18.甘き復讐の香り
高橋の教師生活は順風満帆だ。
以前のように学内の生徒には手が出しにくくなったものの、高橋は満足していた。父親と士族の友人一同ならびに全国のレイプ愛好者の「皆様」から弁護費用としてカンパされた金の余りで、黒いワンボックスカーを購入したからだ。
この車は実に素晴らしい。徒党を組んで「愛国活動」に勤しむのに最適だ。3列目シートを畳めば、平民の肉便器を使うスペースも作れる。人生は実に楽しい。
愛国的出動が無い日は、遠くの田舎町へ遠征する。学習塾帰りの女子を尾行し、暗い住宅地に差し掛かったところで一気呵成に事を為すと、スリルを感じて激しく興奮した。もっとはやくやればよかった。ある意味で転機をもたらしてくれた、あの反抗的な巨乳女に感謝しなくてはならない。
修身の教諭は専用の個室を与えられ、部活動の顧問も免除されている。残業も無い。授業では愛国心の涵養に努めるべく、集団の足を引っ張るはみ出し者を告発する。今日は、不登校児がクラスにかけている迷惑の数々を列挙させた。40人学級にひとり不登校児がいると、
・ペアを組む時あぶれるものがでる。
・40人揃っているクラスより弱くなる。
・40人揃っているクラスより一人当たりの負担が大きい。
・朝礼や体育祭で欠員がいると目立つ。とても恥ずかしい。
・学校をさぼってもかまわないという悪い風潮が生まれる。
・勉強してないので、将来、生活保護受給者になる。
・つーか、もうとっくに税金泥棒じゃね?www
この有意義な授業に参加しない「反日」な生徒、嫌悪感を示す「共産党」な生徒には容赦なく赤点をつける。修身の内申点は他教科の3倍で計算されるため、将来的に「中韓のスパイ」になるクズを未然にスポイルできる。いい時代になったものだ。
その日、高橋はウキウキしていた。修身で1をつけてやった女生徒が、何でもするから最低でも3に改ざんしてほしいと頼んできたのだ。もちろん放課後に修身指導室へ来るよう言い渡してあった。
前回の反省を踏まえて、指導室には隠しカメラを複数設置した。生徒が自ら成績の改ざんを懇願する姿を音声付きで録画するためだ。
乱暴にドアがノックされた。高橋は「どうぞ」と答える。生徒として当然の礼儀である「失礼します」無しでドアが開いた。カメラを止めた後で、こってりと説教してやらねば。平民生徒としてのあるべき態度に躾けてやるのだ。
入ってきた女生徒はずいぶん大柄だった。165cmはある。なぜか子供をふたりも連れている。おまけにSM嬢のようなバタフライ仮面までつけている。・・・・・・いや、誰だし。
「久しぶりねーバカ橋。元気してた~?」
「やーいやーい、バカ橋ーバカ橋ー」x2
平民生徒としてあるまじき暴言に高橋は激怒した。士族である自分を敬わぬなど、万死に値する反日行為である。高橋は立ち上がり、いつものように暴力を振るった。しかし、大振りなパンチは軽やかなステップで躱された。
女生徒は嘲笑した。
「相変わらずのクズっぷりね。恥ずかしい奴。その調子であたしの家族を殺したのかしら、自称愛国者さん♪」
子供たちも囃し立てる。
「ひとりじゃ何にも出来ないんだねー。かっこわるーい。プークスクス」
「おじさんださーい。てゆーかイカくさーい。ちんちん洗ってないの~?」
欲望の曇りからようやく目覚めた高橋は気づいた。矯正施設送りにしてやったあの巨乳女! なんでここに?
「頭わるーい。やっと気づいたみたいねー。でもぉ~、ここから先は質問にだけ答えなさい。でないとボールにされちゃうよ~」
何を言っているんだこの巨乳女は。男の力にかなうとでも思っているのか、このアホは。全員ぶん殴ってボコボコにしてやる。
その時、ぞろぞろと生徒たちが入ってきた。男子が三人、女子が五人。全員バットを持っている。
「ナオっち~、野球できるって聞いたけどさー、グラウンドここであってる~?」
「へっへー、ちょうどいいボールがあるじゃん。よーし、まっまホームラン打っちゃうぞー」
「打順どうするー? あたし一番キボンヌー。一年時からこいつ気に入らなかったんだよねー」
「あんたはガチすぎるから8番。いきなり殺ったらつまんないじゃーん」
「ガチ子は8番としてぇ、先に女子4人でよくなーい。男子じゃ手加減できなそーだしー」
「先公なにしてくれてんだよ。俺たちナオちゃん狙ってたんだぜ。それを汚い真似して脅すとかマジありえねー。弟くんまで手にかけたってありえねーよ。この変態殺人鬼野郎」
「サイコにも程があるっしょセンセ。いまからたっぷり悔い改めてもらっちゃうよーん。教訓生かせんのは来世だけど」
「頭おかしい憂国自慰団だっけ。知ってることはぜーんぶ吐けよー。もしかすっと、俺の伯父さん殺したやついるかもしんねーからよぉ」
巨乳女が生徒たちを制した。
「みんな待ってよー。先に聞くことあるからさ。プレイボールはまだだよ」
「まーだだよぉー」x2
「さてと、んじゃ、まずは白状してもらいましょうか。両親と弟を殺した犯人はあんたね」
高橋は黙っていた。男子三人が周囲を取り囲む。子供ふたりは縫い針を手に高橋ににじり寄る。
「ちょっと、手間とらせないでくれる? こっちはあんたと違って暇じゃないの。わかる? さっさと認めなさい。話が進まないでしょう」
高橋はまだ黙っていた。というよりも、喋れなかった。この状況を受け入れられるだけの理性が無い、幼稚でわがままな和製小皇帝なのであった。
「クロ」
「はいはーい。まず小指からいきまーす。お兄ちゃんたち、しっかり押さえててね」
子供のひとりが、男子が掴んだ高橋の右手の小指の爪の間に縫い針を突き刺した。高橋は絶叫する。
「うるせーな。で、どうなの、あんたがやったの?」
「・・・・・・お、オレが・・・・・・いや、オレの仲間がやった。オレは弟を犯しただけだ」
「ふーん。仲間だろうと同じことだけどね。あんたは立派な殺人の主犯。おいたしたから罰をあげる。シロ」
「はーい。薬指、いっきまーす」
「いてええええええよおおお、やめろおおお、オレは教師だぞ。こんな真似してタダで済むと」
「思ってるよ。このクソ部屋のカメラも全部もらってくし? つーかさ、まだ小指と薬指なら神経的にそんな痛くないっしょ。どんだけヘタレなのよ。はい、次の質問。仲間の名前、職業込みで全部吐け」
「言うわけないだろう。愛国者の誇りにかけて、仲間は売れん」
「バカなの? あんたは愛国者なんかじゃない。自己満足の愛国オナニーに耽る、ちんけで哀れな強姦魔。はいクロ、よろしくね」
「中指いただきまーす」
「ああああああああ。やめろーおまえらイカレてるぞー。それでも人間かー。良心は痛まないのかーー」
「はいみんな、せーの!」
「おまいう~」x11
修身指導室は爆笑に包まれた。
「あたしや他の生徒に、その粗末なナニを突っ込んだときに、あんたの良心はどこを向いていたのかしらねー。もういいわ。残りはあんたのスマホに聞くから。ほら、パスコードいえ」
「言えない。だいたいそれは指紋認証だ」
「あっそ。じゃ、あんたはもう用済みだ」
スマホのロックは右手の人差し指の指紋で解けた。ナオコはアドレス帳と通話履歴、メッセージアプリをざっと見てから、必要なデータを自分のスマホへ転送した。
「警察も善良で真面目な人がまだ多数派だからさ。あんたの仲間はこれで全員炙り出せるヨ。そんで、また拷問して、どんどん上へ上へ手繰ってくわけ。現役警官なら、この辺の自警団の元締めでしょ。いまから楽しみー」
「ひ、人でなしー。オレたちいいことしてるのにーー。なんでイジメるんだよーーー。おまえらみんな在日だろーーー」
そうなのだ。彼らは無邪気に己の正義を信じている。でなければ、ああも他人の痛みに対して鈍感ではいられない。ひとたび差別主義の闇に落ちると、自力で這い上がるのは困難だ。
「加害者が被害者ぶってんじゃねーよ。クソが。あんたたちの私刑をそっくりそのままお返ししてるだけ。あんたこそ高なにがしの朝鮮系なんじゃないの? まあそんなことは関係なく、あんたはこれからボールになるんだけどね」
ボール? なんのこと? へ、ボール、どういう意味?
「あたしの家族と同じように、あんたに関する捜査も行われないわ。あんたのパパも今月中には地獄へ送ってあげる。あんたが鬼にシメられてる姿でも見せてあげなさい。じゃ、プレイボール」
ママの言うとおりだった。ナオコの味方はそこら中にいた。シロとクロが対象の虚実を全て見破ってくれるため、母校を含む学校群と地元警察は程なくしてナオコの掌中に落ちた。
協力者・志願者は口コミで集められ、あるものは実家の町工場を、あるものは商店街の雑居ビルのテナントを、あるものは自動車を提供した。またあるものは大学内でのリクルートを担当してくれた。
シロとクロの共感覚能力は、一緒に行動し出してから格段に向上した。夢を紡ぐ草を使って感度を高めれば、草を使っていない者の思惟も読めるようになった。ただし距離の制約はあった。離れて通じ合えるのはシロとクロの間だけだ。
少女たちによる、前人未到の全世界革命は、茨城県の小都市でひそやかに開始された。