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その5 天狗の仕業

 一時間ほど登り、分岐点に差し掛かった辺りから、急に他の登山客を多々見かけるようになった。ロープウェーの終点駅から登山している人達らしく、当然ながら、まだヘバっているようには見えない。


 一方の柊は少々疲れを感じてきたのだが、それを口にしようかどうか迷っているうちに、開けた場所に出る。寺のような建物や休憩所が建っていて、他の登山者はみんなここで一息ついているようだった。




「ここが弥山本堂ですね。すぐ近くには霊火堂があって、弥山七不思議の一つ、きえずの火が安置されています」

 浅野はそう告げながら、なおも歩き続け、霊火堂傍の階段を下り始めた。

 柊の記憶では、山頂に行くには登り階段を使ったはずである。現に、このルートを進んでいる登山者は他には見当たらない。だが、階段を下りきったところで、ようやく思いだした。今日の目的地は山頂ではないのだ。


「休みたいところですが、あと十分ほどで着きます。このまま行ってしまいましょう」

 その言葉どおり、少し進むと階段が登りに変わり、その奥に朱塗りの門が視界に入った。

 ようやく、御山神社に到着である。





「やっとついたのう~!」

 羊子が隊列から外れて小走りで駆け上がっていく。

 そこまでの余力がない柊は、苦笑しながらリュックサックのペットボトルを取り出し、氷水を口にした。


 口内から喉にかけて、冷気が色を塗り替えるように一気に訪れ、この上ない爽快感が全身を駆け巡っていく。こんなに美味しい水を飲んだのは、高校の体育祭の時以来だろうか。




「浅野様も柊さんもお疲れでしょう。神社に着いたら、少し休憩しましょうか」

「いえ、私は水飲んだら落ち着きましたから大丈夫ですよ。浅野さんはどうですか?」

「私も問題ありませんよ。お気遣い、ありがとう」

 さっそく、羊子に続いて朱塗り門を潜る。その先には同じく朱塗りの本殿が三つあったが、いずれも最近朱を塗り直したのか、鮮やかで神秘的な色合いだった。


 だが、神秘的なのはそれだけではない。他の参拝客がいないからか、閑静で落ち着きがあるし、風はどことなく澄んでいるような気がするのだ。

 そして、振り返れば、雄大な瀬戸内海が、宮島を包むように広がっている。

 神域。今更ながらに、その言葉を強く感じさせられた。




「三つある本殿では、それぞれ三女神を祀っています。実際、三女神も宮島に来た時にはここに立ち寄っているはずですよ」

 と、八犬。

「じゃあ、やっぱり何か参考になるものがあるのかも」

「期待しましょう。それでは、調べてみましょうか。本殿の中を覗くわけには行きませんから、そこ以外で」


 そして、手掛かり探しが始まった。

 まずは本殿の周りをぐるりと回ってみるけれど、特に気になった箇所はない。

 次に門の外側を見れば、登る時に見落としていた石碑が見つかった。『皇太子殿下参拝』『大正十五年五月二十七日御登山』の文字が彫られているので、昭和天皇が皇太子時代に登山したのだろう。名実ともに威厳のある神社というわけだ。


 そんな、神社自体への小さな発見はいくつもあったが、失踪した神様の手掛かりとなると話は別である。

 それでも探し続けるうちにまた喉が渇いてきたが、他のみんなは探すのを止める気配がなくて、自分だけ休むのは気が引けてしまう。


 みんな、十二支屋という家を守る為に頑張っているのだ。

 自分も、もうちょっと努力しなきゃいけない。

 なにせ、十二支屋に来てからというものの……




「柊さん、ぼぉっとしましてどうしました?」

 そこへ、浅野から声を掛けられる。

 柊は慌てて首を横へ振った。

「あ、なんでも! まだまだ頑張って探します!」

「……いえ、休みましょう。彼らは私達とは体の作りが異なります」

「でも、頑張らないと味覚が……」

「同じペースで動いていては倒れますよ」

 浅野はそう告げると、先に石段に腰掛けてペットボトルを取り出した。

 少しだけ逡巡するが、結局は柊も彼の隣へと腰掛ける。足にも疲労が溜まっていたようで、尻もちでも突くような座り方になった。



「おとと……」

「大分お疲れみたいですね。提案しておきながら申し訳ないのですが、元々望み薄ではあります。あまり根を詰めずにいきましょう」

「でも、十二支屋がピンチなんですから、悠長に構えてはいられませんよ!」

 握り拳を作り、浅野の顔を見ながら強く主張する。

 その勢いが意外だったのか、浅野は少しだけ目を丸くして首を傾げた。



「……やる気に満ちていますね」

「ごめんなさい。驚かせちゃいましたか?」

「いえいえ。十二支屋を想ってくれるのは嬉しいですよ。ただ、必要以上に負担に感じないで頂ければ、とも思います」

「ありがとうございます。……でも」



 ふう、と小さく溜息を付いて、ペットボトルを手にする。

 だが口には付けず、しっかりと握りしめたままである。

 この話の先は、最近、ずっと思い煩っている事った。




「私、もういい加減、味覚を取り戻したいんです」

「もちろん、そうでしょう。とても辛い状態だと思います」

「あ、いえ……それもあるんですけれど、もっと言えば……味覚を取り戻して、役に立ちたいんです」

「おや。十分、力になってもらっていると思いますが」

「全然ですよ。十二支屋の人達を家族と呼んで取りまとめる浅野さんや、それに応えて頑張り続ける眷属さん達……あとは、ちょっとワガママだけど大黒柱の樹さん……みんなに比べると、なーんにも、役に立っていません」


「謙遜ですよ、それは」

「……でも、私、成長していないんですよ。味覚も……他にもトラウマ料理があるんですけど、どっちも全然で。こんな事じゃ……」



 こんな事じゃ、十二支屋への貢献も、いつかは頭打ちになる。

 それに、広島の料理人も夢のままで終わってしまう。

 改善されない自分の問題に、柊は激しい焦りを感じていた。




「柊さん。十二支屋の事は……十二支屋のみんなの事は、好きですか?」

 浅野が、前を向きながら静かに言う。

 どういうつもりの問いなのか分からないが、答えは決まっている。

 十二支屋のみんなは、優しく、気の良い者ばかりだ。味覚問題だって、とがめるどころか、治癒の可能性を聞くと盛りあがってくれる人達なのだ。

 そんなみんなの事が好きだから、おさん狐が無茶な提案をした時にも、解決策がないのに反発したのだ。




「……はい。好きです」

「ならば、柊さんは怖がっているのですね」

「怖い……ですか? 一体、何が……」


「みんなの事が好きなのでしたら、自分だけが置いていかれる状態を、怖いと感じているのだと思います。……ですが、それで良いのですよ」

 浅野はそう言いながら、膝の前で両手を組んだ。人生の苦労を感じさせるような指だった。皴の目立つ無骨な手だった。



「恐怖心は確かにストレスになります。……しかし、負の感情から生まれるあやかしが必ずしも悪ではないように、恐怖心も、付き合い方次第では状況を好転させてくれます」

「飴と鞭、みたいなものでしょうか」

「そうですね。危惧する状態に陥らないよう、努力できるというわけです」

「………」

「柊さんの苦労を知らない私が言うのも僭越ですが、母親を亡くされたショックは、そう簡単に払拭できないのでしょう。宗像三女神の力を借りなくてはいけないほどですから。……だから、このままイチキ様が見つからなければ、恐怖心に引っ張られてでも前を向いて取り組み続けるしかない。今は、そんな時ではないでしょうか」

「凄くつらい事、ですね……」


「柊」


 不意に、浅野が名を呼び捨てにした。

 妙に声が低く、それでいて渋く感じられて、思わず肩をびくつかせてしまう。

 それに気が付いた浅野は、申し訳ないと言わんばかりに後頭部を掻いた。




「失礼。そういうつもりでは。……柊という名の由来。聞いた事はありますか?」

「あ、あー……。いえ、そー言われれば、ないです」

「柊という植物には、いくつか花言葉があります。そのうちの一つが、剛直。外敵に負けない柊の葉の如く、力強い人間に育って欲しい……そう思って、名を付けたのだとしたら、きっとお母様は、この苦難も乗り越えると信じているはずですよ」


 その言葉に、ぐい、と腕を引っ張り上げられたような気がする。

 確かにそうだ。悩んで解決するような問題だったら、とうの昔に悩み抜いて、治っている。かといって、どうすれば良いかも分からないけれど、分かるまで前を向く時なのだ。




「……浅野さん、ありがとうございます。私、諦めません! お母さんの期待に応えてみせます!」

「ええ、ええ。若い人はそうでなくては」

 浅野はそう言うと、ゆっくりと立ち上がりながら背伸びをした。


「ですが、飴が欲しくなる時もあるでしょう。……その時は、やっている事の中に楽しみを見出すのです」

「やっている事……つまり、お料理ですか?」

「ええ。笑いながら料理ができる理由を探してみてください。……もしかしたら、これまで十二支屋で働いてきた日々の中に、それは既にあったかもしれませんよ」








 ◇








 その後も調査は続けたが、イチキの手掛かりになりそうなものは何も見つからなかった。

 時刻はまだ午後五時を過ぎたところだが、移動に二時間ほど掛かるのを考えて、そろそろ戻ろうという話になり、来た時同様に一列になって下山を開始する。

 だが、みんな緊張感が緩んでいたのだろうか。ロープウェー駅に向かう登山客達と分かれた辺りから、隊列が自然と乱れてしまう。


 ……それが、良くなかった。


「おや、羊子ちゃんはどこでしょうか?」

 浅野が世間話でもするかのように呟いた。

 その時、先頭を歩いていた柊が振り返ると、確かに羊子の姿だけが視界に映っていない。舗装された山道の脇には無数に樹が伸びているので、そっちへ足を踏み入れているのかとじっくり観察したが、見つからない。

 みんなと顔を見合わせながら、今度は大声で彼女の名を呼んでみる。それでも、反応はなかった。



「いつの間にか、はぐれたようですね。私がしっかり最後尾から見ていれば……」

「八犬さんのせいじゃないですよ。私、探してきます」

「あ、柊さん!」

「大丈夫、大丈夫! 八犬さんは浅野さんの傍にいてあげてください!」

 八犬に手を振りながら、軽快に見える足取りで山道を登り直す。疲れていないと言えば嘘にはなるけれど、それよりも羊子が心配だった。




 みんなが見えなくなる場所まで一気に駆け上がるが、まだ羊子の姿は見当たらない。

見回して、また駆け上がってを、その後も何度か繰り返したが、やがて妙な状態になっているのに気が付いた。ろそろロープウェー駅との分岐点に差し掛かっても良いはずなのに、辿り着かないのである。






「……何? なんか、変……」

 歩調を緩めながら、羊子探しというよりも、観察の為に周囲を見回す。

 森に囲まれた山道。その点においては、何も変わったところはない。これまで見てきた光景そのままである。

 だが、なんだか妙に肌寒い。陽が落ちはじめていたが、空気じゃない。体の芯が冷えるような気がして、柊は思わず生唾を飲み込んだ。


 風が木々の葉を撫で、ざわめくような音が耳を支配する。

 背後から差す陽光が、柊の影を夕方の森に妖しく伸ばす。


 ――逢魔が時。


 人間の世界と、異界とが通じる夕暮れ時。

 その言葉を思い出した柊の耳に、新たな音が入ってきた。


 かぁん、かぁん、かぁーん。


「拍子木の……音……」

 心臓が、強く鼓動する。肩がぎゅっと縮まる。

 弥山の七不思議、拍子木の音。

 考えられるものは、他にはなかった。





「きたか、にんげん、まぎれて、くるか――」

 どこからともなく聞こえてきたそれが、声だと理解するのに、数秒時間を要した。

 音量こそ小さいものの、まるで雷鳴のように空気を裂く声だった。明らかに人間のそれではない。


「こひつじ、さがして、ねのくに、くるか――」

「だ……誰……? 子羊って、羊子ちゃんの事知ってるの!?」

 体の中の恐怖を吐き出すかのように、大声を返す。


「いのちおしけりゃ、みすてて、かえれ――」

「み、見捨てるって……そんな……」

「やまおり、しまでて、ひとのよかえれ、かみのやどなど、おこがましい――」

 雷鳴の言葉に、空気だけでなく自分の体を割かれたような気がした。


『天狗の多くは人を騙し、祟り、そして襲う』


 そんな、浅野の言葉が蘇ってくる。

 この声の主が天狗であれば、脅しと考えるのは楽観的すぎる。

 柊は無意識のうちに後ずさりをしていた。本能がすぐにでもこの場を立ち去るべきだと訴えているのだ。


 羊子は、下にいる八犬達に任せてしまおう。

 十二支屋からも、離れよう。

 どうせ、役に立たない……、






「……いや、です」

 柊は、抗った。

 短くそう告げ、感情が溢れ出ないように息を止めると、握り拳を作りながら天を仰いだ。

 ここで引き下がって、羊子が無事帰ってくるという保証はない。

 十二支屋だって、これから力になってみせる。


「いのち、いらぬか、おろかな、にんげん――」

「い、命は惜しいですよ! それに、十二支屋で役に立てないのもつらいです。でも、逃げないんです……!」

「――」


「だって、羊子ちゃんも、みんなも、いい人なんだもん……。ううん、それだけじゃない。一つ目入道さんも、サトリさんも、山代さんも、他のお客様も、私の料理で笑ってくれた……それが、嬉しかった……!」

「にんげん――」


「だから、私は逃げないんです! 羊子ちゃんを取り返して、、味覚も、アナゴ飯も克服して、そして……広島の料理人になるんです!!」

「あい、わかった――」


 雷鳴は、ただそれだけを告げた。

 木々が強くざわつき、その中心で、何かが光る。

 声の主がそこにいる。反射的に身構えようとしたが、その前に、飛び出してきた何かが一気に距離を詰めた。




 襲われる――


 そう思った瞬間、自分と何かとの間に、和服の人間が割って入った。

 白の長着に、黒のミディアムヘアー。背中しか見えなくとも誰だか分かる。一体、いつの間に……、




「い、樹さん……!?」

「ったく、人間の癖して危ない事してるんじゃねえよ。しょうがねーなぁ」

 樹は振り返らず、緊張感のない声でそう言った。

 その声に、柊まで力が抜けてしまう。張りつめていた緊張が一気に解け、涙さえ出そうになったが、それは堪えて樹のそばに寄った。




「そ、そ、そうなんです。なんだか変なのに襲われてて……樹さん、気を付けてください!」

「変なのって、こいつの事か。問題ねえよ」

 樹が体を横にどけると、彼に隠れていた何かが視界に入る。

 そこにいたのは、確かに『変なの』ではあった。

 正体が変なのではなく、性格が変なのだが。



「おさん狐、さん……?」

「ふふん」








 ◇








「さ、詳しい話を聞かせてもらおうか」

 樹はそう告げながら、近くにあった岩に腰を落ち着けて足を組んだ。

 一見、余裕のありそうな仕草にも見えたが、彼の雪駄の先は小刻みに揺れている。

 その緊張感を察したようで、おさん狐は樹に正対しながら頷いた。




「それでは。……その前に樹様、休んでいたと聞いたけれども、起きていて大丈夫なのかい?」

「十分寝たから問題ねえよ。寝ている間に起こった出来事を彩巳から聞いた時は、驚いたけれどな。なんだよ、十二支屋の権利書って。俺、そんなもの知らねえぞ」



「じゃあ、権利書のところから説明を始めようか」

 おさん狐はそう言うと、和服の裾から権利書を取り出した。

 樹が、これを知らないとはどういう意味なんだろうか。八犬が署名を見間違えたのだろうか、と思う。

 その答えは、物理的に示された。突然、おさん狐の手の中に煙が沸き立ち、それが収まると、手には権利書ではなく葉っぱが握られていたのだ。



「は、葉っぱ……? これってつまり……」

「ふふん。偽物さ」

「で、でも、八犬さんは書名が本物って言ってましたよ!」

「確かに筆跡鑑定は正しかったが、変化の術なら筆跡まで真似られるわけさ。……そもそも、話は来店時に遡るよ」

 おさん狐が、目を細めながら言う。

 柊は小さく息を飲み込んで、声に耳を傾けた。



「十二支屋で受付を済ませた直後に、経営が厳しい話を立ち聞きしてしまったのさ。それで老婆心が沸いてしまって、急遽、偽の権利書を作り、みんなが十二支屋を支えていけるのか試したわけ。特に人間の新入りが頑張れるかどうか、ね」

「じ、じゃあ、全部演技……?」

「当たりぃ」


「頑張れるか試した事も、さっき、天狗のフリして脅したのも……」

「全部、君の覚悟を見たかったわけ」

「覚悟って、そんな……!」

 憤慨の言葉が喉まで出てきたが、続く言葉は辛うじて収める。

 今は、それよりも聞くべき話があるのだ。




「そ、それよりも羊子! 羊子ちゃんはどこにやったんですか!」

「ここから、もう少し上った所で待ってくれているよ。彼女が最後尾になった時に、こっそりと顔を出して『隠れて柊ちゃんを脅かそう』って提案したのさ」


「確かに、八犬達の所に羊子はいなかったな。お前、そこまで手の込んだ事やってたのかよ。急いで弥山に来て正解だったぜ……」

「どうかな。危害を加えるつもりは、まったく無かったけれどね」

「いーや、正解だ! お前だから良かったが、これが本物の天狗だったら危なかったぜ。今夜は心労の分だけ琵琶で遊ぶから、お前も罰として付き合えよ」


 樹は、ただ単に手間を取らせるつもりで罰と言ったのだろうが、これはもはや折檻の域である。だからといって、おさん狐の行為を許せるわけでもないが、これで処遇についてはひと段落だろうか。




「まったく、私も酷い目に遭いました……。樹さんが来てくれたと分かった時は、ほっとしましたよ……」

「だろうな。今回ばかりはお前に同情するぜ」

「ところで、樹さん、どーして来てくれたんですか?」

「どーしてって、そりゃ……」


 疑問の声が上がるのが疑問と言わんばかりに、樹が首を傾げる。

 だが、彼は続く言葉をしばし考え込んだ後、そっぽを向いて突然立ち上がった。




「ど、どーだっていいだろ、そんなの! 俺は羊子迎えに行ってくるから、そこで待ってろ!」

「あ、樹さんっ!」

 柊が止める声も聞かず、樹は足早に山道を登って行ってしまった。

 その姿を遠目に見ながら、柊は口の中で笑いを漏らす。

 本当は、理由に察しはついている。『本物の天狗だったら危なかった』と言うくらいだから、心配して来てくれたんだろう。




「……相変わらずのお方だね」

 同じく樹を眺めていたおさん狐が、楽しそうに呟く。

「相変わらず、ですか。樹さん達との付き合いは、そんなに長いんですか?」

「そうだね。年数までは数えちゃいないが、多分、君の年齢よりも長い関係だ。だから樹様も、琵琶鑑賞で済ませてくれたわけだね」

「あれは、結構重刑だと思いますが」

「ふふん」

 おさん狐はいつもの笑い声を漏らしたが、顔は青ざめていた。

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