14.新宿事変・後編
反社風俗店「ぶるっくしーるず」の受付店員ナオキはムラムラしていた。
ナオキは小児性愛者だった。度胸と腕っぷしのある者をということで、斜陽の反社会的組織から店員兼用心棒として出向してきたが、賃金は組のピンハネのせいでクソ安い。しかも、彼の性癖にどストライクな幸薄い幼女がすぐそこに群れを成している(しかも全裸!)のに手を付けることができない。
拷問かよ、とナオキは独り言ちる。これなら政権擁護のクソリプ係のほうがマシだった。彼の担当は野党の公式と議員のつぶやきに対して、安い中国製スマホと複アカを使って執拗かつ大量に悪意の返信を書き込み続けることだったが、その野党が政変で国会ごと現世から消えてしまった。いまや華族と上級士族だけで構成される松下村会議が、お飾りの天皇をだしに全ての国権を握っている。国家と政権への礼賛は全国民の義務になってしまった。典型的な部署ごと失職である。
酒を飲みタバコを吸いながらSNS上に幼稚な悪意を垂れ流している方がなんぼかマシだったかもしれない。この仕事はとにかく退屈だった。待つ、待つ、待つ。客が来たら、今度はその客が事を済ませて出てくるまでまた待つ。その繰り返しだ。
商品を傷物にしたイカレ客を制圧したのが、ナオキにとって唯一のハイライトだった。カウンターの裏にあるスタンガンで一発。あとは組の連中に引き渡して処理した。
おや、誰か来たようだ。お客さまは立ってお出迎えしなくてはならない。ナオキはスマホを置いて立ち上がった。
ところが、入ってきたのはB系のパーカーをきた少女ひとりと幼女がひとり。乳牛BBAはともかく、小さいほうはなかなかナイスでグッドなエロリータだった。素朴だが、どこか儚げで浮世離れした雰囲気を醸し出している。
ちなみにエロリータとは、エロいロリータという意味の、ナオキの造語である。ナオキは唾棄すべきペドフィリアであるばかりか、人類の想像を絶するほどのバカだった。
「ちょっと、きみたち、何しに来たの? ここはお嬢ちゃんたちが来るようなところじゃないぞ」
まさか女を買う気じゃないだろうな。デカいほうが答えた。BBAの声は聴きたくないのに。
「お店のホームページを見て、こちらで働きたくて来ました。あ、もちろんこの子のことですよ。このお店じゃ、私は大き過ぎますよね。てへっ」
てへっ、じゃねえよBBA。いちおうこの店の事はわかっているようだ。にしても普通、飛び込みで来るかぁ?
「あ、そうなの。面接の予約とか特に聞いてないんだけど。この時間に来いっていわれたの?」
「いいえ、ごめんなさい。スマホとか持ってなくって、ご連絡はしてないんです。やっぱりご迷惑でしたか? ぴえん」
瞳ウルウルすな、ウルウル。BBAのくせに。
「迷惑じゃないけど、いま店長いないんだよね。この時間ヒマだからオレひとり。夕方にはみんな出てくるから出直してくれる?」
その時、ようやくエロリータが喋った。乳牛の袖を掴んでぐずった。
「お姉ちゃん、クロ疲れたー。もう歩きたくなーい」
「こら。わがまま言っちゃダメでしょう。ほらーお兄さんも困ってるじゃない。ですよね?」
「ええー。やだー。そうなの、おにいちゃん? くすん」
だからウルウルすんなっつーの・・・・・・勃っちまうだろうが。
「あー、じゃあ店長に電話してみるから、来るまで中で待ってるか? テレビあるけど見るならヘッドホン使えよ。ここ壁薄いから」
「あらーすみませーん。じゃあそうさせてもらいますぅ」
「つきあたって右の暖簾くぐるとスタッフ詰所だからそこにいて。いま誰もいねーから」
ふたりを詰所のソファに座らせておいて、ナオキは電話した。
「・・・・・・あ、店長? え、いや、そうじゃなくて、なんか面接希望の女の子が来てるんですよ。小学生と中学生くらいの。・・・・・・なんか電話もってないらしくて直で・・・・・・あーはい、大きいほうは系列店ならいける感じの・・・・・・えーと、はい、じゃあそう伝えときます。それじゃ」
「店長あと1時間くらいで着くってよ。それまで待っててくれってさ」
「お姉ちゃん、おしっこー」
「あらー。漏れちゃいそう? もう出ちゃいそう? もう我慢できない?」
オレも出ちゃいそうだ。ただし別のものが。
「トイレに連れてってやるよ。ほら、おいで・・・・・・君は座ってて。すぐ戻るから」
ほんと、すぐ出ちゃうから。たまには役得があってもいいんじゃね? ちょっとはやい実技研修になるけど、バレなきゃ大丈夫だろう。
小さいほうをトイレに案内すると、ナオキは出ていくふりをして舞い戻り、聞き耳をたてた。まずはオードブルからだ。スープはオレのビシソワーズを飲ませてやろう。グェッヘッヘ。
衣擦れの音に続いて、チョロチョロと放尿音が聞こえてきた。ナオキの興奮はいやがうえにも高まる。
カラカラカラ・・・・・・ロールペーパーを巻き取っている音が聞こえる。そうそう、よーく拭くんだよ。ごほうびにペロンチョしてあげるからね・・・・・・。
ジャバー。エロリータは水を流したようだ。実技指導まであと5。4。3。2。1・・・・・・。
バチンッ!
全身の神経を焼くかのような衝撃が、ナオキが感じた最後の記憶だった。
ナオコは奥の控室から駆け付けたシロから教わったとおり、カウンターにあったスタンガンをもってクロたちを追いかけた。半開きのドアの中を窺うと、案の定、店員はクロの個室にへばりついて聞き耳を立てていた。ついでに別の物も立ててそうだったが、そこには興味が無い。
クロが水を流した音に乗じて滑るように侵入。店員の首筋にスタンガンを押し当ててスイッチオン。ナイフで喉笛を掻き切るよりも簡単だった。
「クロ、もう出てきていいよ・・・・・・シロちゃん初めまして、ナオコお姉ちゃんだよ。それと、スタンガンありがと」
シロがスタンガンの存在を思い出してくれて本当に良かった。これが無ければ腕力で勝てないナオコは、ナイフで手を汚すしか方法が無かった。
個室から出たクロとトイレに入ってきたシロ。どちらからともなく、抱きしめ合い、泣き出した。ふたりはずっと繋がっていた。悲しみも苦しみも痛みも、ずっと分かち合ってきたのだ。
きっとこれから先もずっと。
店にはかなりの現金があった。キャッシュレジスターはトイレで伸びている変態紳士がベルトループに着けていたチェーンのカギで簡単に開いた。ナオコは親切なお兄さんがくれたトートバッグの奥に紙幣と硬貨を全て詰め込む。キャッシュレス決済がまったく普及せず、クレジット払いにも20%の手数料がかかる業界の事情は知る由もない。
シロに買ってきた服をクロが手伝って着せていた。靴下も買っといてよかった。外を出歩くこともなく、立ち仕事でもないシロは、足のサイズがクロより1cm小さかった。靴下無しではブカブカでもっと歩きにくかっただろう。
トートバッグから夢を紡ぐ草をひとつかみ取り出して、シロのポケットに詰めてやる。万一はぐれた時の連絡用だ。生体電話のバッテリーと言えよう。
「よ~し、そんじゃ、積もる話は全部あと。逃げるよ。えいえいおー」
「えいえいおー」x2
・・・・・・こうして、のちに世界を震撼させる豪傑ナオコとふたりのテレパシストは合流を果たした。そうとも知らず、世界はまだ闇の中でまどろんでいる。