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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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42.山下

 山下大輔は慣れない聞き込み調査に四苦八苦していた。


 朝7時過ぎから始めた、八木橋雪絵が住んでいたアパートとその周辺での聞き込みは困難を極めた。前日に電話で大家に断った上で、単身者向けのアパートなので通勤前を狙ったところ、出てきた全員に露骨に嫌な顔をされた。立場が逆でもそうしただろうから、とにかくスミマセン申し訳ないを語中に大量に混入させつつ、事情を説明した。


 しかし、八木橋雪絵がいた頃に住んでいた3名に絞って訊ねたものの、二人は会ったことすらなかった。一人は人相に見覚えはあるものの、会釈しか交わしておらず、名前も知らなかったという。雪絵が連行された夜は、学生がまた騒いでいる程度にしか感じず、いついなくなったかもわからないということだった。


 次に隣の戸建ての大家に話を聞きに行ったが、部屋を貸したのは地元の不動産会社を通じてであり、彼女とは直接の面識が無かった。家賃の支払いは毎月滞りなく行われていたので、なおさら干渉する余地が無かったといわれた。


 アパートの周辺には古い一軒家が立ち並んでおり、盆栽と家庭菜園が散見されることから、住人は老人と専業主婦が多いと見込める。雪絵と直接賃貸契約を取り交わした不動産屋は午後でも間に合う。念のため、向こう三軒両隣で聞き込みを行うことにした。


 隣家の呼び鈴を鳴らすと、痩せぎすの老婆が出た。いかにも狷介そうなばあさんだった。あまり身なりには注意を払わず、人付き合いも多くはなさそうだ。表札には「大木」とある。


 バッジを見せて事情を説明すると、意外にも、ばあさんは山下を自宅の居間に招き、熱い緑茶を淹れて、もてなしてくれた。凍えて喉も乾いていたのでほんとうにありがたかった。


 山下が茶をすすったのを合図に、老婆は喋り始めた。


「ふうん、やっとまともな警察が、当たり前の事情を聞きに来てくれたってわけだね。雪ちゃんが連れて行かれた時だって、人の話もろくに聞かないで逮捕しちゃうんだもの。あの娘がスパイなわけないじゃないか。どこにでもいる普通の介護士だよ。安い給料で文句ひとつ言わず働いてたのに、お国のやることときたら。いまのは大逆罪じゃないよ。わかってるだろうね?」


 行政のデータベースで追跡できなかった理由がわかった。隣組だ。


「八木橋さんを連行したのは警察庁の職員のはずです。私は警視庁の者です。もちろん大木さんをどうこうしようとは考えていません。お話を伺いたいだけです」

「警察庁だか警視庁だかなんて、あたしゃ知らないよ。なんだい、いまさらやって来て。話を聞くにしても遅すぎるだろう」


 ばあさんは憤懣やるかたない、といった風情である。


「雪ちゃん、ですか。大木さんは彼女と親しかったのですか?」

「親しいも何も、休日にはよくそこに座ってあたしの昔話を聞いてくれたよ」

「どういうきっかけでお知り合いに?」

「そりゃ、あたしから声をかけたのさ。毎日不規則に働いて、あんなに痩せてたんだもの。かわいそうで見ちゃいられなくって、帰ってきたところを呼び止めて、煮物とお浸しを分けてやったんだよ。あたしだってそう楽な生活じゃないけど、一人分作るのも二人分用意するのも大して変わらないからね」

「彼女は痩せていたのですか。今時の若い女性は美容のためにモデルのような体型を目指すものですが、彼女はそうではなく、困窮のために痩せていたとおっしゃるのですね?」

「華族様の御令嬢ならいざ知らず、あの娘は安物の服しか着てなかったからね。テレビでクリスマス特集をやってるのを見て、あたしがあんたもたまにはいい男でも捕まえて、ああいうホテルでディナーとしゃれこまないのかいと言っちまったんだよ。今思えば無神経なことを聞いちまったねえ。

 あの娘はそりゃ寂しそうに笑ったもんだよ。万が一誘われても、着ていく服がないってさ。ドレスコードとかいうのがあるらしいしね。あんた、介護士の給料がいくらかなんて知らないだろ」


 たしかに山下は知らなかった。それどころか、介護や保育に携わるのは負け犬のすることだとすら考えていた。どちらも人様のおもらしを片付ける最低の仕事だと。だが、汚れ仕事な分、給料はそれなりに高額だとばかり思っていた。どうやら違うらしい。


「あんた、さっきアパートの大家と話してたろ。あいつが食わせ者だよ。当時、あいつの親戚の娘が近くの大学に春から通うことになったんだ。親戚の持ちアパートなら安心だろうってことで隣に住みたがったんだけど、あのころは満室で退去予定者もいなかったからね。空きが無いなら誰かを追い出すしかない。そこで雪ちゃんが目をつけられたわけさ。何でかわかるかい?」

「・・・・・・身内がいないから、ですか?」

「おや、ちゃんと調べてるんだね。そうだよ、あの娘にはお兄さんしかいなくて、しかも遠方だ。契約書を見たわけじゃないけど、保証人もお兄さんの名前だったはずだよ。一度だけ、家賃を払うために金を借りに来たからね。二三か月滞納したって構やしないだろって言ってやったけど、兄に迷惑がかかるかもしれないからどうしても貸してくれ、の一点張りでねえ。お金はちゃんと翌月に返してくれたよ。

 もうわかっただろ。例の隣組による密告で、あの娘は連れてかれちまった。あのクソ大家がある事ない事吹き込んだせいでね。こんな田舎の安アパートに住むスパイなんて世界中探したっていやしないってのに。だいたい、どこの世界に証拠も無しに国民を逮捕できる国があるっていうんだい」


 ある。大日本令和帝国がまさにそうだ。政権が自分たちの権力と財力を固めるために立ちあげた営利企業の歯車を集めるべく、警察庁と秘密警察ゲシュタポ気取りの自称愛国者を使って無実の民草を陥れている。


 賃貸契約書と次の借り主の裏は不動産屋で取れるだろう。そのまま電車で茨城まで足を延ばして、もうひとつの手がかりを追おう。


「あんた、山下警部とかいったっけ。いったいここに何しに来たんだい? はっきり聞いてやろうか。あんたはどっちの味方なんだい?」


 どっちだろう。柳沢課長は明言した。俺もそろそろ決めなければならないのだろうか。


「別に期待はしてないけどね。もし無実の平民を救ってくれるっていうんなら、雪ちゃんともう一度お茶を飲める世の中にしておくれ。もちろん、あたしが生きてるうちにだよ」

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