13.新宿事変・前編
脱走犯ナオコ&クロは、牛乳を飲み、あんぱんを頬張っていた。デカかよ。
型遅れのノートPCはネット回線に繋がっていた。ナオコはクロにシロの記憶を辿らせながら、ネットでシロが働かされていそうな店を探した。
かぶきちょーはさいこーだぜー、とヘラヘラ笑いながら口走った客がいたらしい。つまり新宿である。いまいる場所の最寄り駅から乗り換えなしで行ける。
シロが働いているならロリータ系の風俗店。店員が電話応対する声にブルックなんとか・・・・・・店名かな?・・・・・・・・・・・・あった。
(モノホンろり専科「ぶるっくしーるず」当店のキャストは全員18歳以上ですwww なお、本番行為は一切行っておりませんwwwwww)
また胸糞。ほんとに反吐が出そう。やっぱ殺っとくべきかも。
店の住所と駅からの経路をそんへんにあったコンビニのレシートの裏にメモする。営業時間は日の出から24時とあったが、実際は24時間営業であることをクロの反応で知っている。シロは源氏名もシロで、他にもパルフェだのマカロンだのショコラだの、犬につける系の名前が並ぶ。シロの出勤は今日の12時から24時となっていた。邪魔が少ないのは昼間に違いない。
窓の外にハンガーにかけて干していた服は乾いていた。申し訳なく思いつつも、お兄さんの部屋を家探しして、パーカーと靴下、折り畳み式の果物ナイフを失敬する。
片道の時間を計算すると、1時間以内に出発したいところだ・・・・・・ん?
クロがナオコの背中に引っ付いていた。なにやらモジモジしている。
「クロ、どしたん?」
「あのね、シロを助けたら、3人になっちゃうでしょ? だから、いまのうちにね、お姉ちゃんにいっぱい甘えられたらなって」
どうぞどうぞ。
クロに甘えさせるだけのつもりが、ナオコもついクロを愛玩してしまった。クロの体臭は昨日の石鹸の匂いに混じってかすかにフェロモンの香りがした。もう大人の階段に片足が乗ってるのかも。
このまま出ていくのは気が引けるので、引き出しで見つけたデジカメで一枚だけ二人のムフフ写真を撮っておいた。顔は腕で隠してある。そのままテーブルに置き、(いろいろありがとう。いまはこれだけしかお返しできません)と書いたメモを添えた。
お兄さんのパーカーはXLで袖が余るけど、まくれば問題ない。萌え袖のクロもなかなかかわいいが、目立ちそうなので肘まで上げさせた。草を少しクロの右ポケットに押し込み、ナイフは自分の右ポケットに入れ、トートバッグを肩にかけた。準備完了。
周囲に人気がないことを確かめてから表に出てドアを施錠、鍵を郵便受けに放り込む。お兄さん、ほんとにほんとに助かりました。この恩はいつか必ずお返しします。
新宿駅に到着してみると、そこは巨大な迷宮だった。初めて来たふたりは途方にくれた。クロはもう、ただ目を白黒させている。
駅員さんに最適な出口を尋ねようにも行き先が行き先である。これから事件を起こそうとしている者の行動でもないだろう。構内の案内板とMAPを頼りに、どうにか歌舞伎町にたどり着いた。人込みを避けてファストフード店へ逃げ込む。
シロ救出大作戦の打ち合わせは、クロがバーガー&ポテト&シェイクを平らげるまでお預けになった。本当においしそうに食べている。月に一度のファミレスしか外食の機会が無かったナオコでも、お小遣いで何度か食べてみたことがある。いったいクロは何歳から施設に収容されていたんだろう。
「よし、ごちそうさまだね。はい、それじゃあ、これからシロを助け出す作戦を発表しまーす」
クロ、なぜかパチパチパチと拍手する。調子狂うなあ。
「まず一番大事なこと。今回はシロだけを救出するんだから、他にちっちゃい子を見かけても、その子がどんなにかわいそうでも、連れ出しちゃダメ。人数が増えると逃げて隠れるのが難しくなっちゃうから。OK?」
クロはコクリとうなづいた。
「詳しい店の間取りは行ってみないとわからないけど、出勤中ならプレイルームか控室にいるはず。奥の監禁寮よりも出入り口に近い。だから12時過ぎを狙うよ」
クロが少し遠い目になる。シロの居所を探っているのかな。
「・・・・・・うん、うん、わかった。お姉ちゃん、あのね、シロちゃんたち、もう控室に入ってるけど、いつも裸なんだって。お客さん来たときだけ制服を着るだけで」
なるほど、そうやって逃亡を防いでいるのか。まだ8000円はあるからパンツとワンピと靴下を。ブラはいらないよね。それと靴。これはわたしたちも欲しい。いつまでも収容所の汚い上履きで外を出歩いているわけにはいかないし。
せっかくシロのいる店の近くまで来たけど、まさかシロにストリーキングをさせるわけにもいかない。シロのサイズはクロとほぼ同じだろう。町の南端にある激安店で服一式と運動靴3足を買った。しめて7200円。消費税20%が地味に痛い。あっという間に所持金が2000円を切ってしまった。クロとシロの切符をちゃんとこども料金で買えばなんとかなるだろう。
地下街のトイレで靴を履き替えてから、シロが待つぶるっくなんちゃらへ向かう。店が近づくにつれて喉が渇き、膝が震えてくる。絶対失敗できない。でも大人の男を相手に子連れでどこまで逃げられるだろう。こわい。無理? やっぱりやめとく?
その時、クロがナオコの手を握った。口に出さない思惟が朧気ながら伝わってくる。側にいるよ。一緒にいるよ。きっとうまくいくよ。だから心配しないで、お姉ちゃん。
目的地に到着した。クロが葉っぱを口に含んでシロと繋がる。ついにふたりを隔てる距離は10mを切った。