41.サトリ
元女囚にして無資格教師サトリは、奇妙な三角関係に興味津々だった。
サトリは選別棟の女囚たちの中で一番のインテリだった。暗唱している小説のエア朗読会を開いたこともある。内容は男性同士の熱い恋愛模様を描いたものだった。実は3P上等発言も彼女なのであった。
孤児院での新生活は最高だった。適正な労働時間、おいしい食事、賑やかな会話、全部がありがたかった。初任給の半分を前借りさせてもらえたので、さっそく街へ繰り出して、おいしいラテを飲み、本屋で小説本を買い漁った。少女マンガコーナーでは、人気シリーズが自分の知らないうちに既刊を5冊も重ねていることに、ちょっとだけ傷ついてしまった。
サトリがカオリやエミとともにいる孤児院は、彼女たちを受け入れるために大幅に部屋を空ける必要に迫られたため、違法風俗店からきた孤児の人数は少なかった。その分、全員の顔と名前をすぐに憶えて馴染みやすかった。みんな年下の子で、妙にスキンシップ過剰なこと以外は、とっても素直でいい子たちである。
サトリ以外の元女囚で孤児院に残って働いているのは現在13人。うち、子供たちの一番人気はカオリだった。面倒見がよく豪放磊落な性格が受けるらしい。最下位は満場一致でエミに違いない。カオリに懐く少女たちに嫉妬しているあたりもマイナス評価に繋がっていた。
年少組のリカちゃんという子が、四六時中カオリにくっついていて、一方でエミを目の敵にしていた。ここでのカオリとエミは距離を置いて接していたが、子供ながらに動物的なカンで察したのか、何かと間に割って入る姿を散見する。三角関係に見えなくもない。
「(ふむ、性別を替えればBLネタに使えるかも。めもめも)」
過酷な環境下で芽生えた恋は長続きしない、というのはなかなかに至言らしい。カオリとエミの関係は冷え切っていた。ここへ来る時に乗ったバスの車中での、カオリの告白は悪い方向へ作用したようだ。
新しい環境に適応するのに精一杯で、旧交を温める余裕が無いのも事実だけど。みんな失われた時を求めて、狂ったようにショッピングに勤しんでいた。サトリを除く13名は、一人の例外もなく前借りした給料を7日以内に使い果たしていた。
「先生」会でカオリたちのことが議題に出た。全員の保育士としての勤務と学生としての勉強ぶりについて報告がなされる。矯正施設での付き合いを買われて、サトリは意見を求められた。でも、聞かれても大まかな性格程度しか言えることが無かった。
最初の給料の残額が支払われたちょうどその日に、サトリたちを救出してくれた佐伯ケンジさんが、大量の分厚いファイルとみかん箱を抱えて現れた。主に男性との出会いを求めて町工場や飲食店で働いている元女囚たちも呼ばれたらしく、一斉に帰ってきていた。
これはちょっとはやい同窓会か、と思ったのもつかの間、すぐにそんな浮ついた流れにはならないことを思い知らされた。先に面談した子たちはみんな暗い顔をして出てきた。ケンジさんを口説き落とすと息巻いていたマユカも、面談後は貝のように押し黙ってしまった。
面談は足掛け三日間に渡って行われた。サトリは二日目に呼ばれた。サトリの父親は、天皇陛下に対する不敬な発言を咎められて、不敬罪ではなく「大逆罪」の名目で矯正施設へ送られて消息を絶っていた。
その後、3日を経ずして憂国自警団が自宅を襲撃し、サトリの母親を輪姦中に絞殺していった。マンションはオートロックだったが、管理人が脅されて彼らにマスターキーを提供していた。
「(泣いちゃダメ。あたし強い子。泣いちゃダメ。泣いたら同情されちゃう。本当にかわいそうな女になっちゃう。絶対ダメ)」
サトリはことさらに平静を装い、話題を変えた。
「そういえばケンジさんは、近くの大学に通っているんですよね。私も勉強を続けていれば、いつか受験して入学できますよね。たとえ10年20年先でも、私諦めませんから。よければ時々、勉強を見てください」
笑顔を作るサトリの頬に一筋の涙が伝う。あれ、おかしいな、私が私じゃないみたい。あれあれ?
「僕でよければいくらでも見てあげるよ。サトリちゃんは、あと一年もすれば高校の課程を修了できそうだから、いまから僕が使っていたノートと参考書が役に立つと思う。明日さっそく持ってくるよ」
ケンジはサトリの家族の調査ファイルを閉じた。
「こんな世の中はいつまでも続かないし、続かせない。いま世間に訴えてもすぐに封殺されてしまうけれど、それが諦める理由にはならないからね。サトリちゃんは賢い子だから、準備の大切さをよく知っていると思う。夢も希望も必ず叶うよ。それまで一緒にやっていこう」
サトリは恥ずかしそうに笑った。
「そういう言い方、大人っぽくて嫌いです。なによ、3つしか違わないくせに」




