表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

その4 神様探し

 その日の晩、八犬が音頭を取って、新明座で緊急会議が開かれる事になった。


 とはいっても、それほど緊迫した会合ではない。適当に飲み食いしながら、雑談ついでに管弦祭で客を呼び込む方法を考えよう、という程度のものらしい。




 飲み物や菓子、漬物等を盆に乗せた柊と猿田が新明座に入ると、浅野と他の十二支眷属は全員揃っていた。樹がいないのは、まだ眠っている為だろうが、二晩目ともなれは少々気になる。だが、神様の睡眠はそういうものらしいし、柊に何かできるでもなかった。





「これで、全員ですね」

 全員が着席し、飲み物が行き渡ったところで、八犬が口を開く。

 自分への言葉でなくとも、柊はこくりと頷いて肯定の意思を表すと、それに応えるかのように八犬は話を続けた。


「各々知ってのとおり、十二支屋は少々窮地にあります。来月末までに再興の見通しが立たなければ、店の権利はおさん狐さんに移る事になります」

「そんなにお金がないの? 最近、お客さんが増えてるみたいだけど」

 眷属達の中から、そんな声が上がる。金銭事情を知らない者にとってはもっともな疑問だろう。



「確かに収益は増加していますが、浅野様の入院代の支払いもありますので。契約書に書かれている『経営が破綻』の定義次第にもなりますが、いずれにしても、管弦祭で状況を好転させたい事に変わりはありません」

 八犬がそう答えると、彩巳が小さく手を挙げた。



「彩巳さん、どうぞ」

「先程の説明に補足させて頂きます。柊さんが働くようになった際に、私からも提案した事ですが、樹様としては料理で客を固定させたい考えをお持ちです。管弦祭は、その好機というわけです」

 彩巳の説明に一同が頷き、認識が統一された雰囲気になる。

 次は、自分が話す番だろう、と柊は思った。今は十二支屋の危機なのだ。すべて曝け出して、みんなで解決方法を考えなくちゃいけないのだ。



「私からも、いいですか?」

「はい、柊さん」

「えっと……もう一つ話しておきますと、みなさんご存知のとおり、私は味覚がありません。あと、ちょっとトラウマがあってアナゴ料理も難しいんです。その上で、なんとか集客できる意見があれば、と思うんですが」



「はい、はいはい!」

 神妙な空気になってしまうだろうか、という危惧はあったが、そうなる前に猿田が勢いよく挙手をした。多分、素でやっているのだろうが、非常にありがたい行動だった。


「猿田さん、なんでしょう」

「おう。別にアナゴ飯にこだわる必要はないと思うんだよな。と言うのも、今日留守番しながら考えてたんだけどよ。なんでもやるってのはどうだろう」

「なんでも……と言いますと?」

「なんでもは、なんでもだよ! もみじ饅頭も、カキも、しゃもじも。もちろんその他の土産物も、宮島っぽい食べ物も、ぜーんぶ売るし、ぜーんぶ作るんだ。そしたらアナゴ飯の分ぐらい補えるだろ?」

「面白い考えだと思います! ……ただ、準備期間が一ヵ月しかないのが、難しいところなんですよね……」

「ダメかな。全部扱うようになったら、俺も買い食いせずに済むんだけどな」

「ちょっと、猿田さーん!」



 やっぱり猿田は、良くも悪くも猿田である。それに、苦言として口にはしづらいが、あれこれ手を出して迷走する軽食屋のようで、成功する光景が想像しづらい。

 柊が難しそうな顔をしていると、今度は羊子が手を挙げた。



「はーい。あたしも考えたよ」

「お。市場調査の甲斐があったかな」

「うちも揚げもみじ売るんよ。八犬さんがまっしぐらになるくらいじゃけえ、きっと売れると思うんよ」

「な、何を!」

 八犬が両手を掲げて、それ以上の発言を遮るような仕草を見せる。しかし、それが呼び水になったかのように、話を聞いていた他の面々が次々と私案を口にし始めた。


 雑然とした会話が繰り広げられる中、柊はそれらの意見になるべく耳を傾けはした。頭ごなしに批判せずに、極力前向きに考えるようにはしたが、残念ながら、どれも現実的ではない案だった。

 でも、各々なりに考えられた意見ばかりで、その点については感心できる。それだけ十二支屋や樹が好きなんだろう。




「……あの、良いでしょうか?」

 不意に、浅野がゆっくりと口を開いた。

 すると、音量スイッチを切ったかのように、みんな喋るのを止めて浅野に視線を集める。その行為に驚いたのか、浅野は苦笑しながら後頭部を掻いた。

「……そう清聴されると、緊張しますね。私の意見は、直接的な料理案ではないのですが、構いませんでしょうかね」

「是非、お願いします」



「それでは……私、柊さんの状態はほぼ伝聞でしか聞いておりませんので、もしかしたら見当違いな話をするかもしれませんが……味覚の件、回復の見込みはないのでしょうか?」

「それが、ないんです。お母さんが亡くなったのは、受け入れているつもりなんですが……」

 その問いには、柊が答える。

 十二支屋の生活に慣れるのに頭がいっぱいで、あまり味覚問題と向き合ってはこなかったのだが、母の死は受け入れているつもりである。だが、まだ何か前を向けていない部分があるのも、否定はできない。



「なるほど。ですが、イチキ様の件はどうなっていますか」

「イチキ様の件って……宗像三女神が揃えば味覚を直してくれる、あの話? そーいえば、私はまだ探していないかも……」

「そうでしたか。八犬さん、過去にはどの程度探しましたかな?」

 浅野が八犬にそう尋ねる。

「もちろん、イチキ様が失踪されて間もない頃は、厳島神社近辺等を何度か探した事はあります。ですが、近年は浅野様もご存知のとおり、あまり……」

 八犬が回答すると、浅野は我が意を得たりと言わんばかりに頷き、みんなを見回した。




「でしたら、どうでしょうか。明日、イチキ様を探してみませんか? アナゴ飯が作れずとも、味覚が戻れば、他の料理でお客様を引き込めます」

「それに、柊さんの状態も改善する、と。得られるものは大きいですね」

 八犬がニコニコとしながら相槌を打った。


「柊ちゃん、味分かるようになるん? ええの、ええの!」

「妙案かと」

「おお、いいねえ! そしたらみんなで飯食いに行こうぜ!」

 八犬の言葉に同調し、他の眷属達も盛りあがりはじめる。

 味覚回復は副次的な要因のはずなのに、まるで十二支屋の復興と同じくらい大切と言わんばかりに、喜んでくれているのである。



 その高まりにはグッとくるものがあった。

 まだ働き始めて一ヵ月なのに、そこまで気にかけてくれるのが、心から嬉しかった。……ただ、その前に聞いておかなくちゃいけない事がある。




「ち、ちょっと待ってください。もちろんありがたい提案なんですけれど……神様探しなんて、どーすればいいんですか?」

 両手を掲げて、みんなをなだめるような仕草を見せながら言う。

 なにせ、相手は日本中を巡回している神様だ。どこにいるのかも分からない。そもそも、樹が以前地中で暮らしていたように、人間の目が届かない場所にいる可能性もある。


 これから何をすれば良いのかまったく想像できず、どうしても不安げな表情を浮かべてしまいながら、浅野と八犬を交互に見る。

 その感情に応えてくれたのは……浅野の物静かな笑みだった。




「それですが、私に少々、考えがありまして」








 ◇








 弥山(みせん)には、中学の頃に遠足で登った経験があった。


 標高は500メートルそこそこだっただろうか。特別高い山というわけじゃないけれど、山頂から眺める本土と瀬戸内海は一大パノラマと化していて、ちょっと感動したのを覚えている。



 浅野の考えは、その弥山に登る案であった。

 もっといえば、弥山の中には寺や神社がいくつも建っているのだが、そのうちの御山(みやま)神社が目的地である。山の中腹にあるので、頂上まで登るよりも、幾分かは楽と言えるだろう。登山ではなく、ハイキングと言っても差し支えなさそうな距離だった。



 まずは、弥山に通じている住宅街の坂道を一列になって登る。参加者は前列から順に浅野、羊子、柊、八犬である。なるべく大勢で行きたかったのだが、一応、おさん狐が宿泊中という事もあって、十二支屋をカラにするわけにもいかない。当事者の柊、弥山の事情に詳しい八犬、発案者の浅野の他、あと一名を昨日同様にくじ引きで決め、またもや羊子がグーで強運を見せつけた。





「みんなで登山って、なんだかワクワクするのう」

 前を行く羊子は、そう言いながら楽しげに肩を揺らしている。

 今日の彼女は、Tシャツにハーフパンツ、それから防護用のタイツに運動靴、背中にはリュックサックといった、初めて見るラフな井出達だ。

 それはもちろん、柊も他の参加者も変わらない。柊も少なからず気分が高揚していたのだが、恰好からくる非日常感が理由かもしれない。




 ――御山神社を目的地とした理由は、こうである。

 居場所の手掛かりがない以上、少しでも縁のある場所を当たっていくしかなく、宮島で言えば厳島神社が何よりも縁深い場所になる。だが、そこは確認済みとの事なので、次点である御山神社を当たってはどうだろうか、というわけだ。




「それにしても、浅野様。御山神社も宗像三女神を祭神として崇めていると、よくご存じでしたね」

 最後尾を歩く八犬が、感心の声を漏らす。

「どうも。それどころか、厳島神社の奥宮でもありましたね」

「そのとおりです。我々眷属も知ってはいましたが、完全に失念しておりました」

「子供の頃は、度胸試しでよく登ったものですからね。自然と神社にも詳しくなりました」

 浅野は首だけで振り返って、穏やかに笑いながら言った。


「おや、そんな事がありましたでしょうか?」

「覚えてないませんでしょうかね。私が十歳を過ぎた頃の話だから、あの時は昭和四十五年頃かな」

「ああ……そういえば、天狗を探しに付き合わされる、と嘆いておられましたね」

「そうそう。あやかしの類は十二支屋でいくらでも見ていたから、天狗に特別興味が沸く事はなかったんだけれども、当然、学友達はそんな事を知りませんからね。まあ、今となっては良い思い出です」



「あの……弥山って、天狗が出るんですか?」

 二人の中間にいる柊が、文字どおり会話に割り込む。

 すると、浅野が完全に振り返り、後ろ向きで歩きながら返事をしてくれた。


「ええ。実は弥山には七不思議があるのですよ。ご存知ですか?」

「あー……昔、遠足に来た時にそんな話を聞いたよーな……でもうろ覚えです」

平和記念公園(へいわきねんこうえん)にある平和の灯の元火にもなった806年に空海(くうかい)が炊いたとされる『きえずの火』を始めとして、錫杖(しゃくじょう)の梅、曼荼羅岩(まんだらいわ)干満岩(かんまんいわ)、しぐれ桜、竜灯(りゅうとう)の杉……そして最後に、拍子木(ひょうしぎ)の音、という話があります」


「拍子木って、火の用心の時に鳴らす、あれですか?」

「そうです。弥山では、周囲に人がいないのに、突然拍子木の音が聞こえる事があるそうで、これは天狗の仕業とされています。音が鳴っている間は家にいないと天狗に祟られる……なんて逸話があるもので、逆に学友と、天狗を探しに出かけたのですよ」


「なるほどー。私は浅野さんほどあやかしを見ていないから、天狗も見てみたいかな……」

「いや……それはあまりお勧めしませんね。七不思議のとおり、天狗には人間に害を成す者が多いのです」

 浅野の動きが鈍くなる。

 その代わりに、彼の声には重い緊張感がみなぎっていた。




「私が度胸試しに行った時は、学友との間でも『浅野んちの若いあんちゃん』でとおっていた樹様が同行したので手出しはされませんでしたが、弥山は霊峰です。そこで天狗を試すような行動を取るのですから、何が起こってもおかしくありませんでした。天狗の多くは人を騙し、祟り、そして襲います。近年こそ活動を控えているようですが、彼らは今も弥山の原始林の中で身を潜めています」



 まるで、怪談でも語るかのような口調で浅野が言う。

 その言葉を、柊は唇を噛みながら真剣に聞いた。

 十二支屋に来てから、善良なあやかしばかり見てきたけれども、やっぱり昔話に出てくるようなあやかしも存在するのだろう。半端に慣れている今の自分なんかは、特に注意しなくてはいけない。



「……き、今日は樹さんがいませんよね。大丈夫かな……」

「私が居ますのでご安心を。我々は妖体となる事で、通常の比ではない身体能力を有する事が可能となります」

 柊の不安には、背後の八犬が答えてくれた。

 そう言われれば、万引き男を捕まえた時の身のこなしは尋常ではなかった。外見の変化はなかったけれど、あれも妖体とやらなのかもしれない。



「そうそう。天狗の一匹や二匹、どうって事ないけえの!」

「随分と自信がありますね、羊子。あなたは妖体になっても、角が生える他は、睡眠時間と食欲が増すだけでしょう?」

「ほうじゃったわ。八犬さん、よろしゅう頼むわ」

 羊子の発言に緊迫した空気が和らぎ、小さな笑いが沸き起こる。




「ふふっ、分かりました。天狗程度でしたら、私一人でも遅れを取る事はありません。……さて、浅野様。まだ登るのですよね?」

「ええ。先にある紅葉谷公園を抜けたらロープウェー駅がありますが、お金がかかるので、脇にある登山道を進みましょう。なにせ、今の私達は金欠です」





 八犬の問いに浅野が答え、いよいよ本格的に登山が始まった。住宅街を抜けると、舗装された道路の代わりに土を踏み歩く事になり、周囲を囲むのも民家から木々へと変化し始めたのだ。

 昨日同様に空には雲一つなく、零れ落ちる木漏れ日からは、梅雨の終わりが感じられた。実際、じわりとした暑さも感じられる。時刻は午後三時を過ぎたところだった。




「この調子だと、汗、結構かきそうですね」

「辛くなったら休憩しますので言ってください。体を壊したら本末転倒です」

 背後から八犬がそう言う。

「そですね。でも私、これくらいなら全然へっちゃらですよ! 体を動かすのも嫌いじゃないです」

「であれば良いのですが……柊さんは人間であり、女性です。本当に大丈夫なのか、私では測りにくいものでして」

「ありがとうございます。でも私より……本人には直接言いにくいんですが、浅野さんは大丈夫なんでしょうか? 退院したばかりだし、それに、その……」


 柊は歩調を緩め、八犬と並びながら小声でそう尋ねた。

 年寄扱いしおって、などと怒るような人ではないと思うのだが、どうにも気兼ねしてしまう。

 だが、八犬はゆるりと目を細めながら頷いた。




「もちろん心配ですよ。ですが、あの方は意外にも頑固なところがありまして、休息を勧めれば、むしろ前にグイグイ出ようとすると思います。なので、そこを補佐しますよ」

「頑固、ですか。温和そうなんだけどな」

「二十代の頃は相当ヤンチャをしていましたよ」

「ええー? 想像しにくいですね」

「詳しい話は、いつか本人から聞いてください。……ですが、一本筋は通っていました。今も昔も、家族を大事にするという筋をお持ちの方です」

 そう言われれば、十二支屋のみんなは家族、みたいな事を言っていた気がする。


「私達眷属が民宿で働いているのは、樹様の為であって、本来、給料の類は不要なのです。だというのに浅野様の代になると『それではつまらないだろうから』との意向で、お給金を頂ける事になりました」

「まるで、家族経営の民宿ですね」

「ええ。なので浅野様にとっては、十二支屋は自分達家族の家という事でもあります。なので、頑固なまでに頑張る方ですし、我々もあの背中に引っ張られますよ」


「……家族」



 柊は、それだけぽつりと呟いて、視線を先頭の浅野に移した。

 そこにあるのは、なんの変哲もない、初老の男の背中。

 だが、なぜだろうか。今はそれがとても広く見える。


 柊にはそれがとても頼もしく……

 ……そして、羨ましく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ