自主的に留年することに決めてしまっていた。
NTRの意味もシロはなんとなく察していた。ナオコがクロとシロの相乗効果遊びを我がことのように喜んでいることも。ナオコはどこか自分の生活と楽しみを二の次に考えている節がある。シロは、ナオコに気を遣われれば遣われるほど、悲しくなった。
「(お姉ちゃん。シロはね、お姉ちゃんにママになってほしいんじゃないよ。お姉ちゃんには、お姉ちゃん兼こいびとでいて欲しいんだよ?)」
シロの思惟を読んだクロも、その思いは同じだった。クロはクロで、自分がもっと頑張ればナオコとの関係に釣り合いが取れると考えて、ひたむきに愛を注いでいた。でも、お互いに頑張り過ぎると疲れちゃって、いずれは破綻するんじゃないかな。というのが、シロが抱く懸念だった。
ナオコの計画は、可能な限り早くカオリたち元女囚に科せられた罪を払拭し、合わせて日本全国にいる搾取に苦しむ奴隷と娼妓を解放することを基本路線としていた。機会は一度きり。体制側のリアクションを無視して二の太刀を考えない、古流剣術のような発想である。足元を見ずに世界最強国の夢に酔う令和帝国の為政者との、全てを賭けたゼロサムゲームに挑む気なのだ。
「ねえ、シロ、クロ。3月になったら、南から北まで日本全国を旅してみよっか。あったかい沖縄県から始めてさ、最後は雪解けの北海道。凄い景色とおいしい食べ物が、たくさん待ってるよ~」
口調の軽さとは裏腹に、ナオコの内心は悲壮な決意を秘めていた。それはクロとシロにも伝わってしまう。計画の成否如何では、三姉妹最後の旅行になってしまうだろうから。
シロが聞いた。
「お姉ちゃん、もしかして、卒業式にも出ないつもりなの?」
「そうよ。だって実際、卒業できないし。留年ってけっこう恥ずかしいんだぞ」
シロが珍しく怒った。
「ダメだよっ。だって、そしたら同級生のみんなと、きちんとお別れできないじゃない! みんなを送り出すことだって大事なことだと思う。ナオ姉にとっては辛いことかもしれないけど、お姉ちゃん来なかったら、みんな悲しむよ、ぜったい」
ナオコは驚いた。確かに自分は同級生の気持ちを考えていなかった。ナオコが守っている者たちと、これから守りたい人々よりも、優先順位は低かった。親元で中学生活を楽しんでいる少年少女たちを、心のどこかで妬んでいたのかもしれない。
ナオコはシロの髪を撫でた。
「うん。そうだよね。ありがとうシロ。だいじょうぶ、卒業式のある半ばにはこの辺りに戻れるようにスケジュールを組むから。お姉ちゃん、ぜったい式には出るよ。一緒に写真には写れなくても、ぜったいにね」
シロはナオコの胸に顔を埋めた。しかし、その表情は晴れなかった。




