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06

「国際記憶機構の者ですが、薬剤グループの担当者におつなぎできませんか?」

「アポイントメントは取得されていますでしょうか?」

「は?」

「ですから、アポイントメントを……」

「担当者に、『脳科学記憶定着組織ワーキンググループ』について訊ねたいことがある、と一言お伝えください。それだけで充分です」


 私と窓口の間に割り入ってきたのは、遠藤ユリ監査官だった。


「ちょっと、ユリ」

「良いんですよ、マキさん。それだけで相手を焚きつけるには充分です」

「それなら可能ですが、少々お待ちいただけますか?」

「分かりました」


 ということで、待っていることにすると、エレベーターから血相を変えた担当者と思われる男がやってきた。


「な、何のご用でしょうか……」


 汗をだらだらかいている彼は、私たちを見て、そう言った。


「あなたが担当者ですか」


 私は座っていた椅子から立ち上がると、彼に問いかける。

 彼は頷くと、慌てた様子で名刺を差し出した。私と遠藤ユリ監査官も名刺を差し出す。


「あ、あの……国際記憶機構の方々が、急に何のご用でしょうか……? もしかして、監査に問題点でも見つかったのかと」

「あら? お伝えしていませんでしたか。我々はそんなことよりも重要なことを調べている、と」

「……会議室で話しましょう。ここで話すのは、居心地が悪い」


 担当者の意見ももっともだ。その言葉は、ここで語られるには少々場所が悪い。

 そう思った私たちはその担当者の指示に従って、エレベーターへと乗っていくのだった。



 ◇◇◇



 会議室に入ると、そこには老齢のスーツを着た男が待機していた。

 私たちが入るのを確認すると、二人は立ち上がり、お辞儀をする。


「こちらが担当のお二人になります。ええと、名前は、」

「如月と申します。以後お見知りおきを」

「じゃあ、あなたは担当者じゃないの?」


 汗っかきの男に問いかけると、ぶんぶんと首を横に振る。


「私はただの営業で、何も情報を聞いておりませんゆえ」

「その男の言うとおりです。彼は何も知りませんよ。ですから、彼を早く解放してあげてください」

「…………分かりました。では、あなたが脳科学記憶定着組織ワーキンググループについて話してくれるということですね? 如月さん」

「ええ。お話ししましょう。あのことは我々にとっても、マイナスだと思うことでしたから」


 そう言って、私たちに座るよう促す。

 長い話になりそうだと判断した私たちは、その言葉に頷いて、席に腰掛けた。


「先ず、最初に彼らと接触をしたのは、私でした。私は記憶に関して様々な薬剤を開発・研究していましたから、そこが彼らのポイントになったのでしょう」

「それで、彼らはどうやって話を持ちかけたのですか?」

「『記憶を定着させる薬を作れるなら、記憶を忘却させる薬を作ることは出来ないか?』という問いでした。私は、逆説的には可能だと告げましたが、開発するにはそれ相応の時間と金がかかるとは伝えましたが」

「が?」

「彼らは、それでも構わないから開発してくれ、と言い出したんです。同時に、彼らが言い出した条件としてもう一つ」

「もう一つ?」

「彼らは、『音楽にその薬効を乗せられないか』と言ってきたんです。……ええと、正確には、高周波の電波にその薬効を乗せられないか、と。私は何故そんなことを訊いてくるのかと思いながらも、理論的には可能であるとお伝えしました。そしたら、ならばそれで開発を進めてくれ、と言われました。突然のことでしたし、彼らの名前……脳科学記憶定着組織ワーキンググループという名前に反することをしていることも分かっていました。ですから、どうしてこんなことをするのかと聞いたこともありました。彼らは言いました。疑似的にミルクパズル症候群を発症させるマウスの実験のために必要だ、と。正直な話、それを言われたらそれ以上何もしようがありません。そう思って私はそれに了承しました。今思えば、馬鹿馬鹿しい話だったのかもしれませんが……」

「会社は、ペイタックス・ジャパンもそれを了承していたのですね?」


 こくり、と如月は頷いた。


「利益に影響が出ないように、なるべく少人数のメンバーでチームは構成されました。そしてそのリーダーを務めたのが、私です。そして、そのメンバーは誰も彼もその研究に没頭するようになりました」

「……理由は?」

「分かりません。研究者の(さが)、なのでしょう。実際問題、聞いてみても『これを研究出来ることに意味がある』と言った人間ばかりでした。私が間違っているのではないか、と思い込んでしまうぐらいでした」

「そう言っている、ということは、あなたは研究に反対していた?」

「当然でしょう! 記憶を忘却させる薬を開発せよ、なんて今の世論が聞いたら我が社の評判はがた落ちです! いや、それで済めばいいものですが」

「でも、経営陣はそれを了承した。理由は気づいていましたか?」

「大方、大量の金を積まれたのでしょう。人間は金があればどんなに汚いことでも動く。そういう人間ですよ」

「……そういうものですか」

「あなただってそういうものではありませんか? 幾ら金を積まれればいいかは別として、金を積まれれば、きっと白を黒と言うぐらいには人間の意思なんて操ることが出来ると思いますよ」

「……話の続きをお願いします」

「……ああ、何処まで話しましたっけ? ええと、そうだ。チームの面々はきっと金を積まされた、ということは無いと思います。普通に仕事をしていたと記憶していますよ。やりたい研究が好きなだけ出来る! と思い込んでいたのかもしれませんがね。いずれにせよ、彼らはその研究を半年で成し遂げた」

「たった半年で!? 逆の理論の薬は未だ完成の見通しが立っていないというのに……?」

「逆説的な考えをすれば、脳にそのように『思い込ませる』のではなく、脳を完全に破壊する薬を作ってしまえば良かったのです。……まあ、それは最終的にワーキンググループに反対されてしまいまして。部分的に破壊する薬に落ち着きましたが」

「人間の脳を、部分的に破壊する?」

「人間の記憶には短期記憶と長期記憶の二つが存在している。国際記憶機構のあなた方ならご存知のことかと思いますが。とどのつまり、長期記憶を司る部位を部分的に破壊出来る薬を開発してしまったのです。創造よりも破壊する方が簡単であるとは良く言った物だと思いますよ」

「ということは、ミルクパズル症候群を発症したのと同じ状態ではない……ということ」

「それよりもたちが悪いと思います。なぜなら、長期記憶が出来ないようになってしまうのですから。……我々も、あの事件は確認しています。もしかしたら、彼らの命は数日も持てば良い方なのではないでしょうか。その後、もう一度BMIを通して記憶を投入すれば確かに助かるかもしれません。ですが、心臓は? 脳は? 何度やっても問題無いという情報は未だ入っていません。つまり、ミルクパズル症候群よりも高度な病気だと言えるのではないでしょうか」

「あなた……淡々と述べておいでですが、これが国際記憶機構の私たちに話していることは重々承知しているつもりで、話しているのでしょうね?」

「ああ、ああ。分かっているとも。だからこそ、あなたたちがやってきたと聞いた時は死期を悟ったよ。ああ、やっと私にも『救い』がやってくるのだと」

「罪を吐露すること自体が救いなら、犯罪者の大半はとっくに救われていますよ」


 遠藤ユリ監査官は立ち上がり、彼の手首を掴む。そして持っていた手錠をガシャリ、と装着させた。



 ◇◇◇



 再び、十年前。


「記憶を操作する薬を開発した?」

「そう。二人には、いいや、私も入れて三人でそれの被検体になってもらいたいんだ」

「……あなたがなってしまったら、観測者は誰になるの?」

「勿論、私たち以外の他人になるだろうね。記憶を失うと言うことは、ミルクパズル症候群の発症と等しい。呼吸することも、心臓が脈打つことも忘れてしまうと言うことなのだから。その言葉の意味は分かるでしょう?」


 つまりその薬を飲むと言うこと、イコール、自死に繋がる。

 つまり私たちは試されているのだ。自死を行うか、否か。


「ねえ、あなたなら絶対に飲んでくれると信じている。どう? 信楽マキさん」


 瑞浪あずさが持っていた錠剤を、私は受け取った。

 続いて、秋葉めぐみもおとなしくそれを受け取る。


「私たちは、一緒に新しい世界に向かうの。別に死ぬ訳じゃない」

「新しい世界?」

「そう。記憶を失ったからって、死んでしまったからって、この世界に別れを告げるからって、別に悲しむことじゃない。その先には、きっと素晴らしい世界が待っているんだよ」


 そう言って。

 瑞浪あずさは錠剤をごくりと少量の水で流し込んだ。

 私も、秋葉めぐみも、水で錠剤を流し込む。

 変化は直ぐに起きなかった。瑞浪あずさ曰く、数十分から一時間程度で徐々に記憶が失われていくのだという。

 さようなら、わたし。

 さようなら、みんな。

 眠気が出てきた。確か、瑞浪あずさは言っていた。眠気が出るのは、この薬の副作用だ、って。眠っているうちに死ねるならなんて楽なことなのだろう。なんて楽なこと、なのだろう。

 そう思いながら、私は眠りに就いた。



 ◇◇◇



 次に目を覚ましたのは、病院だった。

 瑞浪あずさの言っていた、素晴らしい世界などではなかった。

 記憶を管理して監視される、素晴らしきディストピアだった。

 聞いてみれば、死んだのは瑞浪あずさだけ。私と秋葉めぐみは死にそうになったところをなんとか助かった、と聞いている。

 連絡をしたのは誰なのだろう? 私は親に連絡を入れていない。瑞浪あずさが連絡を入れるとは思えない。となると考えられるのは――。


「めぐみちゃんのお母さんから連絡があってね。あずさちゃんがそんな恐ろしい子供なんて私知らなかったのよ。ごめんなさいね、ごめんなさいね……」


 お母さんが言う必要は無い。

 お母さんが謝る必要は無い。

 すべて私たちがやったこと。

 すべて私たちが考えたこと。

 それについては、別に悪いこととは考えていない。

 悪いことだなんて、思ったことはないのだから。


「さようなら、あずさ……」


 私の言葉は、誰にも受け取られることなどなかった。



<Part:No.01 Title:Brain Machine Interface> Fin.

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