表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
20/75

19.警視庁公安部

 警視庁公安部第一課長、柳沢篤志はイライラしていた。


 原因は生活安全部保安課からの矢の催促による。華族士族の経営する風俗店が立て続けに暴漢の襲撃を受けており、多額の現金を奪われた挙句、本来、存在しないはずの18歳未満の従業員を根こそぎ誘拐されている現状を、首都圏で活発化している極左過激派の犯行と断定。その対策を早急に執り行うよう、公安部に要請しているのだった。柳沢から見れば、犯人の影すら踏めない無能な所轄の責任転嫁でしかない。実に迷惑千万な話であった。


 そもそも、襲われた店舗が未成年を使用していること自体が違法であるのに、なぜ摘発も受けず営業許可が取り消されないのか。反社とのかかわりも強い悪質な業者が、いかに有力華士族の後ろ盾があろうとも、どの面下げて警察に捜査を依頼しているのだろう。柳沢には今年中学に上がったばかりの娘がいた。家出や誘拐、簡単なバイトなどと偽る甘言によって、その手の業者に監禁使役されない保証などどこにもない。


 本件が公安一課に持ち込まれる理由も不明瞭である。これといって犯人の身柄を特定する根拠もない中で、なぜか極左の犯行と断定されてしまっている。まあ、現政権を牛耳る自己愛の強い全体主義者からみれば、この世の全ては真っ赤っか。お仲間以外は全員、コミュニストに見えるのだろうが。


 要するに、現政権に逆らうものは全て反日の極左であるか、外国勢力の陰謀であるとの決めつけなのである。根拠のない憶測でしかない。為政者の思考が硬直化し、柔軟性を著しく欠いている証左だ。政権に尻尾を振って得た地位ではあるが、自分より知能において劣る政治家の命令を唯々諾々と聞いている現状に嫌気がささないでもない。ちなみに柳沢のIQは130である。


 柳沢は考えた。面倒ごとは部下に丸投げしてしまえばいい。だが、政権の犬になることをよしとしない硬骨な者は辞めるか左遷されてしまい、手元に残っているのは上司の顔色をうかがう風見鶏ばかりである。自主性主体性に乏しい。露骨に言えば、箸の上げ下げまでこちらから指示してやらなければ何もできないタイプである。正しいことが必ずしも正しいとされない世相の影響もあるだろうが。


 ひとりいた。明らかに令和帝国に批判的で、そのことを隠そうともしない男。端的にいって優秀だ。経験さえ積めば柳沢をも上回るだろう。個人的に連れ出して、さしで2時間ほど飲んでみたが、その見識と怜悧な頭脳に驚嘆した。


 任せてみるか。先週までに起こった13件の事件の共通項はその手口だけ。雲をつかむような話ではあるが、あいつなら捜査の糸口くらいは掴むかもしれない。


 柳沢に呼ばれた男は、まだ若かった。極右担当の三課が整理縮小されて大部分の者は地方へ飛ばされたが、一人だけ庁内各課からひっぱりだこの者がいた。名は山下大輔。往年の名遊撃手と同姓同名である。


 山下の外見は一見パッとしない。背は低く、やせっぱちで、目鼻立ちは整っているものの、無表情で他人の印象に残りにくい。目だけが爛々と輝いていて気味が悪かった。


 山下は極右カルト組織研究の第一人者だった。担当は最大規模にして大本命の護国会議。主要メンバーの出身、生い立ち、学歴、職歴、資格、賞罰、係累、財産、あらゆる法人個人との利害関係について細大漏らさず調べ上げ、会議メンバーたちから憎悪を込めて「八咫烏の眼」と呼ばれていた。


 安藤政権の逆クーデターのあと、山下は職権濫用、不敬罪など計17にわたる罪状で告発され、死刑判決を受けるはずだった。しかし、護国会議のある有力メンバーが「待った」をかけた。最悪の敵だったからこそ、手駒として有用だ、というのである。


 一説には、有力者の隠し子にまつわるスキャンダルを、山下が独断で握りつぶしたことへの恩返しではないかと噂されているが、その男は病床について緩慢に迫り寄る死を待っている状態であった。真相は墓場まで持っていくと見られていた。


 山下は、柳沢から受け取った事件ファイルを一瞥した。すぐに興味を失くしたらしい。目は輝きを失い、つまらなそうに細められた。


「左の犯行ではありませんね。少なくとも極左ではない。これだけ同時多発的に事件を起こせるだけの人数と組織力は、今の監視対象にはありません。華族が反社を使って商売敵を攻撃しているか、もしくは全く新しい勢力によるものです。我々の仕事ではありませんよ、これは」


 柳沢はため息をついた。


「そんなことは君に言われんでもわかっている。しかし、最低限、これは左の犯行ではないという確証を揃えんことには、上も横も納得しないだろう。つまり、君がその証拠を掴むまでが、我々の仕事ということになる」

「仕事をしないために仕事をするという二律背反になりますが、わかりました。着手します。現行業務の引継ぎをお願いします」

「八田にやらせる。すぐにとりかかってくれ。・・・・・・そうだな、仮にこれが新勢力の犯行であると仮定して、犯人はどんな人間だと推測するかね?」


 柳沢は仮定を積み重ね、その可能性を丹念に潰して回ることで真相に迫るタイプだった。山下はもういちどファイルを読んだ。


「そうですね・・・・・・。明確な目的、児童を救う義賊気取り・・・・・・一個人の透徹した意志による行動です。犯人は帝国の現体制を憎んでいます。深い怨恨に根差しているでしょう。誘拐した児童を金銭目的で再利用していなければ、ですが」


 山下の眼に光が戻った。獅子との決闘に臨む剣闘士のそれである。


「犯人は若者。30以上ということはないでしょう。おそらく女性。男性であれば、確実に稼げる店舗を優先的に襲撃するはずです。誘拐後のアフターケアまで万全に考えているからこそ、足の付きやすい大規模誘拐をあえて行っている」

「まさか。若年の女性が示す行動力ではなかろう。仮にそうだとしても、前後13件の犯行を行うのに最低限必要な人数は20人だ。それもフロントラインだけで、だ。バックオフィサーを含めれば、50人以上ということになる。女が首領では無理な組織力だ」

「わかりませんよ。世の中は何だって起こり得ます。右の睾丸を賭けてもいい。主犯格は女です」

「君の睾丸などいらん。とにかくやってくれ。君の推論が外れて、一刻も早くこの不愉快な件を厄介払いできることを祈っている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ