30.柳沢と山下
柳沢と山下は心底、嫌気がさしていた。
新宿、渋谷、池袋、五反田の少女系違法風俗店に張った網は、結局のところ徒労に終わった。ただただ、国民の血税を浪費するだけに終わったのであった。警察と反社が、それぞれ別個に手ぐすね引いて待ち構えてしまった結果、犯行グループはあまりの警備の物々しさに手が出せなくなったようであった。それはそれで防犯としては成功であったが。
現場の捜査官はうっぷん晴らしに違法性風俗店をガサ入れし、仰々しくも拳銃や日本刀を備えていた間抜けな暴力団員を片っ端からしょっ引いた。池袋の某店からは、なんと米軍仕様のM16が出てきた。さらには従業員にヘロインを打って私的に楽しんでいる者までいた。
銃刀法違反、麻薬取締法違反での戦果は国民及びマスコミ向けのいい宣伝になった。各店舗が未成年を監禁使役している件は巧妙に伏せられた。令和帝国においては、面子と建前とプロパガンダが何よりも優先される。
しかし、大規模捜査が空振りに終わった責任は誰かが取らねばならない。かつては野党と識者と国民に対して、団結して隠ぺい改ざん口裏合わせを行ってきた官僚たちであるが、ひとたび敵がいなくなると、今度は彼ら同士で共食いを始めた。華族政治家を抱き込み、その後ろ盾を利用しながら、互いの足を引っ張り合った。つくづく哀れな餓鬼どもではある。
責任の余波は、公安一課の柳沢にも及んだ。彼は所轄と生安課の求めに応じて解決策を提案しただけであったのに、部長クラスの居並ぶ前で厳しく面罵された。「首を洗って待ってろ」とまで言われた。泣いて馬謖を斬る気だろうか? 馬謖ほど愚劣なミスは犯していないはずだが。
柳沢は山下をデスクの前に呼びつけた。動物社会にも序列があるように、官僚は上司の八つ当たりを部下へ受け流すのだった。
「山下君、君の解決策は、残念ながら功を奏さなかったようだ。連続事件の犯人グループは鳴りを潜めてしまった。何か言うことはあるか」
山下は珍しく口角を上げた。何かツボにはまったらしい。
「そうですね・・・・・・敵の脅威を誇大に宣伝した結果、税金を湯水のように使って核をもち空母原潜を作り三軍を強化しすぎた挙句、力の振るいどころを失った我らが帝国軍にそっくりですね。野党の名物議員がもし存命なら『国破れて兵器あり』とでも詠んだでしょう」
柳沢は冷や汗をかいた。聞く者が聞けば反逆の言辞である。盗聴防止措置は定期的に行われているが、決して100%の安全を保障するわけではない。
「おいおい、めったなことを言うもんじゃない。私は復古主義者でもレイシストでもないから、君の言っていることが概ね正しいことを知っている。だが、私の職と命にかかわる事態になれば君をかばうことはできん。自重しろ」
「はい。言葉が過ぎました。以後、気をつけます」
「気をつけるだけじゃなく、君自身を大切にしたまえ。君の頭脳と才略は日本国民にとって極めて有用なんだ。我が国の権力者が、たとえ何人入れ替わろうともだ」
山下の目が楽しそうに細められた。
「課長。あなたの発言こそ、とても不穏当に聞こえますよ。まるで政権の早期転覆を願っているように聞こえます。賞賛は甘んじてお受けしますが」
「これは一本取られたな。だが、長い歴史から見れば、松下村会議も自由愛国党さえも日本国の上を吹き抜ける風のようなものだ。どちらかを選べと問われれば、私はためらいなく日本国と国民を選ぶ」
柳沢は山下を見据えた。
「なんなら今の発言を上に密告して、君が課長の椅子に座ってもいい。君ならたぶん、私よりうまくやるだろうしな」
「いいえ。それは悪手です。自分が後釜に座れる確証がありません。もし仮にその椅子を得ても、また同じ策略ですぐに失脚するでしょう。ブルータスは次のブルータスを生むだけです。極めて非生産的ですよ」
「おおそうだ。非生産的といえば、昨日の国営会社がまさにそれだったようだ。例の夢を紡ぐ草の精製工場で、第一工程の作業員が全員、夜のうちに煙のように消えてしまったとか。草はノーチェックのまま流れてしまい、事態が露見するまで粗悪な製品を作り続けてしまったらしい。損害額は君の年収を足せば億に届く。どうだ、興味が湧かないか?」
山下の目が輝度を増した。
「少子高齢化が進み、外国人労働者にもそっぽを向かれた我が国で、古い工場跡を再利用している国営会社がどうやって労働力を確保しているか、になら興味が湧きますね」




