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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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15.遠き日々

 強盗誘拐犯ナオコ&クロ&シロは、電車で郊外を目指していた。


 ぶるっく・しーるずを後にした三人は裏通りから甲州街道へ出て、地下街に下り、そのまま駅へ向かった。中央線で東へ進み、ターミナル駅を経由してエクスプレスへ乗り換えた。


 午後2時の下り電車は空いている。BOX席を選んだが、なぜかクロとシロは喧嘩をはじめた。ナオコの隣に座るのは自分だと主張して、互いに全く譲る気配がない。


「ナオ姉はクロのだよ。ダメだよ」

「クロちゃんはもういっぱいお姉ちゃんとしたじゃない。今日だって頭わしゃわしゃしてもらったよ。シロ知ってるんだよ」

「しーっ、声が大きいよ。あー、ほら、アタシが真ん中、シロが窓側、クロが通路側。これでいいでしょ。ちょっと窮屈だけど」


 そうなのだ。クロが体験したことは、そのままシロにも伝わっている。ナオコとクロが今日までしてきたイチャイチャ行為は全て筒抜けだ。蜜月関係にあるのはクロだけど、同じことを要求するシロの言い分にも一理あるような気がする。


「まあ、仲良しね~。三姉妹かしら?」


 隣のBOX席から声をかけられた。白髪のおばあさんが微笑んでいる。はいそうです。それはもうラブラブな姉妹スールでございますとも。


 おばあさんは笹団子キャラメルを箱ごとくれた。「甘いよ」とナオコが言うと、シロとクロは大喜びで口に放り込み、その苦味に顔をしかめた。吐き出さなかったことはほめてあげよう。


「ありがとうございます。これ、珍しいですね。お店で見たことないです」

「それ、新潟県限定商品なのよ。新幹線でこっちへ戻ってきたばかりなの。どーお、おいしいでしょ?」

「おいしい! ありがとう~!」x2


 独特の風味に早くも慣れたシロとクロは、もう2個目に突入していた。そうだよね、こういう味も知らずに育ったんだもんね。ナオコはセンチな気分に浸った。お姉ちゃん、頑張るからね。絶対に幸せになろう、みんなで。


 おいしいもの食べよう。濃厚接触以外でいっぱい遊ぼう。普通の学校には通えないかもだけど、知ってることは全部教えてあげるからね。


 それにしても、シロが自分を見る目つきがすごく気になる。目は潤み息が荒く、顔が赤くてモジモジしている。うん、間違いない。わたしはシロに恋されてる。こんなデカ女のどこに魅力を感じるのか、いまいち理解できないけど、淋しさからクロを弄んだのがそもそもの原因。自業自得なのよね、きっと。


 ナオコは駅のキオスクでマスクを買ってつけた。地元に近いので知り合いに会うとまずい。それから駅前のクレオへ行って新しい服を買った。矯正施設の匂いがするものは夢を紡ぐ草以外、全て処分した。草と現金を収納する財布とバッグも新たにそろえた。


 トイレの個室で数えると、現金は350万もあった。さすがステージ付きの大箱である。納入業者か警察か、あるいは反社への支払い予定でもあったのか、前夜の売り上げを回収してなかったみたい。へっ、ばーか、ざまーみろ。次は夜を狙ってやろうかしら。気分はボニー&クライドだ。いや、テルマ&ルイーズかも。ブッチとサンダンスでもいい。


 シロとクロをコーディネートするのが、とっても楽しかった。クロは地上に舞い降りた天使だったが、シロも負けず劣らず天使だった。スマホがあれば、この素晴らしいおしゃまコーデを撮影できるのに。家電量販店でデジカメを買ってこようかな。


 シロとクロは、いままで見たこともないカラフルで煌びやかな洋服の数々に、目がチカチカしていた。


 美しく着飾った三人はデイズタウンの地下にあるゲームセンターへ行った。UFOキャッチャーでキャッキャとはしゃぎ、プリクラでコスプレ撮影を楽しんだ。ナオコにとっても、約14年間の生涯で一番たのしい時間になった。


 デートの〆はパンケーキ。一階のお店で粉から作るやつを、シロの話を聞きながら30分待った。シロはあの店に入店してから一度も外に出たことが無く、食事は毎食仕出し屋さんの、のり弁当3000円。3食欠かさず食べたければ、まいにち最低でもショートの客をふたり取らなければならなかった。


 客が持参したシュークリーム欲しさに、腰とお尻を一時間もみ続けたこともあるという。急に出されるおならがすごく臭くて、むせるとゲラゲラ笑われたそうだ。胸糞。


 ナオコはもうパンケーキを味わう気分ではなくなっていたが、まずい棒とのり弁デフォのふたりは大喜びでぱくついた。ナオコはイチゴをひとつだけつまんで、あとは皿ごとふたりに任せた。


 たくさん遊んでお腹もいっぱいになると、ふたりはおねむのご様子。すごく疲れたよね。そろそろ行こうか。


 矯正施設を脱走してから40時間。色々あったけど万事うまくいった。親切な人にも会えた。これからも、きっとなんとかなるだろう。まずは本当の家族に会おう。何かいい善後策が見つかるかもしれない。


 建売3800万円の一戸建ては、ドアは閉まっていたが、鍵がかかっていない。一階の窓ガラスは全て割られていた。中は荒れ放題で、大人数に土足で踏み荒らされた跡があった。いやな予感がする。


 おそるおそる居間をのぞいてみた。化繊の絨毯に二か所、黒いシミがあった。あったはずの古い液晶テレビが無い。壁に赤いラッカースプレーで「淫売屋」「天誅」と書かれている。ナオコの顔は青ざめた。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」


 シロが聞いたが返事がない。ナオコは酒に酔ったかのような足取りで階段を上った。シロとクロもあとに続く。


 二階の、弟の部屋もひどい有様だった。汚い言葉で落書きされていた。弟がお年玉とお小遣いをためて中古ショップで買ったゲーム機とソフトも消えていた。換金できそうな品は、きれいさっぱり何もない。


 最後に自分の部屋を見た。複数の人が争った形跡がある。液体染みと古く干からびた何かの糞が少し。夢を紡ぐ草配合のタバコの吸い殻。


 勉強机の上にノートがあった。表紙にマジックでこう書かれている。


(弟くんの初めていただきましたーwww おねえちゃんごめんねwww)


 黒板で見たことのある文字。


 ナオコは尻もちをついた。心はもうここには無い。

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