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04

「巫山戯ないで……! あれでどれだけの人間が死んだと思っているの!?」

「死んだ人間には申し訳ないと思っているよ。我々の『研究』の踏み台になって貰ったのだから」

「あなた、さっきから何を言っているのか分かっているの!!」

「君こそ、私に何を言っているのか分かっているのかな? 瑞浪あずさを神とする行為は、間違い無いはずだし、これからきっとずっとそのムーブメントは広がっていくはずだ。その正体が瑞浪あずさであると気づくまでには時間がかかるはずだ。けれど、人間は恐怖からそれを崇敬し出すはずだよ。……ほら、現にこのような記事も上がっている」


 スマートフォンを操作していた住良木はやがてある画面を私に見せてきた。

 それは、世界的に有名なニュースサイトだった。


「……『世界的にミルクパズル症候群を発症させたテロ集団は、神の代行者だった?』……ですって」

「ほら。どうかしら。私の言った通りに物事が進んでいる。そしてそれはもう止めることは出来ない。……世界は、ミルクパズル症候群に恐怖していくことになる! BMIという安全装置から外れた人類の行く先には、いったい何があるのでしょうね!!」

「瑞浪あずさは何処に居る」

「さて、何処でしょうね。このフクシマに居ることは間違い無いけれど」

「何故そう言い切れる!?」

「だってついこないだここにやってきたから。そして、彼女はフクシマの生まれなのよ。知ってた?」



 ◇◇◇



 あの頭のネジが数本ぶっ飛んでいる研究者と話しているとこちらも頭のネジがぶっ飛んでしまいそうだと思い、話を早々に切り上げた。

 しかし、瑞浪あずさの情報はまったく得られなかった。

 東京、名古屋、再び東京、シリコンバレー、三度東京、そしてここ。

 瑞浪あずさの痕跡を追ってやってきて、ついにここまで追い詰めた。

 けれど、彼女の痕跡はここで潰えてしまっている。いったい彼女は何処に消えてしまったというのか。

 そんな訳で医療都市フクシマを歩いていたのだが――そこで、あるキリスト教の教会に目を向けた。

 スタンドグラスが日差しに当たり、綺麗に輝いていた。

 私はそれに目を奪われて、気づけば中に入っていた。

 賛美歌がBGMとなって、教会は厳かな雰囲気に包まれていた。

 中に入っていくと、二人の親子が十字架に向かって祈りを捧げていた。

 賛美歌は未だ鳴り止まない。今もなお、教会に響き渡っている。


「……信楽マキさん」


 声が聞こえた気がした。

 振り返る。しかしそこには誰も居ない。

 誰も居なかった。


「ようこそ、教会へ。どうかなさいましたか?」


 同時に、前に立っていたシスターから声をかけられた。

 シスターと会話するのは苦手だ。私がキリスト教が苦手だということ――とどのつまり、神を信じていないから――なのかもしれないけれど。とにかく適当に話を流そうと思っていたのだが、


「最近、祈りを捧げる人が増えてきました。私たちはBMIを埋め込んでいないのに、です。ミルクパズル症候群の恐怖は、BMIがあっても無くても変わらないのに。それを気づこうとしても、気づけないのですよね」

「BMIを埋め込んでいない……? ここに居る人たちは、BMIを埋め込んでいないというのですか」

「あなたは、きっと科学者か医者かその類いの人間なのでしょう。ならば、気づくはずでしょう。BMIを埋め込むにもお金がかかるということ、そしてBMIを埋め込むというのは、神から与えられし肉体に傷をつけるということ。それだけは絶対にあってはならないことなのです」

「でも、それじゃ、ミルクパズル症候群が発症した時の予防策をとることが出来ません! つまり、あなたたちは静かに死を待つということに」

「ええ。そうですよ」


 にっこりと笑みを浮かべるシスター。


「それの何処がおかしい話でしょうか?」

「おかしい話、ですよ! だって、自ら死を望んでいるのと変わらない! それじゃ、命を分け与えられた意味が」

「無いというのですか? それは、有り得ませんね」

「どうして!?」

「ここは教会です。静かにお願いします」


 周りを見渡すと、賛美歌も止まって、静かな空間が広がっていた。私とシスターとの会話に目もくれず、祈りを捧げ続ける人も居る。その中の殆どの人間、いや、全員がBMIを埋め込んでいない、というのだ。そんなことが、


「有り得ない、とでも言いたいのですね?」


 シスターの言葉を聞いて、再び彼女の顔を見る。


「安全に絶対は有り得ないのですよ。それはフクシマに原子力発電所が設置された時もそうでした。あのときは、未だ日本に『安全神話』という言葉があった頃でした。日本の製品は安全である、だから問題無いと。その結果、何が生まれましたか? 震災が原因であるとはいえ、生まれたのは、死の大地ではありませんか。その後、世界によって医療が急激に発達し、今や世界の医療都市とも呼ばれるようになりました。フクシマのあの事件を忘れていく子供達も居ます。けれど、絶対に忘れてはならない。フクシマのあの出来事は、絶対に忘れてはならないのですよ」


 諭すように。

 子供をあやすように。

 しかし、時に怒りを。

 彼女は、私に感情をぶつけてくる。

 それは怒りだった。

 それは驕りだった。

 それは憎しみだった。


「……すいません。少しだけ感情が入りすぎました。けれど、忘れないでください。BMIは安全であるのか、ということについて。確かにあなたたちは安全であるというでしょう。けれど、フクシマの人間は未だにあの出来事を忘れられない。日本の安全神話が崩壊した、あの出来事のことを」



 ◇◇◇



 また、街を歩いて行く。

 気づけば夕方になっていた。

 近くのファミリーレストランに入って、休息を取ることにした。


「いらっしゃいませ、お客様、一名様でしょうか?」

「ええ」

「それではカウンター席へどうぞ」


 カウンター席へ案内された私は、メニューを眺める。

 パスタにピラフ、ハンバーグと様々なメニューが並ぶ。フクシマに来たんだからそういう郷土料理でも食べれば良いんだけれど。って、あれ? そういえばフクシマの郷土料理って何になるんだっけ? まあ、いいや。今度調べておくことにしよう。別にフクシマには何度だって行くことが出来るんだ。そう思ってハンバーグ定食を注文した。



 ◇◇◇



「お待たせしましたー、ハンバーグ定食です」


 ハンバーグ定食がやってくるまで、BMIを繋いでずっと音楽を聴いていた(なお、それでも分かるように視界自体はジャックされない仕組みになっている)。

 俵型のハンバーグに、ポテト、にんじん、味噌汁、小鉢、ご飯に漬物といったスタイルは純和風スタイルだ。それにしても小鉢の奴に見覚えがないのだが、これはいったい……?


「お客さん、フクシマにあまり来たことがないでしょう?」


 突然声をかけられて、「ええ、まあ」と答えるしかない私。

 それを聞いた店員は胸を張りながら、その質問について答えてくれた。


「それは、『いかにんじん』ですよ。文字通り、いかとにんじんを和えたものなんですけれどね? この辺りの郷土料理としては有名なんですよ。まあ、好き好みは別れますが。是非とも食べてみてくださいね! 別に残したところで『お残しは揺るしまへんで』なんて言いませんから」

「あ、あはは……。親切にありがとうございます」


 店員は去って行き、私は再びそれと対面することになる。

 いかにんじん。

 店員は言っていたが……いかとにんじんを和えたもの、だって? そんなものが実際に合うのだろうか(失礼な発言かもしれないが、実際見たことがない人間からすればそのような発言をするのも当然だと言うことをご理解頂きたい)。

 一口、口に入れる。

 直ぐにいかの香りが広がり、にんじんの歯ごたえある食感が口の中に広がっていく。

 味付けは薄めの醤油味といったところだろうか。それにしても、美味しい。

 今まで何回かフクシマには足を運んだことがあるが、こんな料理食べたことがない。

 予想外というか、予想の範囲外というか。何というか想像の範疇を超えてしまう。

 そんなものが実際に存在するとは思いもしなかったし、思わなかった。


「おっと、こればっかり食べていないでハンバーグも食べないとな」


 いわゆる、三角食べという奴である。ご飯と味噌汁とおかずと順序よく食べること。日本では一九七〇年代に給食活動を中心に広がったと言われている。学校で習ったけれど、それ以上のことは関係ないから、と言って教えてはくれなかった。まあ、そこまで言うならあまり興味の無いことなのかもしれないけれど、もっと教えてくれても良かったんじゃないか。あ、このハンバーグ、肉汁がジューシーで美味しいぞ。デミグラスソースと良く絡んで美味しい。

 味噌汁の具材はわかめと豆腐。うん、普通だ。別にわかめと豆腐が悪いとは言っていない。この普通が良いのだ。この普通があるからこそ、ハンバーグといかにんじんが引き立つというもの。ご飯も粒が立っていて、堅さもちょうど良い。ここまで完璧を追求している食事も珍しいといったものだ。


「ご馳走様でした」


 あっという間に完食してしまい、物足りないかと思っていたが――いやはや、普通にボリュームがあって盛りだくさんの内容だった。


「どうでした? いかにんじんは」


 あの店員が水を入れるときにそう言ってきた。


「美味しかったですね。私の口には合いましたよ」

「それは良かったです~。あれ、人を選ぶからあまりオススメしていなかったんですよね。今日は偶然小鉢がいかにんじんだったんですけれど、いかにんじんの日に何処か別の所からやってきた人が食べると残してしまう傾向が非常に強いものでして。ですから、気に入って貰えてとても嬉しいです!」


 とてもお喋りな店員だな、と思いながら私は適当に相槌を打った。



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