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「どうぞ。あんまり片付いてないけど」
とうとう家に着いてしまった。途中駅前のコンビニに寄ってお互いに必要なものを購入してから歩いて5分。口下手な私の半歩後ろを歩く彼もおしゃべりなタイプではないようで、分かったことと言えタチバナトウゴという名前と現在高校3年生の18歳だということだけ。道中で会話が弾むことはなかったが意外と居心地は悪くなかった。
あまり人を家にあげることはないし整理整頓も苦手なので部屋は散らかり放題だが、今さら隠すこともできないのでそれについては潔く諦めることにする。
ただ少し気になることと言えば…
「一人暮らしじゃないんだ?」
彼ーータチバナ君が後から玄関のドアを押さえて足を踏み入れようとした時、近くに立てかけられた2本の傘を見てポツリと言った。
えんじ色の傘は私の傘だ。紺色の傘は明らかに男物だった。
「…うん。でも今夜は夜勤だから。」
帰ってこない、と言外に伝えるとふーんと気のない返事で躊躇なく入ってくる。
部屋を見れば分かることなので素直に答える。もちろん隠す必要などないのだが。
「いいの?」
座るよう促したソファーに身を預けながら彼は部屋の中を面白そうに見回しながら聞いた。
何が、なんて聞くまでもない。男と住む家に黙って見知らぬ男を連れ込んでいいのかと言いたいんだろう。
そんなこと、常識的に考えていいわけない。
だがこれはちょっとした好奇心と憂さ晴らしと偽善からくるただの気まぐれなのだ。キッチンでお茶を入れるためのお湯を沸かしながら色違いのマグカップを見つめる。この部屋に住み始めたときに私が買ったもの。その頃の記憶が思い浮かびそうになるのを遮断するように彼に視線を移した。
「いいの。1日くらい」
派手な外見に比べて立ち居振る舞いはやけに落ち着いているし大人びていると言えなくもないが、年齢がひと回りほど離れていると思えば子どもだと思うこともできる。実際未成年は保護されるべき対象であるはずだ。
今夜一晩泊めるだけだし、間違いを起こすつもりは毛頭ない。未成年相手では犯罪になってしまう。家に連れてくるだけでも危ない橋を渡っているかもしれないわけだけれど。
始めて来たとは思えないほど寛いでいる様子のタチバナ君の後頭部を見ながらぼんやり考えを巡らせていると振り返った彼と目が合った。
「見かけによらずやんちゃだな。」
他人事だと思っておもしろそうにしているのが少し癪だが反論もないので肩をすくめるにとどめた。
「紅茶でもいい?」
コーヒー苦手なんだよね、と言いながら返事を聞く前にティーバッグを2つ取り出しポットに入れて沸騰したお湯を注ぐ。眠れなくなると困るのでカフェインレスのアッサムティー。
「俺の意見聞く気ねえじゃん。」
ソファーの背もたれに腕をかけ振り返ったまま私の動きを呆れ顔で眺めていた彼は、別にいいけど。と文句はないらしい。なかなかに素直だ。
「おまたせ。熱いから気をつけて。」
湯気が上がるお揃いのマグカップをテーブルに置きソファーには座らずラグの上に腰を下ろす。
ありがとうと言いながらマグカップに手を伸ばし冷ますように息を吹きかけるのを見てとりあえず私も真似るようにマグカップを口元へ運ぶ。中に入っているのは温めた牛乳をたっぷり入れたミルクティーだ。上からほんの少しだけ振りかけたシナモンパウダーの香りが湯気とともに立ちのぼる。
(あったまるなあ)
「晩ご飯は食べた?残り物で良ければあっためるけど」
「」