23.柳沢と山下
山下は課の予算を惜しみなく蕩尽していた。
事実上、政権の番犬と化した公安も、やや特殊なだけのお役所である。国内に敵がいなくなった政権は、とうぜん防犯・防諜関連の予算を削りに削って、建設会社への公共事業発注のような、彼らにとってうま味のある分野に回そうとする。予算獲得競争はシビアであり、前年度実績を誇大に見せるためにも、予算消化は重要であった。
山下は、柳沢の渋面をよそに、必要経費の申請を毎日行っていた。図々しくタクシーを使って被害にあった店舗を全て回り、犯人の手掛かりを追い求めた。所轄の初動捜査と実況見分の報告書には目もくれない。
調査着手から7日目、山下が外回りを終えて戻ってきた。今日も当たり前のように、必要経費申請書と領収書の束を柳沢のデスクの決済待ち書類箱に放り込んで帰ろうとする。柳沢は呼び止めた。
「で、何かわかったかね。山下くん」
山下は無表情なままで答えた。
「目下調査中であります」
柳沢の表情が曇った。山下は言い直した。
「所轄及び生安課からの報告の裏取りはほぼ完了しました。特に付け加えるべき点はありません。引き続き、事件の解決に尽力いたします。それでは」
「そうじゃない。犯人の手がかりはあったか。あるなら犯人はどこの何者であるのか、と聞いてるんだ」
「わかりました。本当はもうすこし確証を得てからご報告する予定でしたが。
実行犯は、最初に客を装って入店した若い男性以外、マスクやサングラスで顔を覆っていました。防犯カメラ映像から、動き方で複数の事件に同一人物の関与が確認されています。犯人グループは、まるで店内の間取りをよく知っているかのように侵入し、奥の区画に寝泊まりしていた女児を確保。店舗スタッフや常連客の中に内通者がいる疑いがありましたが、こちらの線はほぼ途絶えています。事前に下見していた模様。
グループはライトバン2-4台に分乗して逃走しました。その後の足取りは不明です。早い段階で車を換えたか、ナンバープレートを付け替えて別々の逃走経路を辿ったものと考えられます。映像から確認できたナンバーは全て偽造でした。
また、最初に客を装った男の人相で、データベースに符合する人物はいませんでした。以上の点から、本件は既存の過激派、反社、自警組織以外の、まったく新しい集団による犯行と推定します」
ふむ、だとすると、我々の仕事ではないということだ。あとは犯人グループが、突然声明を発表して「自分たちは世界同時革命を目指す赤軍である」などと名乗らなければいい。少女使役組織の尻を拭く仕事など金輪際なしにしたいものだ。
山下は憂鬱そうに続けた。
「ひとつだけ気がかりがあります。女児たちは、確かに監禁されて虐待同然の扱いを受けていました。しかし、顔を隠して突然現れた集団に対して、ああも簡単に従ってしまうものでしょうか。現状より待遇がよくなる保証もありませんしね。多少の抵抗を試みるなりして、力ずくで連れ出されてもおかしくありません。しかし、カメラ映像と目撃証言からは、そうした様子はいっさい無い。全員おとなしく誘導に従って、自分で歩いて車に乗り込んでいます」
「そりゃ、店の扱いが相当悪かったということじゃないか。監禁されれば、どんな形でも外に出たいと願うものさ」
「そうでしょうかね。まるでハーメルンの笛吹き男に従うかのような不気味さを感じませんか? そう、犯行グループには、いるんですよ。そうしたことの可能な人物が」
「事前に客として少女の一人に接触し、そこで言い含めておけば、あるいは組織だった行動をとらせることが可能だろうな。もちろん実際に個室で事に及ぶ必要もない」
「その点も考えましたが、事件の前にあやしい客が来ていないかと聞いても無駄でした。違法風俗店に来る時点で概ね挙動不審ですし。新規で一回限りの客はかなり多く、いちいち覚えていられないそうです」
「逃走経路に関してだが、案外、近くに隠されているという可能性は? 例えばライバル店なら、そのまま客を取らせることもできるだろう。さすがに同じ町でということはないだろうが」
「それなら見目麗しい売れ筋の娘だけを連れ去ればよろしい。言いにくい事ですが、少女使役業界の現状は供給過剰です。なにしろ、株主と経営者にばかり都合の良い労働法制によって、平民の労働者は限界まで搾り取られていますからね。内需の弱体化で国際競争力もだだ下がり。ドロップアウトした家庭から口減らしを兼ねて、子役やモデルにもなれそうな美少女たちが中古スクーター並みの安値で売られていますよ。まったく信じられないことにね」
柳沢は山下を睨んだ。
「ここは帝国の社会政策について議論する場ではない。その影響で起こった事件であることは認めるがね。解放された・・・・・・いや、この場合、不法に誘拐されたというべきか。少女たちの人数から考えて、どこかの大規模な施設に匿われていると考えるのが妥当だ。となれば、地価が安い地方、廃村、リゾート施設の跡地までもが捜索範囲になってしまう。全国規模の捜査に切り替えるべきだが、違法営業店の内情が世間に広く知れ渡ってしまう恐れからそれはできない」
「ですから、答えはひとつです。連中が次に事件を起こしそうな店舗に網を張って、実行犯を一人でも挙げる。これしかありません」
「ますます雲をつかむような話だな。だが連中の目的だけは明らかだ。いままでは中小規模店を襲ってきたが、犯人もノウハウを確立して慣れが生じるころだ。付け入る隙はある。新宿か渋谷の、まだ襲われていない大店に捜査官を潜入させよう。客の待合室、スタッフ控室、周辺の飲食店などにな。もちろん、うちからは誰も出さない。管轄外だ。君も下手な変装などせずに、結果を待ちたまえ。あとは手柄が欲しい所轄と他部署にまかせよう」
そして柳沢は渋々ながら山下の必要経費に決済印を押した。顔をあげると、山下はもう退出していた。




