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02

 全世界で発生した『ミルクパズル症候群』の突然発症。

 正確に言えば、BMIに強力な電磁波を叩き込んだことにより――強引に脳の機能を停止させたことによる、ミルクパズル症候群の疑似発症とでも言えば良いだろうか。

 それは世界各地で発生し、一千人もの人間が同時に死亡した。


「……以上が報告となります」


 科学技術が発達すれば、わざわざ会議室を開いて電子機器を用いた仮想集合をする必要も無くなった。

 BMI端子に直接PCを接続することで、ネットワーク上に全員が『集合』出来るシステムを構築している。勿論、BMI端子を持っていない人間はモニターでの参加となるので、そこは以前のシステムとまったく変わらないのだが。


「いったい全体何が起きたというのだ! ミルクパズル症候群を人為的に発動させるキーでも何か見つけたとでもいうのか?」

「今のところ、そのような情報は入ってきていません」


 言ったのは、会議の議長を務める拝下堂マリアだった。名前の割りには、六十代を超えており、既に彼女もBMI端子が埋め込まれている。というより、BMI端子を生み出した第一人者が彼女だった。

 拝下堂マリアは告げる。


「とにかく、これは我々人類の記憶に対する反逆だということ。それだけははっきりとしておかなくてはなりません」


 拝下堂マリアの言葉に、他の参加者は嘯く。


「記憶への反逆……?」

「そんなことが可能だというのか……?」

「我々人類は、ミルクパズル症候群への対抗策としてBMIを生み出し、活用しています。しかしながら、これはBMIを利用したミルクパズル症候群の活用に他なりません。人間が恐怖した、あの症候群を決して忘れることはなりません。決して、風化させる訳にはいかないのです。これは、今までにミルクパズル症候群で死亡した人間に対する侮辱行為と言っても過言では無いのです」



 ◇◇◇



「拝下堂さん、ご高説ありがとうございました」


 会議を終えた後、個人的にトークを開始する。

 言いたかったことがあった訳じゃない。ただ、あの場で言ってくれたことが嬉しかっただけだった。


「信楽さん……。あなたは目の前でミルクパズル症候群に発症した存在を確認している。それは、記憶にとっても脳にとっても『重大なエラー』と言っても過言では無いでしょう。『治療』を受けて、お休みを取ることをオススメします」


 この場合の治療とは、記憶を消去することを意味する。

 バックアップ技術が確立されるようになって、正確に言えば、人間の脳を電子的に解析出来るようになって、治療の一つとして確立されるようになった手段。

 それが人間の記憶の操作だった。

 無論、それに反対する人間も居るし、それが恐ろしいからという理由でBMIを埋め込んでいない人間も多く居る。

 しかしながら、私はBMIが埋め込まれているから、記憶を消去することが可能だ。

 もっと言ってしまえば、『嘘の記憶を埋め込む』ことだって可能なのだ。

 元々、あの場には居なかった。

 秋葉めぐみとは、友人の関係を築いていなかった。

 そんな記憶を埋め込むことだって、出来るのだ。

 でも、私はそんなことをしたくない。

 勝手に、誰かに、記憶を操作されることなんてまっぴらだった。

 今、記憶を操作することだって出来るようになった。私は、やろうと思えば患者の記憶を全て消去することだって出来る。いや、現に患者にそのように求められることだってある。

 けれど、それはしたくない。

 いくら、本人がそれを望んでいたとしても、それを認めることは出来ないのだ。


「……いえ、大丈夫です。私も、捜査に参加させていただけないでしょうか」

「何ですって?」


 そう。

 それが、個人的にトークをしている理由。

 もし彼女の許可を得られなければ、非公式にでも捜査を行うつもりだったのだが……。


「良いでしょう。あなたがそこまで言うのならば、認めます」


 あっさりと、その許可は通ってしまった。


「……良いのですか?」

「おや。あなたがやりたいと言い出したのですよ。ならば、やるべきことをやりなさい。とはいえ、今は情報も何一つ出てきていませんがね……」


 ビービー、と警告を報せる音が聞こえた。

 それは、通信の報告音。

 同時に、記憶技術ワーキンググループと名付けられた、私が所属するグループの会議が緊急招集される時の合図でもあった。



 ◇◇◇



「良いニュースと悪いニュースがあります。どちらから確認しますか?」


 会議の緊急招集をかけたのは拝下堂マリアの配下に立つ遠藤ユリだった。遠藤は私と同い年だったが、二年前に拝下堂マリアに招聘され、現在は国際記憶機構の一員として活躍している。

 別に彼女を嫌っている訳ではないが、仲間は少ないのだろうな、という思いはある。


「良いニュースから確認しましょうか」


 拝下堂マリアは告げた。

 その言葉を聞いて遠藤は頷くと、言葉を発し始めた。


「ミルクパズル症候群を発症した一部の人間ですが、無事に記憶のバックアップから復旧させることが出来ました。そのため被害者が一千人から七百人に減少しました」

「残りの七百人の記憶が復旧する可能性は?」

「残念ながら、ゼロに等しいかと」

「理由は?」

「バックアップのデータが古すぎる為です。BMI端子内部のアップデートされたソフトウェアでは互換が出来ません」

「何故ですか! 互換出来るようにしておくのが基本のメカニズムだったはず! いったい、どうしてそれをしようとしなかったのですか」

「バグ……というのが原因だと言えるでしょうか」

「バグ? バグで解決しようと思っていないでしょうね。人が死んでいるんですよ!」


 激昂する拝下堂マリア。

 しかしながら、彼女が激昂したところで物事が解決する訳がない。


「拝下堂さん、落ち着いてください。今、あなたが激昂したところで何も解決しません」


 言ったのは、私だった。

 私が言わなければ何も解決しないと思ったからだ。

 解決しないことを解決するようにしていくということ。

 それが難しいことだから、難しくしないようにしなければならない。

 では、どうすれば良いか。


「……遠藤さん。復旧が成功した人間の中に、秋葉めぐみという名前の人物は居ますか?」

「ええと、ちょっと待ってください。……ああ、居ますね。無事に記憶のバックアップが成功しています。ただし、バックアップが残っていたのが一ヶ月前だったため、おおよそ一ヶ月間の記憶が消失した形になりますが」


 つまり、彼女に、あの行動の真意を聞こうとしても無駄だと言うことだ。


「……分かりました。では、悪いニュースは?」

「先程、テレビ局にあるメッセージが投函されたとのことです。ニュース番組で放映されたものを録画した映像がありますので、共有させていただきます」


 ブオン、という音とともに中空に何かが浮かび上がった。

 それがホログラムの映像であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。

 会議場そのものがホログラムで表示されているので、映像が今更ホログラムで表示されている、と説明したところで何の意味も無いのだが。


『臨時ニュースです。先程お伝えした、世界同時ミルクパズル症候群の発症について、犯行を行ったとされるグループからのメッセージが届きました』


 精悍な顔立ちのニュースキャスターが、原稿を淡々と読んでいく。


『ええと、メッセージは以下の通りです。「我々は、ミルクパズル症候群のしがらみから取り払うためにこの行為を行った。今後、人間は退路を断つべきだ。記憶のバックアップなど今すぐに辞めた方が良い」とのことです。犯行グループは、今回の事件で何らかの意見を出しておらず、今後の動向が気になります』

「巫山戯るな!」


 拝下堂マリアは、激昂したまま椅子の膝掛けを殴った。勿論、それもホログラムで表示されている奴なので、実際に殴った訳ではなく、殴った『意思』を見せつけるだけに過ぎないのだが。

 拝下堂マリアは話を続ける。


「つまり彼らは、ミルクパズル症候群の発症を止める為に我々が考えたBMIを利用して、BMIを否定している、ということ!? そんなこと、信じられないし、有り得ない!」

「BMIを否定しているということよりも、記憶のバックアップ技術を否定している、ということなのではないでしょうか」


 私は進言する。

 さらに話を続ける。


「BMIは確かに素晴らしい技術ですし、記憶のバックアップを行う為には重要な技術の一つだと考えられます。しかしながら、彼らはそれを否定しているように見える。BMIそのものを利用して、BMIの技術を廃止しようとしている。真意は見えてきませんが、今見えている情報だけで捉えるならば、それ以上の考えは考えられません」

「しかし……、彼らは何を考えているのか分からない! どうやって、遠隔でミルクパズル症候群を発症させているのかも分からないし」

「それは、きっと電気信号を遠隔で送っているのではないでしょうか」

「電気信号を?」

「BMI端子は外部からの電気信号を受けやすい性質があります。しかしながら、電気信号は脳のパターンによって変わることがある。とどのつまり、指紋と同じように百人居れば百人のパターンが存在する、ということになります。そのパターンに偶然一致したのが、一千人だったとしたら?」

「それだったら、確かに説明はつく。だが、もし完全な脳のパターンを犯行グループが手に入れたら大変なことになるぞ!」


 一人の議員が告げると、ホログラムの会議場は大騒ぎとなった。


「静かにしなさい! ……私たちが困ってしまってどうするのですか。私たちは人間の記憶を司る立ち位置にある存在だということ、それを理解しなければなりません!」

「しかし……」

「完全な脳のパターンは世界中で解析されていますが、誰も未だ見つけてはいません。『ブレイン・コード』は絶対に明かされてはならないのです!」


 ブレイン・コード。

 全世界の研究機関やら大学やらが躍起になって探しているそれは、人間の脳に発生している電気信号を全て解析した物による、いわゆる『マスターキー』のようなものだ。

 もしそんなものが開発されてしまえば、人間の脳を遠隔で操作できてしまう。画期的なように思えて、末恐ろしいものを感じる。

 何故か?

 答えは単純明快だ。もし、そんなものが開発されてしまえば、人間の脳は開けっぴろげになっているものと等しい。今まで人間の脳はブラックボックスとされていた。人間の脳は基本的に三十パーセントも使われていれば良い方と言われており、残りの七十パーセントは何のために存在しているか分からないし、そもそもそれを利用することも出来やしないというのだ。はっきり言って、人間を設計した神様とやらは頭がおかしい。

 残りの七十パーセントが必要としないのなら、元々別の物を突っ込む予定でもあったのだろうか。それこそ、デバッグを終えたプログラムのように、外してしまえばバグが発生する可能性を恐れたのだろうか。

 答えは分からない。実際に神様とやらに聞いてみないとはっきり見えてこない。

 でも、今そんなことはどうだって良い。

 ブレイン・コードがその犯行グループの手に渡ってしまったら、と考えると恐ろしい。何をしでかすか分かった物ではない。


「いずれにせよ、ブレイン・コードの研究は即刻中止にするべきでは?」

「いいや、それは困る! いったい幾らつぎ込んだと思っているんだ。今更中止にしたら傾く国や企業が幾つ出てくるか!」

「ならば、どうすれば良いのだ! 実際問題、敵はブレイン・コードを解析しようとしている。だから今回のようなことが起きたのではないのか!?」


 大人達の、汚い会話が会議場に蔓延った。


「いい加減にしなさい! 私たちの会話は、世界の記憶をどうするかという会話です。あなたたちの私腹を肥やすための手段をぺらぺらと語るための場ではありません!」


 ここでも、リーダーシップを発揮したのは拝下堂マリアだった。

 私は、拝下堂マリアが嫌いだった。

 確かに、拝下堂マリアは尊敬するべき存在だ。ミルクパズル症候群に立ち向かうために、人間の脳の電気信号を解析し、0と1で分割出来るようにして、BMIを開発したのだ。

 だが、それが尊敬に値することであったとしても、それが好意に値するかはまた別だ。

 拝下堂マリアの話は続けられる。


「今、我々がやらなくてはならないことは何ですか! 紛れもなく、人間の脳を守る琴でしょう。それがミルクパズル症候群という病原体ではなく、人間になっただけのことです。我々が今頑張らなくては、人間の技術力の進歩は遠のいてしまう。さあ、活動の時です。今こそ、我々が頑張らなくてはなりません!」


 パチパチパチ、と乾いた拍手が鳴り響く。

 さすがはリーダーと言ったところだろう。あっという間に混乱していた場をまとめ上げてしまった。


「それでは、行動を開始します! 私は会議がいつでも開催出来るようにこの場に待機しています。信楽さん、」

「あ、はい!」


 突然声をかけられて私は心臓が飛び上がるような衝動を覚える。

 しかし、なるべくそれを悟られないように声を出した。


「あなたは、電気信号の解析を進めてください。被害者が負った電気信号は、必ず一つのパターンが浮かび上がってくるはずです。それを元に解析を進め、報告を行ってください。病院には、今日から休む旨を伝えておきましょう。良いですね?」


 そう言われちゃあ、何も言い返せない。

 私ははい、と告げて会議の場を後にするしか選択肢が残されていなかったのだった。



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