26.ケンジ
大学生、佐伯ケンジは助手席でビクビクしていた。
夢を紡ぐ草を運ぶトラックに便乗して国営企業の精製工場へ潜入し、首尾よくナオコの元女囚仲間たちを救出したものの、設置されている集音マイクで荷台の会話は全て筒抜けだった。話題は、解放された女囚たちが最初に出会った男性、ケンジの噂でもちきりだった。
「さっき扉を確保してた人、すっごいイケメンじゃなかった!?」
「すれ違ったときめっちゃいい匂いした~。思い出すだけでメスになる~」
「覆面で目しか見えなかったけど、間違いなくイケメンだよね。だって流し目でハートをやられたもん」
「声もよかったよねー。優し気だけど頼りがいがありそうで」
「ねーねーナオちん、紹介してよ~」
「ばかねー。あんなのナオちんが唾つけてないわけないでしょーよ。だって縁もゆかりもないうちらを助けに来てくれたのって、ナオちんのためしかありえないじゃん。ぜったい付き合ってるって」
「えー、そうなのー? 嘘だよねー。ナオコはクロ一筋でしょ?」
かしましい女囚たちを制して、ようやくナオコが喋り出した。
「はい静粛に~。みんなのご希望通り、紹介しまーす。彼の名前は佐伯ケンジくん、20歳の大学生でーす。念のため言っとくけど、あたしとは付き合ってませ~ん」
事実である。ケンジはホッとした。のもつかの間・・・・・・。
「はいはーい。シロ知ってるよー。ケンジ君、彼女はいないけど、気になってる男性はいるよー」
えええーーーっ! 驚愕の新事実であった。
「えーもったいなーい。彼ゲイなの?」
「やだー、ますますカッコイイ(笑)」
「でもさ、そこはバイにしちゃえばよくない?」
「あたしそれでもかまわなーい。むしろ3P上等! みたいな?」
「みたいな? じゃないでしょー。あんたインモラルすぎ」
ケンジは頭を抱えた。シロちゃんは察しがいい上に、いつも気が利きすぎる。恋愛ごとにかまけたくないケンジのために煙幕を張ってくれたのはわかる。しかし、これでは、あらぬ誤解を招いてしまう。
「ケンジ君も、いろいろ大変だねえ。色男には色男の苦労があるんだねえ」
運転手の八木橋さんが苦笑交じりにケンジを慰める。実はコクピットからの音声も荷台に通じていた。荷台は騒然となる。
「おやおや~。ひょっとしてケンジさん、聞いてましたー?」
「こ、これから、お兄ちゃんって呼んでもいいですかっ」
「ゲイだなんて信じません! 私が正道に引き戻してあげます! だから付き合いましょうそうしましょう以後よろしくお願いします絶対逃がしませんええ逃がしませんとも」
八木橋さんの笑い声だけが返ってきた。妹を矯正施設へ送られて所在が掴めず、面会すらもかなわぬまま反体制組織に身を投じた八木橋にとって、それは久しぶりに心から笑えた瞬間だった。




