10.プリズンブレイク Part2
脱走犯ナオコ&クロのハートはドキドキしていた。
午前0時32分、寝床を抜け出したナオコとクロはトイレで服を着替えた。制帽を深めにかぶり、つなぎの上に制服の上着を着た姿は、都市部でならミリタリー系のファッションに見えるかもしれない。
トイレのメンテナンス業者が出入りする裏口のピッキングに取り掛かる。そそっかしい業者が内側から開けられないドアに閉じ込められて、何度も監督官を呼びつけてくれたおかげで、鍵があれば内側からも開けられるドアノブに付け替えられていた。高価な電子錠じゃないのが救いだった。
おっとり顔のエミが柄にもなく開けたことがあるらしかった。コツも教わっていたが開かない。便所の薄暗い照明の中、脂汗を垂らしながら悪戦苦闘していると、背後から「わっ」と人の声。
心臓バクバクで振り返るとエミだった。めっちゃ笑ってる。ムカツク。
「いまのあんたの顔、さいこー。いまウヒッっていったよねウヒッって。馬かよ」
「何しにきたのよぅ。カメラ映像であんた共犯だってバレバレになるよ?」
「あたしの寝床から出口ってけっこう死角なんだ。それにさ、どうせ全員シメられて、最悪あちこち移送されてバラバラだからさ。いまできることはやっとかなきゃ。ほら、どいて」
ナオコの代わりに曲げた髪留めで仕事にかかるエミ。
「もっとあんたたちとさ、いろいろ話しておけばよかったなって。あたしの人生、後悔ばっか。笑っちゃうよね」
バチン! 待ち焦がれていた開錠音。ほんとに開いたよ。
エミは気取った仕草でドアを開けた。執事かよ。
「さ、お姫様たち。舞踏会はこちらですよ」
外はLED照明でけっこう明るかった。監督官どもの夜勤を減らすために夜間は操業していないが、無人フォークリフトが納品の受け入れと発送の積み込み作業に勤しんでいた。毎晩、ご苦労様。フォークには事故防止用の人感センサーはついているが、それ以上の機能はない。
ナオコとクロは堂々と構内を通過した。なまじコソコソ物陰から物陰へ移動していたら真っ先に怪しまれる。今の恰好なら、遠目には、だらけた感じの監督官もしくは構内警備員に見えるはずだ。
隣の検品棟の搬出口に大型トラックが2台停車していた。運転席に人影は無く、無人機がせっせと積み荷を荷台に並べていた。手前のトラックに近づく。
クロが突然、立ち止まって、ナオコの袖を引いて引き止めた。
「・・・・・・だめ。あのトラックじゃないって。シロがいってる」
「どういうこと? だって、外に出るにはあれしか・・・・・・」
「ええと、シロちゃんがね、あのトラックは、くみたてこーじょーにいくんだって。ここよりもっと遠くの場所の。だからだめ」
「うう~ん、そっかー。でもどうしよ。うちらにわかる範囲じゃ、もうノープランなんだけど」
クロがポケットから草をつまみだして歯で噛んだ。そうすると、よりシロの意識が近くに感じられるらしい。
「こっちじゃなくてはんたいがわに、草をタバコやガムにしたのをつんでるトラックがあるって。おじさんたちのじまんばなしできいたことあるって。ガキを使ってすごくもうかるUの字のこーじょーは、くちから入っておしりから出るから、おしりはくちのとなりにあるの。どうろに近いから」
「ええとーつまり、草が入ってくるところの隣に、製品の出荷口があって、そこのトラックなら都会に出れるのね?」
「うん。このはなし、シロちゃんが、おくちとおはなに金柑を詰められた時にきいたみたい・・・・・・おまえはどっちも入り口だってわらわれながら」
またひとつ胸糞悪い理由が増えた。救出ついでに客か店員を何匹かあの世に・・・・・・。うん、そうしよう。
「よし、信じる。あっちだね。早歩きでいくよ」
4分27秒後、ふたりは夢を紡ぐ草が製品化されたものと一緒に、トラックの荷台に隠れた。荷物はしっかり固定されていて、陰に隠れていれば扉を閉めに来るドライバーをやり過ごせそうだった。
さらに20分後、飲食喫煙放屁放尿を済ませたらしい運転手が、盛大にげっぷしながら荷台のドアを閉めに来た。餃子弁当とヤニの匂いがナオコとクロがいる最奥まで漂ってくるほどだ。満腹のせいか、はてまた元々ずぼらな性格なのか、中をろくに改めもせず「積み込みよ~し」と声だけ確認してドアをロックした。
トラックはすぐに出発した。莫大な利益をあげる商品と、地球上でもっとも危険な少女たちをのせて。