↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

それは、まだ友情だけれど

掲載日:2018/11/19


 うむ。

 大変、困ったことになった。

 私の名前は、シルフィアーナ。十四歳。ただの町娘だよ。

 いや、困った。本当に困ってしまった。

 私は今、囲まれているのである。

 ……奴らは狡猾だった。

 私の油断を誘い、隙をついて目の前に立ち塞がったのだ。

 そして、気づけば周りを囲まれてしまっていた。

 逃げ場はない。

 ここは、我が家の庭の隅っこ。

 大人たちは、姉の誕生日パーティーの真っ最中。こっそり抜け出してきた為に、助けは期待できない。


「うぬう!」


 呻く。

 奴らは、暴力に出てきたのだ!

 視界の暴力に!


「にゃーん」

「みゃうみゃう」


 私を囲んだ奴ら……真っ白な子猫たちが、ごろにゃんとお腹を見せているのである!

 はあん! 可愛い! 可愛いよう!


「う、うぬぬ……くしゅん!」


 可愛い子猫を前にして、私はくしゃみをした。視界がぼやける。涙も出てきた。

 そう! 私は軽度であるが猫アレルギー持ちなのである。

 猫は好きだ!

 でも、触れない!

 前世では、触り放題だったのに! 今の私は触ることも、近寄ることもできない。悲しい。

 そう、前世。前世なのである。

 私には、ここではない異世界にある日本という国の記憶があるのだ!

 成長するにつれ、ぼやけてきたけども。日本人としての感覚は残っている。

 だから、シルフィアーナちゃんは礼儀正しい、いい子だとよく言われる。お礼とかお辞儀とか、癖になっているからね。

 そんな私が生まれた場所は、魔法とかが存在するファンタジーな世界だ。

 でも、常識とかは日本とほとんど同じで助かった。変なしきたりとかないし。魔法も一部の人しか使えない。だから、私は至って普通の人間だ。

 まあ、一部違うことがあって。そこは、困っている。それが原因で、私はパーティーから逃げてきたんだよ。

 そして、子猫に包囲された、と。


「にゃーん!」

「うにゃうにゃ!」


 子猫たちは、可愛さアピール攻撃を続けている。なんて、人懐っこいんだ! 可愛い! 可愛い、けども!


「私は、君たちに何もできないんだよう! くしゅっ!」


 うう、くしゃみと涙が止まらない!

 どうしよう!


「うっ、うっ」


 子猫の可愛さ攻撃に本気で泣き出した時だった。


「おーい! どこ、行ったんだ」


 男性の声がした。透き通るような、綺麗な声。久しく聞いていない、男性の美声だ。私基準で。もう一度言う。私基準の美声だ。


「困ったな。この辺に走って行ったと思ったんだが」


 小さく喋る癖があるのか小声である美声に、私は神を見た。神様が、私に助けを遣わしてくださったんだ!

 声は、庭の壁の向こうから聞こえている。小声でも聞こえるのだから、近いはず。


「あ、あの! 助けてください!」


 見知らぬ人に声を掛けるのには勇気が必要だったけど、状況は切羽詰まっているのだ。私は今すぐ助かりたい!


「……誰か、いるのか?」


 美声が、震える声で問いかけてきた。

 ああ、なんて美しい声なのだろう。


「はい! あの、あの。ね、猫がいっぱいで、動けなくて……」

「……猫?」

「えっと、子猫が六匹……わ、私。猫アレルギー……猫が苦手で……くしゅん!」


 今の世界にはアレルギーという言葉がないことを思いだし、言い直した。ついでにくしゃみが出た。恥ずかしい。


「……それは、私の猫かもしれない。色は白いだろうか?」

「は、はい! 真っ白な子猫たちです」

「……そうか」


 美声がいったん止まる。

 少しの間を置いて、再び聞こえた。相変わらず小さな声だけど。


「お嬢さん。今からそちらに行きたいのだが」

「あ、はい。裏門が直ぐそこに……」

「いや、必要ない」


 必要ない?

 どういう意味だろうか。


「その、お嬢さん」

「あ、はい」


 深く考える前に、美声に呼び掛けられ反射的に返事をする。


「……私の姿を見ても、あまり、驚かないで、ほしい」


 小さな声が更に小さくなりながら、そう言葉にした。

 私は、それだけで察してしまった。

 十四年、ここで生きてきた。感覚は日本人だけど、この世界の常識も分かっているつもりだ。

 そう、男性は美声……私基準での美しい声の持ち主だ。

 こんなにも美しい声で驚くなと言うからには、男性の容姿は……。


「はい、驚きません。ですから、助けてくださ……くしゅうっ!」


 真摯に応えるつもりが、くしゃみが邪魔をした。くそう。


「……そうか。では、参る」


 先ほど緊張をはらんでいた声が、くしゃみを聞いて気が抜けたのか。じゃっかん呆れているような声音で言った。

 いや、それより。参るって、裏門の場所まだ教えてない……。

 と、考えていたら、目の前に白いローブが翻った。

 私は、目を見開いた。空中から人が表れたのだ。驚きもする。

 魔法だ。美声の持ち主は、魔法使いだったんだ。

 魔法が使えるうえに、金糸で彩られた白いローブ。それの意味するところは、彼は宮廷の魔法使いさまだということ。庶民には雲上人だ。


「あ、あわわ……」


 凄い人に声を掛けてしまった!

 私の様子に、二十歳ぐらいの魔法使いさまは表情を曇らせた。因みに魔法使いさま、私の予想通り凄い美形だった。

 さらさらの肩まである黒髪に、形の良い澄んだ青い目。完璧な配置の、顔の造形。

 素晴らしい美形だ。姉の美貌に慣れてなかったら、完全に見惚れていた自信がある。

 しかし、身分の違いに震えていた私を、彼は違う解釈として受け取ったようだ。


「……だから、驚かないでほしい、と。私の醜い顔は分かっているから」


 素晴らしい美形の魔法使いさまは、自身を醜いと言った。

 前の世界の人が聞いたら、違う意味で驚きから言葉を失うだろう。

 だが、この世界ではそうなのだ。

 男性の美に対する認識だけが、日本とは違うのである。

 男性は、筋肉むっきむっきなボディービルダーのよう方が好まれ、力強いという理由で枯れたようなダミ声が良いとされていた。顔立ちも厳つい方が人気だ。小心者の私が、気絶しそうになるぐらい怖い顔が大人気なのである。

 おかしい。男性の美だけ、違う。

 女性の美は、前世と何ら変わりはしないのに。

 だって、今の私の姉。モデルもびっくりな美貌だもの。周りも誉めまくりだもの。

 いや、理由は分かってる。

 創生の神様が、ゴリマッチョの厳つい顔立ちだからだって。神様に似ていればいるほど、かっこいいってなったんだって。

 逆に、創生の神様の奥さんである豊穣の女神さまは、前世と同じ基準での美女だから、女性の美も前世と同じなんだよ。

 男性だけ、基準が違うのには、凄く困惑した。未だに慣れない。小心者に、厳つい男性は怖くて近寄れないよ。威圧感凄いもん。

 そんな背景があるから、目の前の私基準の美男子魔法使いさまは、小声で醜いと言ったのだ。辛かろうに。世界が違えば、モッテモテ! だったのに……。

 しかし、今はそれは問題ではない。

 私は、魔法使いさまに平伏した。


「え、お嬢さ……」

「魔法使いさま! 気安く話しかけて、誠に申し訳ありませ、くしゅ!」

「あの?」

「私、知らなかったとはいえ、国の宝である魔法使いさまに助けを求めるだなんて!  なんて、ずびっ、おこがましいことを!」

「私の話を……」

「くしゅん! 魔法使いさまへの無礼、なんとお詫びすべきか! やっちゃう? サクッと、腹を切っちゃう?」

「待ってくれ、お嬢さ……」

「介錯は、この子猫たちに」

「お嬢さん!」

「くしゅん!」


 強く呼ばれ、くしゃみで返事をした。口を開いたら、くしゃみしか出なかったんだよ。

 顔を上げれば、魔法使いさまが困惑しきった顔で私を見ていた。

 どんな表情でも、美形は美形だなと思った。


「君は……私が怖くないのか?」


 魔法使いさまの青い目は、何かを期待するように私を映していた。


「いや、怖いです。権力強いじゃないですか」


 庶民に権力者は怖いよ。この世界、身分制度あるんだから。


「いや! そうじゃない!」


 魔法使いさまは、声を荒らげた。それでも美声なのには、変わらない。


「私の……顔が……怖く、ないのか?」

「いえ、全然」


 魔法使いさまは美形だけど、姉の美貌のほうが凄いしなぁ。眼福ではあるけれど。

 因みに妹である私は外見はそこそこだ。姉に比べたら、私など平凡だよ。

 そもそも、私が庭の隅に逃げてきたのは姉の美貌が原因だ。

 絶世の美女には美男子が侍る。つまり、パーティーには、厳ついゴリマッチョがたくさんなのだ。怖くて逃げてきた私、悪くない。


「怖く、ない……嘘だ」


 魔法使いさまは、ふるふるとかぶりを振った。


「家族以外は、私から顔を背ける者ばかりだった……」

「あの、私。顔背けてませんが。平伏ならしましたけど」


 あ、この発言は気安い。

 アウト? 身分的にアウトですか?

 戦々恐々としていると、子猫たちが魔法使いさまの長いローブの裾にじゃれついた。


「くしゅん! くしゅん!」


 あ、また、くしゃみが!


「あ、あの。魔法使いさま! 出来れば、早く子猫たちを回収してくださると、くっしゅん!」


 慌てて子猫たちから距離を取ると、魔法使いさまは目を丸くした。


「君は、私よりも愛らしい子猫のほうが嫌なのか」

「私にしたら、脅威ですう!」


 くしゃみ止まらないし、涙出てくるし、可愛いのに触れないしぃ! ああ、かわいそうな私。悲劇だよ。

 必死な私をどう思ったのか、魔法使いさまは片手で口を覆うと、肩を震わせた。

 笑っているのだ。


「ふ、ふふ! き、君は、変なお嬢さんだ! は、ははは!」


 大爆笑である。失礼な魔法使いさまだ。

 しかし、身分は上の方だ。不満は顔には出さない。出さないぞ!


「……むう」


 声に出てしまった。仕方ない。だって、まだ十四歳だ。子供なんだ。


「あ、ああ。すまない、笑ってしまって」

「いえ、大丈夫です」


 そうだ。大丈夫だ。十四歳のガラスのハートがちょっぴり傷付いただけだ。


「そうか……、ああ、そうだ」


 魔法使いさまが、右手を差し出した。

 すると、手のひらが光った。光りは縮み、そこにはクリスタルらしき鉱石で出来た百合の花が鎮座していた。


「わ、あ! 綺麗!」


 この幻想的な花も、魔法なのだろうか。

 感動した私は、魔法使いさまを見上げた。


「魔法使いさまは、凄いです!」


 こんなにも綺麗なものを作ることが出来るなんて、尊敬の念しかない。

 凄い! 凄い! と、はしゃいでいると、魔法使いさまの白い頬がほんのり染まった。


「そ、そうか。そんなに喜んでもらえたら、見せたかいが、あったな」


 目を伏せて、魔法使いさまが早口で言った。

 どうやら、照れさせてしまったようだ。


「お嬢さん、右手を出してくれないか」

「あ、はい」


 言われた通りにすると、クリスタルの百合を手のひらに置かれた。ん?


「あ、あの。魔法使いさま?」

「フィルだ。フィルと呼んでほしい」

「フィルさま……あの」


 このクリスタル、どうしたらいいのか聞こうとしたのだけど。


「お嬢さん、どうか私に名前を教えてくれないだろうか」

「え、シルフィアーナです」


 告げると魔法使いさま……フィルさまは、嬉しそうに微笑んだ。


「シルフィアーナ」


 確認するように小さく呟くフィルさま。

 それがあまりにも大切そうな響きが込められていたので、胸がきゅっとなった。


「シルフィアーナ、その花を受け取ってほしい」

「え、でも。こんな素敵なもの」

「君のもとに、それを贈りたい」


 フィルさまの切実な声に、思わず頷いてしまう。


「ありがとう、シルフィアーナ」


 何故だろう。

 たくさん呼ばれてきた名前なのに、フィルさまの声に紡がれると、とても大事なもののように思えてしまう。

 フィルさまの声が、凄く優しいからかなあ。


「にゃーん」

「にゃうにゃう」


 ずっと放っておかれた子猫たちが不満の声を上げる。

 フィルさまは、優しく子猫たちを抱き上げていった。

 私のことを思ってか、少し距離を開けるフィルさま。

 それを寂しく思ってしまったのが、不思議だ。


「シルフィアーナ」


 また、優しく名前を呼ばれた。


「は、はい!」


 子猫たちを抱えたフィルさまは、恥ずかしそうにはにかむ。大人なのに、可愛らしい表情に、きゅんとしてしまった。


「また、会いに来ても、いいだろうか」

「ぜ、ぜひ!」


 こんなにも可愛いお願いを断れるわけがない!

 姉の取り巻きが、彼女のお願いを聞いてしまう気持ちが分かった気がした。いや、姉のお願いって、可愛い小物が欲しいとか人気の雑貨屋に一緒に行きたいとか、ささやかなものだけど!

 可愛いお願いって、聞いてしまう気持ち凄く共感しちゃった!


「ありがとう、シルフィアーナ」


 嬉しそうに微笑むフィルさまを見て、私はまた会う日が待ち遠しくなった。


「では」


 短く告げたあと、フィルさまの姿は忽然と消えた。

 帰ったんだ。

 なんだか、心が寂しくなったけれど。手にはクリスタルの百合があって。

 温かな気持ちになった。


「よし! 私も戻るか!」


 姉の取り巻きは、見た目厳ついけど。悪い人たちではない。

 うん。

 見た目で今まで避けちゃったけど、少しは近づく努力をしてみよう。怖いけど。

 でも、フィルさまのクリスタルがあれば大丈夫な気がした。

 私は、意気揚々と家へと向かった。


 のちに、博識の姉から。クリスタルの花は枯れないことから、永遠の友愛を誓う贈り物なのだと聞き、赤面するのだった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。