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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
21/75

20.クロ

 クロはシロに嫉妬していた。


 クロは読み書きができず、箸も使えない。ところがシロは、9歳まで学校に通っていたおかげで九九も言えた。お姉ちゃんを楽しませるテクニックにも長けていた。クロもやり方は知っているものの、手つきとタイミングがまだまだぎこちない。ナオコお姉ちゃんは平等に、交互に、一緒に遊んでくれるものの、その優しさがかえってクロにはこたえた。


 本当はシロとするほうが楽しいでしょ、お姉ちゃん。クロ、下手でごめんね。クロ、馬鹿でごめんね。ナオコへの愛が募れば募るほど、クロの悩みは深まった。その気持ちを感じたシロが気を使ってくれることも重荷になった。


 世間に内緒で運営されている孤児院では、風俗店から誘拐してきた女の子たちが、篤志の人たちによる授業を受けている。山中のおばちゃんも、手芸とお菓子作りの授業を受け持っていた。学習深度に応じて学級が設けられており、シロとクロもいっしょに勉強しているが、そのクラスは別だった。


 クロは一番下のクラスで、ひらがなカタカナから教わっている。クラスで一番の年長さんなのも、クロにとっては恥ずかしさの種だった。中学校で非公式に授業を受けているナオコが、毎日お昼ごはんを一緒に食べにきてくれて、その都度、辛抱強くクロに箸の使い方を教えてくれるのも、まわりの園児の手前、恥ずかしかった。


 違法風俗店の襲撃作戦では、シロとクロによる偵察が欠かせなかった。まず店舗の側まで行く。建物にへばりつくようにして、中の様子を覗うのである。そうして中にいる従業員と、女の子の年齢と人数を割り出す。事前情報と違って18歳以上しかいない店、18歳未満でも自らの意志で働き、かつ妥当な対価を得ているような店は、作戦の対象から除外される。


 調べるべき店舗の数は多いが、シロとクロの共感覚力の向上によって、それぞれ単独でも十分な成果が得られるようになった。受信力の一番強い子を介して店の女の子たちに働きかけることもできた。ふたりは手分けして事に当たっていた。そんな矢先のことだ。


 その日、クロはぼんやりしていた。調査中の店の近くにあるレズ風俗店にいた32歳のお姉さんの心を覗き見て、その悪魔的なテクニックの数々に大興奮だった。鼻血まで垂らしていた。ナオコお姉ちゃんもきっと喜んでくれる!


「そこのお前たち、こんなところで何をしてるんだ?」


 警邏中の警察官がふたりだった。対するクロは随伴の大学生のお兄さんを一人連れているだけ。風俗街の真ん中で成人男子と幼女の二人連れ。極めて不自然で、説明が難しい状況である。


 学生は冷静だった。職質を受けても切り抜けられるだけの才覚もある。しかし、クロは違った。パニックに陥ったクロは、矢も楯もたまらず逃げ出してしまった。


 学生はやむなく、クロを確保しようと動いた若いほうの警官にタックルを敢行した。クロは反体制組織の最重要人物であり、その身柄の安全は全てに優先する。捕まって詳しく調べられると、矯正施設からの脱獄犯であることが露見する恐れがある。


 彼は取り調べでこう供述した。自分は理系の大学生で、ある児童養護施設のボランティアもしているが、今日はそこで自閉症気味の女の子の相手を任された。


 ところが、女の子はなかなか懐いてくれず、そればかりか「ママに会いたい」といって施設を飛び出してしまった。


 施設は人手不足で、追いかける余裕が無い。目を離してしまった責任もある。施設長から心当たりのある行き先を聞いて、自分が探しに来た。案の定、女の子は、ママが昔、働いていた風俗店の前にいた。


 そこで女の子に、ここにはもうママはいない事を言い聞かせて、一緒に帰ろうと説得していた。お巡りさんたちがそこに現れて、悪いことをした自分を捕まえに来たと勘違いした(と思われる)女の子は逃げ出してしまった。自分も追いかけようとして、うっかりお巡りさんにぶつかってしまいました。反省してます。


 学生証と免許証は本物だった。申告された番号に電話すると、初老の女性が応答して、たしかに自分は施設長で、女の子の捜索と保護を学生さんに依頼しました、と答えた。


 それ以上、詳しく調べられたら危なかったが、ここで「誤解」が解けた学生は、軽い注意の上で釈放された。


 しかし、クロの失態と失踪は問題として残っている。学生はナオコに直接電話して、逃げ出してしまったクロの捜索に応援を頼んだ。


「どうして言われた通り、お兄さんに全部任せなかったの? ううん、それよりも、店の中の様子を探るのに、いつもたいして時間はかからなかったはずじゃない。なかなか終わらなくて、お兄さん困ってたよ」


 ナオコとシロは、それぞれ行っていた仕事を中断して、クロの捜索に当たった。持たせていたキッズ携帯のGPSで、クロはすぐに見つかった。現場から400m離れた児童公園の遊具の中に隠れていたのである。


「ごめんなさい。クロ、ぼーっとしてて、となりのれずのお店のお姉さんのテクニックばっかり調べてて、そしたらおまわりさんにしかられて、こわくなって逃げちゃったの」


 シロがクロをとりなした。


「クロちゃん、ちかごろ悩んでたの。自分はお姉ちゃんの役に立ててないんじゃないかって。だから怒らないであげて」


 事情を聞いたナオコは苦笑いした。


「なあにもう。そんなこと気にしてたの、クロは。おばかさんねー」

「そうだよ、クロちゃん、おばかさんだよ」


 クロの眼に涙があふれた。やっぱりお姉ちゃんもクロは馬鹿だと思ってたんだ。クロは、お姉ちゃんのお荷物なんだ。


 ナオコがクロを抱きしめた。


「ばかねえ。クロはすごく役に立ってくれているし、あたしもシロも、クロより大事な人なんていないんだよ」


 ナオコはクロの眼をまっすぐ覗き込んだ。


「クロ、大好きだよ。すっごく大好き。愛してる。お姉ちゃん、クロの事、いっぱいいっぱい愛してるよ。クロのいない世界なんて考えられないの。だから二度と自分が役立たずだなんて言わないで、ね」


 結局、クロは泣いてしまった。うれしいのに泣いちゃうことって、あるんだね、ほんとうに。


「ところでクロ。さっきの話の中にあった、レズ風俗お姉さんのすっごいテクニックって、どんなのかなぁ。お姉ちゃん、さっきから気になって気になってたまんないんだけど。はぁはぁ」

「シロもね、ずーっと気になってたんだよ。ねえクロちゃん、はやくぅ、はやく教えてぇ」

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