34.ケンジ
佐伯ケンジはロマンチストだった。
白黒団のメンバーであるケンジの仕事は多岐にわたっていた。初期には大学内とバイト先の伝手を辿って協力者・志願者を集めるリクルーターの役目を負っていたが、その人柄と知性に対する信頼が深まるにつれて、自然とメンバー間の連絡調整役を担い、その流れで違法風俗店襲撃の指揮者のひとりになってしまった。いまでは国営精製工場から救出した女囚たちのお世話係を務めている。
我ながら流されやすいな、と思う。人に頼られるのは嫌いじゃない。いま自分の目の前にいる少女たちも、ほんとうにかわいそうな身の上である。できれば力になってあげたいと真摯に思っている。ところが、なかなかその思いが伝わらない。「元女囚24人中のひとりに過ぎない自分なんか、ケンジさんは興味ないですよね」とくる。
「そんなことないよ、僕は君が大事だよ」と返すと、なんかクネクネして表面上は喜んでくれるものの、「どうせ皆に言ってるのね。お上手なんだから」といってぜんぜん信じてくれない。
その点、シロちゃんとクロちゃんは違った。声にした言葉だけじゃなく、声にならない思いまで、一切合切汲み取ってくれる。ケンジにとって、人生で初めて出会った理解者だった。
ふたりはよく似ているようで、性格に違いがある。クロちゃんは優しくてやや引っ込み思案。対照的にシロちゃんは悪戯好きの小悪魔タイプだった。ふたりともそれぞれ奴隷として過酷な環境に身を置いていたが、いまではナオコお姉さんと一緒に仲良く楽しく暮らしている。
ナオコと一緒にいる時のふたりが本当に嬉しそうで微笑ましい。そう思うケンジの気持ちを読んで、シロちゃんがウインクしてくるところがまたかわいい。クロちゃんはちょっと恥ずかしそうに、でも誇らしげに笑いかけてくれる。
ふたりが特別な共感覚能力を獲得した原因について、ケンジは彼なりの推論をもっていた。抗うことのできない小さな子供たちが、大人の虐待による苦しみ悲しみを、せめて誰かと共有したい。わかってほしいと強く願った。そこに神の気まぐれと呼ぶしかない偶然が介在したのではないか、と。ケンジはロマンチストだった。
ケンジの白黒団における現在の任務は、24人の元女囚の人生設計をお手伝いすることだった。これは非常に重要な任務である。なぜなら、これから成長する搾取に苦しめられた少女たちよりも先に、彼女たちは大人になる。現在の白黒団の活動領域内で、可能な限りの幸福を追求してもらいたい。それが次の世代にとってのテストケースにもなるからだ。
もちろん将来的には、白黒団が保護した少女たち全員が公民権を得ることを目指している。それには令和帝国そのものか、あるいは松下村会議、もしくは華士族制度を打破する必要が生じるが。部品や商品に対して、いまさら人権を付与する必要を、彼らは認めないのだから。
ケンジは今日も相談に乗る。相談内容は目下の仕事の事が多いが、ホームシックに関するものや、将来への不安を口にするものも多かった。
最も手を焼いたのがエミだった。彼女には悲しい事実を伝えねばならなかった。彼女が娑婆にいたころの「彼氏」は、ある女子高生と順調に交際を続けており、家族ぐるみの付き合いさえあった。エミの両親は離婚し、それぞれ再婚していた。エミの同級生は先日、同窓会を開いたが、卒業名簿から引き写された招待名簿には、エミの名は無かった。
以上の調査報告を聞いたエミはしばらく無言だった。調査結果を踏まえた上で、それでも連絡を取りたいかを聞くのが、これまでのケンジの役目だったが、エミにだけは言いそびれていた。
エミがケンジを睨みつけた。
「へー、すごーい。あたしの人生グダグダじゃーん。てか、その話って、なんか詳し過ぎない? 適当に作った話なんじゃないの?」
「僕が直接調べたわけじゃないけど、各地域の興信所か私立探偵社に頼んでいるから確かだと思う。報告書、直にみるかい?」
ケンジが報告書をエミに手渡す。受け取るエミの手は微かに震えていた。無理もない。
両親に関しては血縁者として、「彼氏」は婚約者として、相手にそれと伝えず調査を実行したとある。友人関係は婚約者を調査する過程で入手した情報を、友人たちのプライバシーを侵害しない範囲での補足資料として抜き出し添付されていた。
「こういう調査って、すっごくお金がかかるでしょ。24人全員やったら一体いくらかかるわけ? やっぱウソじゃん」
「全部で1070万8200円。君のが最後に届いた報告書だからね。ついでにいうと、違法風俗店から連れてきた女の子たちにも、同じことをしているよ。もちろん家族の名前と住所を覚えていた子たちに限ってだけど。
僕らは、君たちを奴隷扱いする連中とは違う。可能であれば家族のもとに返してあげたいと願っている。それでまっとうに暮らしていけるのなら。でも残念ながら、そういうケースはごく稀だった。風俗店と反社の追跡をかわしながら、経済的にも我が子を迎え直せる家庭は3例しか無くて」
「そんなにお金あるなら、家族ごと養っちゃえばいいじゃん」
「そうはいかないよ。国と企業が使い捨てた人たちを全員丸抱えすることはできない。それに、経済的な理由ばかりが問題じゃなくて、博打とお酒、夢を紡ぐ草、もっと習慣性の強い薬物の中毒者だったり、DVの常習者もいる。
この問題を根本的に解決するには、日本国そのものを変えていく必要がある。多分だけど、ナオコちゃんもそう考えたから、白黒団を名乗ったんじゃないかな。お国に白黒つけてやるってね」
国に白黒って、そんなの不可能だよ。こういうの何て言ったけ。蟷螂の斧。ついでに、アレと天才は紙一重だ。
「エミちゃんの言いたいことはわかるよ、絶対無理って思ったろ?」
「そりゃそうでしょ。いや、シロちゃんとクロちゃんは通じ合えるし、ナオコもタマエおばさんもケンジさんもすごい人だと思うけどさ。でも警察が本腰入れてきたら敵わないっしょ。警察に勝てても軍隊だってあるし」
「そうだね。補足すると広域指定暴力団と半グレ集団にも狙われているよ。戦っても勝てないし、勝ててもキリが無いから、そういう形での抵抗はもう諦めてる。だから安心して。君たちには、銃剣つけて突撃~ぃとか、絶対させないから」
「あはははは・・・・・・おもしろーい(棒)。少なくとも戦前ニッポンが美しいとかいうどっかの永世総理よりは賢いんだね。安心したよ。でも、このまま逃げ隠れしてたって一生、日陰者のままだよ。奴隷生活よりはマシだけど」
「エミちゃんの言う通りだよ。だから我々白黒団は、日本を革命する。この国に自由と民主主義を取り戻す」
「うっそー。ケンジさんからそんな言葉、似合わないよ~」
「いまのは冗談じゃないよ。それに、できるかどうかは問題じゃない。僕らがそうしたいからするんだ。ただそれだけさ」
エミが目を丸くしている。ケンジは憫笑した。
「信じられないって顔してるね。でもそれが僕らの抱負なんだ。精製工場から逃げた時の運転手さん、覚えてる?」
「うちらのバカ話で笑ってたね」
「八木橋さんっていうんだけど、彼はあの作戦で仕事を失くしたよ。いまは重要参考人として全国に指名手配されている」
「え、あんな朗らかに笑ってた人が、そんな目にあってたん? ・・・・・・ああ、あたしたちのせいか」
「エミちゃんが気に病まなくていいよ。八木橋さんも覚悟の上であの話に乗ってくれたから。いまは名前を変えて、千葉県にある孤児院の副院長さんをしているよ」
「そっか。そのうちお礼とか言える機会あるかな」
「エミちゃんがあっちの院での勤務を志願してくれればあると思う。けど、今のままじゃ向こうから断られるんじゃないかな」
エミの勤務態度はあまり芳しいものではなかった。議論したがる性格が災いして工場での仕事になじめず、早々に孤児院に送り返されてきた。子供たちとの交流を無意識に避けているのだろう、子供たちにも人気がなかった。
「八木橋さんは、矯正施設送りになった妹さんの消息をもう3年以上、追い続けている。あの作戦に加担する条件として、妹の雪絵さんを探してほしいと頼まれたんだ。いまのところ成果は無いけれど」
「そうだったんだ」
「隣組制度による密告で連れ去られてしまったんだ。あの制度での告発は大逆犯、テロリストもしくは外国のスパイ容疑だから、警察と憲兵が恣意的に逮捕拘禁できるし、弁護士をつける権利もない。容疑の説明も無いし、どこに収容したかも開示されない。それと、なぜか政権側に都合よく、被疑者に関する行政文書は紛失して追跡できなくなってしまう。
生きていれば30歳。若いから国営企業に使われている可能性が高いけど、工場と農場は日本各地にあるし、外部に対するセキュリティも厳しくて手が出せない。八木橋さんも、すぐに見つかるとは思ってないと思う」
「・・・・・・・・・・・・」
「あの作戦で君たちを温泉地の近くで降ろした後、八木橋さん言ってたよ。救出に手を貸してよかった。あの元気な子たちの声を聞けてよかったって。たぶん、君たちに妹さんの面影を見ていたんだと思う」
ケンジはロマンチストだった。
「君にだけここまで話した理由は、もうなんとなく察してくれていると思う。八木橋さんも、僕も、君たちを妹みたいに思ってる。君たちが笑ってくれさえすれば、どんな辛苦も厭わないつもりだ。信じてくれとは言わないけど。
君にとって性風俗で使われていた子たちは他人で、かわいそうだけどしょうがない存在かもしれない。本当の家族や友達の代わりにはならないよね。それでも、君が勉強を教えたり、一緒に遊んだりすることで、あの子たちはほんのちょっぴりだけど救われるはずだよ。君は自分の価値を正しく知る必要がある」
ケンジは席を立って、面談室の隅に置いていた段ボール箱を持ち上げた。それをエミの前に置く。箱の中身はみかんだった。
「君の今日の仕事はこれ。子供たちに配ってあげて欲しい。ただし、均等にはいきわたらないから、配り方に工夫を凝らしてみて。余りはゲームの賞品にするとかね。頼んだよ」




