37.ナオコ
ナオコは計画を練っていた。
ナオコはクロとシロを伴って、市ヶ谷を「社会見学」していた。少なくとも、お巡りさんの職質にはそう答えていた。首からデジカメを下げて、田舎者丸出しな服装で、靖国通りをうろうろしていたのであった。
警視庁の機動隊員や防衛省職員の思惟を読んだ限りでは、やはり面従腹背の者が大多数だった。従わないと左遷か免職が待っている。自分だけならともかく、隣組と憂国自警団による迫害が家族の身に及ぶ危険がある限り、自由愛国党政権を支持し、その命令を聞かざるを得ない。
だがそれでも、人の心の自由までは奪えない。警察官は民主主義者 (政権にとってのパヨク)に対して、上司の目を盗んで可能な限り手心を加えていた。学校教師も「愛国」教育を形だけ取り入れて、文科省と一部自称愛国者の父母に付け込まれぬようにしていた。現場の教師たちは団結して、文部科学省から送り込まれた華士族の子弟である修身教師に抵抗していた。中には政権に便乗し己の獣性を解放して市民と生徒に暴力をふるう者もいたが、そうした者への周囲の反応は冷たかった。
きっかけさえあれば、日本は蘇る。ナオコは確信していた。
しかし、ナオコの計画にとって、もっとも厄介なのが帝国陸軍 (旧陸上自衛隊)の上層部だった。幕末の薩長土肥にルーツをもつ家柄の士官は、護国会議をはじめとする国粋カルトに入信することで出世を約束されていた。基地司令官や武器調達官といった甘い汁を吸えるポストの任免は、カルト閥の均衡人事に拠っていた。
仮にクーデターで政権に挑む際、もっともネックとなるのが彼らである。逆クーデター「血の一週間」を主導した者たちは、いまや我が世の春を謳歌していた。もはや何はばかることなく、他国民他人種を差別し、自国民とくに社会的弱者への暴言を吐き散らし、障碍者を足手まとい呼ばわりし、女子供を虐待し、権力と暴力を背景に振るわれるあらゆるハラスメント行為を正当化していた。
一度だけ敵を知るために護国会議主催の講話会に潜り込んだところ、壇上に立ったある幕僚監部の内面に漲る悪意にクロとシロは耐えられなかった。人道を踏み躙りながら同時に自己肯定するハードルの異常な低さは、驚くべきものだった。彼らが安藤政権という神輿を担いで軍権を握っている限り、クーデターはおろか平和的なデモであっても、嬉々として武力弾圧に踏み切ってくるだろう。
日本人を使って日本人を殺して功を誇るなんて、二度とさせない。彼らは日本人じゃない。それどころか人間ですらない。ナオコの計画は方向性を固めつつあった。




