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05

 結局、フクシマでも彼女に会うことは出来なかった。

 それはどうしてなのだろうか? わざと彼女が私を遠ざけているようにしか思えない。

 いったい彼女は何がしたいのだろうか? 何かの時間稼ぎをしているのだろうか?

 答えはまったく見えてこない。寧ろ、五里霧中といった状態だ。

 実際問題、その答えが見えてくるのは当分先になるのだろう。きっと、そうなんだろう。

 答えは見えてこないのが当然だ、なんてこと確か誰かが言っていたような気がする。

 うーん、思い出せないな。誰だったか、至極身近な存在だと思ったのだけれど。


「……あ、」


 思い出した。誰がそれを言っていたのか。

 間違い無く、紛れもなく、十中八九、瑞浪あずさだ。

 彼女と語った僅かな時間、その僅かな間だったかもしれない、その時間で語られていた。

 私と彼女の会話の連綿とした繋がり。

 それはきっと答えが見えているようで、見えてこない、霧の中にあるものなのだろう。

 それは大嫌いなことなのかもしれない。それは大好きなことなのかもしれない。

 でも、いずれにせよ。

 私は瑞浪あずさを逮捕しなくてはならない。

 長年の友人である、秋葉めぐみを殺したのは紛れもなく彼女だ。

 国際記憶機構の人間には逮捕権が存在しない。だから、あくまでも私たちに出来るのは、身柄拘束が限界だ。それ以上のことは警察に任せることになる。だから私は、瑞浪あずさがどうしてそのようなことをしてしまったのかということについて知ることは出来ない。


「……あずさ」


 瑞浪あずさの名前を口にする。

 彼女が居る訳でも無し。

 彼女が傍で聞いている訳でも無し。

 けれど、何処かで彼女が聞いているようなそんな感じがして。


「信楽マキさん」


 また、声が聞こえた。

 いったい彼女は何処に居るというの。


「何処に居るの、あなたは、いったい!!」


 叫んでも、叫んでも、その声は虚空に響くばかり。

 彼女の行方をまた捜さなくてはならない。しかし、今日向かったあの場所はもう行かない方が良いだろう。収穫が得られない。

 時間が足りない、と私は思った。別に限られた時間の中で活動しなくてはならない、という訳ではない。けれど、時間を幾らかけても結果が得られないのは、それはそれで問題だ。いつまで経っても成果が得られない、というのは避けなくてはならない。

 だから、私は考える。

 瑞浪あずさは――絶対にこのフクシマに居る。

 それは私の空想にしか過ぎないのだけれど。

 でも、それは紛れもない勘なのだけれど。

 絶対に、確実に、彼女は居る。

 そう信じて疑わないのだった。


「明日からまた一から調査のし直しね……」


 背伸びをしながら、私が思っていると、スマートフォンがぶるぶると震動した。


「電話?」


 電話は、拝下堂マリアからの着信だった。


「遠藤ユリ監査官からあなたがフクシマに行ったという情報を耳にしてね。それから? 情報は入手出来たのかしら。少しでも進展があることを期待しているのだけれど」

「残念ながら。それは、遠藤ユリ監査官から聞いた情報とほぼ変わらないと思いますが」

「……いずれにせよ、我々は早急に犯行グループの身柄を確保しなければなりません。分かりますね?」

「ええ。それは重々承知しております。ですが、現にその人間が何処に居るのか分かったものではないのです。分からないのならば、探索しようがありません。そうではありませんか? 拝下堂マリア議長」

「貴方の言いたいことが、はっきりと見えてきませんが。きちんと真実を伝えてください」

「私は最初から真実を伝えているつもりですが? 拝下堂マリア議長」

「あなたは何をしたいの? 国際記憶機構からも、記憶科学ワーキンググループからも外れた行動を取ろうとしているのではなくて?」

「どうしてそういう判断に至るのですか?」

「あなたが何を考えているのか、今の私にはさっぱり理解できません。けれど、あなたが何をしようとしているのかはうっすらと見えてきています。あなた、過去に『友人』が関わっている可能性があるという話をしましたね? 遠藤ユリ監査官から話は上がっています。あなたは、それを確認したがっているのではないですか? あなたはいったい何を考えているのですか?」

「私は……確かに彼女を捕まえて、実際に聞きたいと思っています。どうして、そんなことをするのか。どうしてそんなことをしでかすのか。どうしてそんなことをしなくてはいけないぐらい、彼女の精神は歪んでしまったのか」

「しかしそれは、国際記憶機構の判断とは異なります! 良いですか、信楽マキ監査官、あなたにはきちんと命令を遂行する義務があります。ですから、それを違反すると言うことは何を意味するか分かっているのですね?」

「別に私は違反しているつもりはありませんよ。私は私の意思に沿って行動しているだけに過ぎません。……ミルクパズル・プログラム、それが人間の意識を消失させる悪魔のプログラムならば、それを止めなくてはいけないのは人間の定めと言えることだと思っています」

「待ちなさい! 今、あなた、何を……」

「失礼します。これ以上話をしても無駄だと思いますので」


 そう言って、私は電話を切った。

 疲れてしまっていたのかもしれない。

 本来なら、こちらが話の主導権を握る必要性はなかったのだが、実際の所、私としてはさっさと眠りに就いて明日に備えたかった、というのが本心だ。

 早く眠りに就きたい。そんなことを考えながら、私はスマートフォンを机の上に置いて横になる。意外にも拝下堂マリアからの着信はなかった。もう一度怒りに満ちた彼女からの苦言を聞く羽目になるかと思っていたが、それは無いようだった。あったらあったで面倒なことになるのは間違い無いのだが。

 そう思いつつ、私は徐々に眠りに就いていく――。



 ◇◇◇



「信楽マキさん、あなたはどう思う?」


 夢の中で、彼女に出逢った。

 明晰夢、という奴らしい。


「どう思う、って。何が……?」

「この世界のこと。人間の世界のこと。人間の意識のこと」

「私は……別になんとも思わないよ。この世界がどうなろうったって、私はわたしから逃げ出すことは出来ないんだもの」

「うん。それも立派な『回答』だよね。けれど、私は違うな」


 彼女は私の肌に触れた。

 触れるその手は、どこか温かい。


「私はこの世界を壊したいと考えているんだよ、信楽マキさん?」

「この世界を……壊したい?」

「この世界は穢れている世界だよ。誰がなんと言おうと、誰がどう発言しようと。世界は世界。穢れゆく世界を見捨てる訳にはいかない。私はこの世界を破壊する。いいや、正確に言えば、この世界を破壊していく『病原体』を殲滅することで世界の平穏が保たれる」

「それを……あなたはその病原体を、人間であると言いたいの?」

「そう。そうだよ。その通りだよ。信楽マキさん」


 彼女は微笑みながら、私の周囲を歩いていく。


「でも、世界の人間が全員悪者だとは限らないし……」

「そうね。その人達には申し訳ないことをするのかもしれない。けれど、私は違う。人間の罪は、既に知恵の木の実を手に入れた時から存在していた。『原罪』とでも言えば良いのかな。それのことを差すのだけれど」


 私は分からない。

 彼女がどうしてそこまでして、人間を悪者扱いするのだ、と。


「私は断罪されるべきだと思っているんだよ。人間について」

「人間のことを、断罪するべきだと思っている? その意味が、まったくもって分からないよ」

「人間は、裁かれるべき存在なんだ。そして、私はそれを救済するべき立ち位置に居ると考えているんだよ。人間は裁かれるべきで、そのやり方が『ミルクパズル・プログラム』の実行なんだ」

「ミルクパズル・プログラムを実行すれば、人間の意識が消失する……それがあなたの狙い?」

「そう。それが私の狙い。意識を消失させてしまえば、誰もこの世界に悪さをする人間が居なくなるでしょう? 勿論、BMIを埋め込んでいない人間は救済には含まれない存在になる訳だけれど」

「救済には含まれない? あなたはこれを救済だと言いたい訳?」

「救済よ。原罪を清めるために、人間が受けるための罰。それでいて、それは人間そのものを救うためでもある」

「……随分とキリスト教を良い物だと思って居るみたいだけれど」

「逆にあなたは、キリスト教を信用していないの? あの宗教は素晴らしいものだと思う訳だよ。神様は、私たちに救いを求めるチャンスを与えてくれたんだ。神様は、私たちが救われても良いとまだ思っているんだ。それはとても素晴らしいことだと思うし、有難いことだと思うんだよ。信楽マキさん、あなたはそう思わないの?」

「私は……」


 はっきりと言い返せなかった。

 それは間違っている。それは間違っていて、そのことについては否定せねばならない、ということについて。

 たとえどれだけ御託を並べようと、人が死んでいることを肯定してはならない、と。


「間違っているよ、あずさ」


 だけれど、私は。

 私ははっきりと彼女に向かって言い放ったのだ。


「……何が?」

「救済だとか、原罪だとか、そういう細かい話は分からないけれど……それでも、人を殺して良い理由にはならない。人を殺して良い理由にはならないんだよ」

「いいや。あなたは未だ分かっていない。あなたは未だ理解していない。何度言わせれば気が済むの。この世界は腐りきっている。権力と金によって支配されている。私は、人間のそんな意識を、そんな汚れたしがらみから解き放とうとしているんだよ。それの何処が間違っているというの?」

「間違っているよ! そんなこと、そんなこと……」


 彼女はそれ以上言えなかった。

 それ以上言わなかった、というのが正しいのかもしれない。

 いずれにせよ、その言葉は私の中で噛み砕いていく言葉であることには間違いなかった。

 瑞浪あずさの話は続く。


「あなたは間違っているよ。信楽マキさん。そしてきっと永遠にその考えが交わる事は無いのだろうね。いつか、また会える時がやってきたとしても、きっと私たちは和平を結ぶことはない。そう、思っているよ」

「だろうね。何でだろうね。昔はあんなに仲が良かったのに」

「あなたが、私の考えに気づいてくれなかったからじゃないかな? 信楽マキさん」


 そして、意識は徐々に遠のいていく。

 瑞浪あずさの影も徐々に白んでいき、やがて消えていった。



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