24.ナオコ
ナオコは思い通りに進まない会議に腹を立てていた。
名も無き組織の定例会、ナオコは次の標的を新宿歌舞伎町の下級士族向け大箱店「ぶるっく・しーるず」に定めた。しかし、メンバーの反応は鈍かった。それどころか、時期尚早とする意見が大勢を占めたのである。
「みんな、どうしちゃったの!? シロのような子たちを救いたいって言ったのは嘘なの? それとも、もう株式運用で稼いで程々に贅沢できるようになったから、いま苦しんでいる子供たちには興味がなくなったの?」
地元の警察官で、ナオコたちと組んで署内管内の憂国自警団を駆逐した山川警部補が、ナオコをなだめにかかった。
「そうじゃないよ。ただ、違法風俗店連続襲撃事件に対する警察と反社組織の動きが活発化しているから、いまはまずい。狙われそうな店には暴力団組員が複数常駐しているし、セキュリティが以前とは比較にならない。東京の防犯グッズ店から監視カメラと、催涙スプレーやスタンガン、警棒、飛び出しナイフが飛ぶように売れている。誰が買っているかは容易に推察がつくな。
それに、風俗街には覆面捜査官がうようよいる。中年男性が何をするでもなく一日中、街角や喫茶店にいる。見る人が見れば正体は火を見るよりも明らかだよ。周辺に路駐している車も警察が使っているナンバーだ」
店舗襲撃にも何度か加わった大学生、佐伯ケンジもナオコを諫めた。演劇の経験があり、機転が利くので、シロとクロの偵察に随伴したこともある。クロがプチ失踪した時の担当も彼であった。
「ナオコちゃんが急ぐ気持ちはよくわかるよ。でもね、あの店から女の子を全員連れ出して、車に乗せるまでにかかる所要時間が長すぎる。お店の制圧に要する時間、女の子に服と靴を配って着せる時間、車を停めておける場所まで誘導する時間。どう計算しても警察や反社半グレの応援が来るタイミングに間に合わないんだ。だからこそ、あそこは今日まで避けてきたんじゃないか」
「だから、女の子たちには申し訳ないけど裸のままで、お店にある衣装かタオルを使って、裸足で逃げてもらうのよ。決行は人が最も少ない早朝。車は少し離れた場所に待機させておいて、先頭の女の子が店を出た時点でランデブー地点に呼び出すの。これで時間の壁はクリアできるわ」
「希望的観測に基づくクリアだよ。逃げ出す前に入り口を封鎖されてしまう可能性の方が高い。相手の大人はすぐに跳ね起きるけど、眠りの深い子供は叩き起こしてもぐずって時間を空費してしまう。早朝は必ずしも計画に有利じゃない。
それに、店から最短で街道に出るルート上の雑居ビルに、反社のフロント企業がテナントを構えたって、君たちが調べてきたんだよ? それも明らかにぶるっくを経営する会社と繋がりがある。店に何かあれば、そこで常時モニタリングしていて、すぐに駆け付けるつもりだろう。間違いなく武装してくる彼らを退けるには、小銃とか軽機関銃がいると思う。もちろんそんなものは持ってないけどね」
ここで孤児院運営を代表して参加している山中のおばさんが、珍しく挙手して発言を求めた。いつもは受け入れる人数とアフターケアの確認にしか口を挟まない。
「ナオコちゃん、今焦るのは良くないわ。何が起こっても大丈夫な準備をしてから、はじめて行うくらいでなきゃ。石橋を叩いて叩いて叩きまくって、それでも渡らないのが真の勇気よ」
ナオコは硬い表情のまま全員を見回した。ひとつため息をつく。
「わかりました。大人たちが全員、反対するんですもの。たぶん私が間違っているのよね。ぶるっく襲撃の件は、しばらく保留とします。もちろん諦めたわけじゃありませんからね」
解散後、シロとクロがナオコに寄り添った。
「お姉ちゃん、ケンジくんの言ってること、ウソじゃないよ。ほんとに心配してくれてたよ。だから怒らないであげて」
「シロのおともだちがいるからって、とくべつ扱いしなくていいんだよ。いつかきっと助けてあげられるよ。だから元気出して」
ナオコは確かに気落ちしていた。資金面の打開はついたが、警察と店側の警戒が厳しく、救出作戦は頭打ちになっていた。一度、襲撃した店も、新しいキャストを補充して、ぼちぼち営業を再開している。これじゃ雨後の筍だ。叩いても叩いてもキリがないモグラたたきみたいだ。
身勝手で反社会的な自警行為を行っていた連中は始末したが、そのこと自体が警察庁の注意をひき、地元警察も難しい立場に立たされているという。このままでは摘発を恐れて動きが取れない。メンバーの士気にも関わってくる。
そうだ、遠征しよう。




