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宮島あやかしお宿飯 ―神様のお宿で料理人やってます―  作者: 加藤泰幸
第二話『サトリとアヤカシオタク』
9/25

その3 おい、お前

「おい、お前、面倒な客が来たと思ったな?」


 山代の来店から一時間後、受付に姿を現した猿顔の老人は、柊の顔を見るや否や、無表情でそう告げた。

 気まずさで表情を引きつらせる柊だが、隣で受付に対応している八犬の方は、特に謝りはしない。



 サトリの化け物……人間の心をサトっては言い当てるこのあやかしについては、子供の頃に読んだ絵本で知っていた。山中で遭遇した人間の心を次々とサトり、最後には人間を食べようとするのだが、サトる事のできない偶然の事故のお陰で、サトリが退散する話である。


 八犬曰く、本物のサトリは人間を食べたりしないそうだが、人の心は本当に見透かすらしい。その結果として、失礼な思考はいくらでも読み取ってきた為、いちいち怒ったりしないそうなのだが、柊としては落ち着かなかった。個人的には気分が良いものじゃないし、サトリと山代が鉢合わせでもしたら、という不安はますます大きくなる一方なのだ。




「おい、お前、人間客と鉢合わせしたら危険だと思ったな?」

 そぉら、きた。

「あ、いや、あはは……まあ、できれば避けて頂ければ……」

「断る」

「そ、それじゃあ、心を読み取らないで頂けければ……」

「断る」

 一体、何を考えて断っているのか、まったく見当が付かない。



 自分もサトれたら良いのだけれど……なんて事を考えたところで、またその心境を見抜かれてしまった。柊は口元を歪めながらも、サトリを客室へと案内した。


「ほほう。良い部屋だな。ほう」

「私も、初めて入った時はそう思いました」

「ここなら存分に寛げそうだ。一日、世話になる」

「いえいえ。……でも、あやかしのお客様って、宿に来てどうするんですか? 別に観光に来たわけでもないですよね」

「寛ぐ。ただそれだけだ」

「会話に手応えがないなあ……」

「おい、お前、さっきから思った事を全部口にしているな?」

「黙っていてもバレちゃいますからね」

 この方が、ちょっとは気分が落ち着く。

 一方のサトリも、柊の意図を聞くと、なぜか機嫌が良さそうに頷いてくれた。



「さて、夕食は時間になりましたらお持ちします」

「宴会場で食いたいのだが」

「はい、もちろんそれでも構いませんよ。で、料理の方なんですけど……」

「……おい、お前、味覚がないのか?」

 サトリが先に言ってくれた。こういう時は、事情を説明する手間が省けて良いかもしれない。


「はい。でも、ご満足頂けるように頑張りますので!」

「そうか。任せる」

「承知しました。それでは、ごゆっくりお寛ぎ下さい」

「分かった。人間客をサトるのを楽しみにしているぞ」

「勘弁してくださいよ……」

 どうやら、彼はサトりたくて仕方がないようだ。


 このまま、サトリを放っておいたら、どうなるか分かったものではないが、自分には料理の仕事がある。それに「手が空いている者に周辺を見張らせる」と八犬が言っていたので、多分、みんながなんとかしてくれるだろう。




 柊は、後ろ髪を引かれるような思いをしつつも、足早に一階へ降りて台所へ入った。

 調理の補助として割り当てられている眷属は、まだ姿を見せていないが問題ない。大人数を捌くのならばだしも、今日の客は二人だけだ。それに、本当に助けが欲しいのは、最後の味の調整の方である。


「さーって、どうしようかなあ」

 冷蔵庫を開けた柊は、にまり、と締まりのない笑みを浮かべた。

 整然と並んだ食材群は、今日も美しい。特に整っているのは野菜室だ。丸みを帯びた食材が多い為、本来は雑然としがちなのだが、我ながら効率よく詰めたものだ。


 しばしの間、みとれるが、食材の鮮度が気になって閉める。

 それから献立を考えるが、どんな食材があったかどうか気になって、冷蔵庫を開けては、またみとれる。

 そんな不毛なループに突入しかけたところで、室外から足音が聞こえてきた。何事か出入口を見ていると、ほどなくして羊子が駆けこんできた。




「ひ、柊ちゃん、もうダメじゃあ……!」

「駄目って、急にどーしたの?」

「あたしは、もうダメなんじゃ。大事な秘密が……秘密が……」

「え、えっ? 秘密? どーいうこと?」

 うろたえつつも、泣きだしそうな羊子の頭を撫でる。それで少し落ち着いたのか、彼女は口をへの字に曲げながらも、小声で説明を始めた。


「あ……あのね、説明はするけど、内緒にしてほしいんよ」

「大丈夫。言いふらしたりしないから。……もしかして、サトリ絡み?」

「ん。……あたし仲居じゃけえ、他の仲居と一緒に、挨拶するフリしてサトリを見張りに行ったんよ」

「その目的、サトられなかったの?」

「サトられてしもうたし、皆の前で、秘密もバラされてしもうたんじゃ……今日の夕飯、余り物が出たらつまみ食いするつもりじゃと……」

 なんとも、かわいらしい秘密もあったものである。



「バ……バレちゃったら、仕方ないね。元気だしてよ。食べたいなら、羊子ちゃんの分は別に作ってあげるからさ」

「え、ええんか? 別にあたし達、食べなくても大丈夫なのに」

「いーよ、それくらい大丈夫。口に合う保証はないけどね」

「柊ちゃん、ありがとう!」

 ようやく機嫌を直した羊子は、はちきれんばかりの笑顔を浮かべた。

 だが、それで落着したと思ったのも束の間、またすぐに廊下が踏み鳴らされる音が聞こえる。

 続いて台所に顔を覗かせたのは、樹だった。




「おい、柊! 八犬はどこだ!?」

「大きい声出して、どーしちゃったんですか。受付にいると思いますよ」

「いねーから聞いてるんだよ。サトリに気を付けるよう指示したのに、なにをしてやがるんだ、アイツは!」

「……樹さんも、サトリの被害ですか」

「そーなんだよ。俺がチラッと顔を出してやったら、仲居がいる前で、深夜に琵琶の稽……お、おい、何を聞きだしてるんだよ!」

「樹さんが勝手に喋っただけじゃないですか……」

 これは、思ったより面倒な事態かもしれない。




 樹に呆れるよりも、サトリの危険性を再認識し、様子を見に行こうと思ったが、その前に三度の目足音が廊下から聞こえてくる。今度はどの従業員かと思いきや、現れたのは……山代であった。

「お、お客様……!?」

「やーやー、これは柊さん。ちょっとお話がありましてな」

「も、もしかしてサト……いや、他のお客様と、何かありましたか?」

「特には。あやかしについて少々話があったのですが、取り込み中ですかな」

「あ……でしたら私の勘違いみたいです。晩御飯の準備には時間がありますし、少しでしたらお話しできますよ。どうぞ、お掛けください」


 そう告げて台所用の座椅子を指し示し、着座してもらう。

 客の顔を見て退散するのも気まずいのか、樹と羊も同じように座ったところで、山代は待ち構えていたように話を切りだした。




「さて、実はこの民宿、あやかし宿という噂があるのはご存知でしょうか?」

「う、噂には……」

「では、改めて問います。勤務中にあやかしを見た経験はありませんか? 別にあやかしそのものでなく、超自然現象だったり、ラップ音であったり、そんな変わった出来事でも構いません」

 答えは決まっている。今、そこにいる少女が変身しました、なんて言うわけにはいかないのだ。



「いやー、ないですねえ。全然ないです。ごくごく普通の宿ですよ」

「本当に?」

「あ、えっと……」

「誓って、ぜーったいに、何も見ていませんか?」


 もしもこの男がサトリだったら、大変な事になっていた。

 それでも首を横に振ると、山代は露骨に肩を落とした。




「はあ、そうですか。大変失礼致しました」

「お気になさらずに。……でも山代さん、なんでそんなにあやかしが好きなんですか?」

「や……実は少々恥ずかしい話なのですが、私の故郷、佐賀(さが)にある河童(かっぱ)伝説がすべての始まりでして」

「良かったら、聞いてもいいですか」

「ええ、もちろんですとも」

 山代の顔が、ぱっと明るくなる。まるで子供のような、無邪気な表情だった。



「有名な話ではありますが、佐賀の某家には、河童のミイラが現存しているのです。目と目が大きく離れて頭はくぼみ、指の間には水かきがついている、河童以外の何物でもないミイラです。私が小学生の頃に、クラスメート達と見に行った事がありましてな」

「それに惹かれちゃったんですか」

「いや、その時はなんとも思いませんでした。ただ、みんなが作り物だと言うので、私も合わせて笑い飛ばしましたな。……恥ずかしながら、昔からドンくさいところがあって虐められていたので、媚を売っていたわけです。時には青アザ作って帰る日もあったので、母には随分と心配を掛けましたよ」

「あらら」


「その後は、みんなで川へ泳ぎに行ったのですが、水泳は苦手でした。でもみんなが泳げ泳げとはやし立てるので、川に飛び込んだら、案の定、溺れてしまいましてな。浮き沈みしながら水をたくさん飲んで、激流に流され、もう駄目だと思いました……ですが、不意に私の腕を、猛烈な勢いで引っ張って泳ぐ者が現れたのですよ」

「それ、もしかして……」

「ええ、砂利に引き上げられて顔を見たら、ビックリでした。河童だったのです。しかも人間くさい河童でして『カナヅチの癖に泳ぐな』と怒るのです。恐れつつも事情を話したら、今度は『虐められたらやり返せ』と、また怒られましてな。しまいには、相撲まで教えてもらいました」


 だんだんと、山代の語りがゆったりとしたものになる。

 昔を思いだしながら、しみじみと語る彼を見ていると、何故か柊まで心が和んできた。




「……そのお陰で、友達からは虐められなくなりました。その代わり、河童とは二度と出会う事はありませんでしたがな。……それでも、あやかしは存在する。そして彼らは、私達の友である。そんな芯が私の中に生まれまして、今日に至るまで、あやかしの存在を証明するべく活動しているのです」

「恩人、なんですね」

「というより、恩カッパ?」

「あははっ。……そっか、そんな事情でしたか。私も、なんだかあやかしが存在するような気がしてきました」

「はは、こりゃどーも。みんな、そう言ってくれると嬉しいのですが」

「分かってもらえますよ。ご家族だって、応援してくれてるんじゃないんですか?」


「……ま、それはともかく、私はそろそろ調査に戻ります。……それと、夕食。洋食でお願いします。郷土料理の類は苦手でして」

「あ、はい。時間になったらお持ちしますね」

「離れの宴会場で頂けますかな? あそこは風情があって良い」

「あ、宴会場はちょっと……」

「それでは!」


 山代は柊の返答を聞かずに立ち上がり、室外へと出て行ってしまった。

 取り残された柊に、ずっと話を聞いていた羊子が声を掛けてくる。




「宴会場、ちょっとダメなん?」

「実は、サトリさんも宴会場で食べたがってて」

「うわ、最悪の組み合わせじゃ!」

 羊子が顔をしかめながら言う。

 が、彼女の表情には、すぐに驚きの色が混じりだした。視線も自分の方へは向いていない。何事かと彼女の視線を追えば……いつの間に現れたのか、サトリが扉の隙間から中を覗き込んでいた。



「サトリ、さん……」

「最悪で悪かったな。良い事を教えに来たのだが」

「あ、いや、あはは……羊子が失礼しました……。で、良い事とは?」

「人間客が郷土料理を食べたがっていたぞ」

「サトったんですか、それ……」

「すれ違った時にな。声を掛けそびれたので、代わりにお前に教えておく」


 それだけ告げると、サトリはヒョイと顔を引っ込ませて、外へと立ち去っていった。

 苦手なのに食べたいとは、どういうつもりなのか。

 いや、そもそもサトリの話を信じて良いものだろうか。樹も羊子も彼に秘密をサトられてしまったし、他の従業員も彼への警戒で振り回されているのだ。




「……なんなんですかね、今の」

「そりゃ、助言だろうよ」

 自問のつもりで呟いたが、樹が淡々とした声で反応してくれた。

「助言、ですか? 信じられないなあ。山代さんご本人が、郷土料理は苦手って言ったんですよ。サトリさんってあやかしだし、私達を陥れようとしているんじゃないかな」

「お前、あやかしを厄介者だと思ってるな」

「サトリさんの真似ですか、それ。似てませんよ」

「違うよ、本気で言ってんだ。確かに民話のあやかしは人間に害を成す者が多いから、そう思い込むのも無理はないか」

 樹は静かにそう語ると、椅子に座り直した。



「民話のサトリというと、山に迷い込んだ人を食べようとした話ですね」

「それが有名だな。だけど、本物のあいつはそんな事しねえだろ。確かに振り回されてはいるが、それには理由があるんだよ。そもそもお前、あやかしには真理があるって知ってるか?」

「いえ……なんだか、難しそうな話ですね」

「でもねえよ。前にも軽く話したとは思うが、そもそもあやかしってもんは、負の感情から生まれるんだ。妬んで、僻んで、死んだあとは、はい恨めしや。この流れは分かるよな」

「ええ」

「だが、負の感情は、必ずしも相手に害を成すものじゃない。他にも様々な想いを含んでいる。うまいものを食いたいとか、人に愛されたいとか。この感情は、今も昔も変わらない。だからあやかしには真理があるってわけよ」


「……つまり、樹さんはこう言いたいんですか? サトリさんも負の感情によって生まれた。そしてそれは、人を陥れる類のものじゃない、って」

「加えて言えば、それが、サトりたがる理由にも繋がっているはずだ。……いいか? あいつは迷惑を掛ける為にサトってるんじゃない。何か理由があってサトってるんだ。そこを、しっかりと考えてみろ」


 そんなの、思いもしなかった。

 あやかしは……サトリは、厄介な存在とばかり考えていた。




「ふぁーあ……んじゃ、俺はこれで」

 樹が話を終わらせて腰を上げた。

 だが、今彼を帰すわけにはいかない。慌てて柊も立ち上がり、彼に駆け寄った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まだ話は途中ですよ?」

「そうか?」

「そうです! サトリさんがサトる理由、教えてください!」

「眠くなったから、また今度な。飯の準備に差し支えるってんなら、とりあえず、あいつが嘘つきじゃない事は確実、とだけ教えとく」

「い、樹さんっ!」


 樹は面倒くさそうに袖を振って柊を遠ざけ、台所から出て行ってしまった。

 取り残されてしまった柊だが、今の話を羊子も聞いていたのを思い出し、彼女の方に向き直る。

 羊子は、きょとんとした表情で柊の方を見ていた。

「……羊子ちゃんは、サトる理由って分かる?」

「何の話か、さっぱりじゃ」

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