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シロとクロ(全年齢版)  作者: はもはも
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12.ジャッジメント

 脱走犯ナオコ&クロは、シロを求めて三千里を駆け抜けた(体感)。


 ひとたび虎口を逃れたものの、状況はあまりよくなかった。水しか自由に使えない収容所生活で身体も服もすごく臭い。すれ違う人々のしかめっ面で否応なしに思い知らされた。涙が出ちゃう。だって、女の子だもん。


 お風呂を使いたくてもお金が無かった。それと、成長期の身体は溶鉱炉みたいな代謝速度で食べ物を求めている。無銭飲食も考えたが、まずホームレス同然の身なりを何とかしないと、席に着く前に追い出されるだろう。


 クロへの教育上よろしくないので、あまりやりたくなかったが、背に腹は代えられない。適当に小金をもってそうな男性を捕まえて、お涙ちょうだいの演技で家出娘を装い、いわゆる一つのサポをお願いするしかなさそうだった。


 電車賃の余りで食パンを買い、公園で食べた。通報を恐れて、なるべく公衆トイレの中で過ごした。そうして夜を待った。


 繁華街の中でも、なるべく汚い感じの場所を選んだ。女性が接客する飲み屋と性風俗店が乱立するエリアだ。街角に立って、さっそく身なりのよさげなおじさんに声をかけた。なるべく哀れっぽく。


 最初のおじさんは立ち止まって話は聞いてくれた。


「そっかー、じゃあお腹空いてるよね。カラオケボックス行こか。ピザとか唐揚げとか注文できるよ」


 唐揚げ・・・・・・夢にまで見た御馳走だ。唾があふれた。お腹がグウと鳴ってしまう。


 クロがナオコに耳打ちした。


「(このおじさん、嘘ついてる。トイレに立つふりして電話で警察を呼ぶ気だよ)」


 おじさんから夢を紡ぐ草特有のお香のような匂いが漂っていた。たぶんクロは、草の影響下にある人が発する思惟を受信できるのだろう。ナオコはクロの手を握る手の力を少しだけ強めた。ここは話に乗ったふりをしよう。


「ありがとー。すっごくうれしい! おじさん大好き!!」


 カラオケボックスの個室に入ったとき、案の定、おじさんはトイレに立った。すぐに受付へ逃げて、おじさんの非道を訴えて店を出ていく。


 15分後、カラオケボックスには出動が空振りに終わったお巡りさん二人と、「いたいけな少女たちを連れ込んでいたずらしようとしたおっさん」を告発するスタッフに、汗をかく男の姿があった。


 時間をおいて街の反対側で捕まえたお兄さんは、本当にいい人だった。機械油の染みたつなぎを着たまま大衆居酒屋から出てきたお兄さんは、クロたちを見かけて逆に声をかけてくれた。話を聞くと少し困った表情を浮かべたが、徒歩3分の安アパートに連れ帰って、シャワーを使わせてくれた。


 クロは黙ってうなづいた。お兄さんは草の愛好者ではなかったが、店内で誰かがスパスパやった煙を吸い込んでいるようだ。


 ナオコはシャワー中も油断なくお兄さんの様子を伺っていたが、通報もせずキッチンで何か作業している。ジュワーっと何かが炒められている。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 シャワー室から出ると、バスタオルとLサイズのTシャツとトランクスが2枚づつ置かれていた。乾燥葉をポケット一杯に詰めた服はそのままだった。手をつけられたら丸裸での格闘も辞さないつもりだった。臭過ぎて手を触れるのをはばかったのかもしれないけど。


 体を拭き、下着を身に着け、クロの髪をタオルでわしゃわしゃしてからリビング兼寝室に行くと、お兄さんはテレビを見ながらくつろいでいた。テーブルには二人分の肉野菜炒めとチンしたレトルトごはん、カップに入ったわかめスープが置かれている。


「お、あがったか。こんなメシしかないけど、よかったら食ってくれ」


 よかったらどころか大歓迎。大急ぎで食べ始める。ふと気が付くとクロが困っていた。どうやら箸が使えないらしい。ごめんね、ずっとまずい棒だったもんね。ナオコはお兄さんにジェスチャーと目で訴えた。察しのいいお兄さんはキッチンからフォークを取ってきてくれた。ぎこちなくフォークを使ってクロは白米と生鮮食品にありついた。


「冷凍庫にハーゲンのバニラあるから食べていいよ。俺もシャワー浴びるけど、ついでに着てた服、洗っておこうか?」

「あ、ありがとう。でもちょっと待って。ポケットのものを出すので」


 ナオコは大量の夢を紡ぐ草と残金37円を、ハンカチと首に巻いていたタオルで包んだ。お兄さんは目を丸くしていたが、何も言わなかった。黙ってエコトートバッグを一つくれた。まとめて入れときな、という意味だろう。


 洗濯機を回しながら、お兄さんはシャワーを浴び始めた。呑気に鼻歌を歌っている。ナオコは言われた通り冷凍庫からアイスクリームを取り出した。プラスティックのスプーンもちゃんとある。


 生まれて初めて食べるアイスクリームにクロは夢中だった。紙カップと中蓋の裏までなめるその姿にナオコは涙した。これから、おいしいもの、いっぱい食べようね。世界は女の子を幸せにするために存在するんだから。そうでなきゃ、地球ごと滅んだってかまいやしない。むしろわたしが滅ぼしてやる。


 つけっぱなしのテレビはお笑い特番を流していたが、クロには意味が分からないようだった。ナオコにとっても正直ぜんぜん笑えない。チャンネルをNHKにしてみた。さしあたり凶悪な女囚の脱走劇を報じてはいなかった。代わりに安藤太郎永世総理が日本初の原子力空母「ながと」に乗艦する映像が流れていた。老人の満面の笑顔が、おもちゃを喜ぶ幼児のようで癇に障る。


 お兄さんが缶ビール片手に戻ってきた。タオルを腰に巻いただけの姿で。ナオコは反射的にクロを抱きかかえて後ずさった。不手際に気付いたお兄さんは頭を掻いた。衣装ケースから下着とパジャマを出して、可及的速やかに身に着ける。


「そういえば、レディーたちの前だったね。ごめんごめん」


 お兄さんは謝りながらも屈託なく笑った。ちょっとだけ胸がキュンとした。人情に飢えぬいていた自分が情けなくなってくる。


「そうそう、まだ早いけど、ふたりでベッドを使っていいよ。俺は台所で寝るから。キャンプ用の寝袋があるけど使う機会がなかったから、ちょっぴりワクワクしてるんだぜ」


 それでも心は許せない。ナオコは徹夜で見張るつもりだった・・・・・・。


 ・・・・・・不覚にも寝落ちしたナオコは目覚めると同時に狼狽した。クロは? 草は? あの男はどこ? 外はすっかり陽が昇っている。


 クロは隣でスヤスヤ眠っていた。草を詰めたバッグも枕元にある。男はいなかったが、代わりにテーブルの上に菓子パンと書き置きと一万円札、それと鍵が一つあった。書き置きにはこうある。


(すごく疲れてそうだし、よく眠ってたから、先に仕事に出ます。冷蔵庫の牛乳、消費期限が近いから飲んでくれると助かる。お金はあげる。カギは郵便受けで大丈夫。スペアもってるから。もちろん行くとこないなら、そのまま待っててもいいよ。退屈ならノートPCのパスワードはtaka1998。ただし、お気に入りフォルダは開かないでね)


 PCの電源を入れてクロを起こした。

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