十四話
この姿で暴れ回るのも久しぶりかもしれない。まあできれば暴れたくはないんだが、軍隊とやり合うなら仕方ない。多少大地が抉れるくらいはご愛嬌ってことにしよう。一番は派手にやりつつ人を殺さないことだ。いくらなんっでも殺すのはよくない。
草原を走り抜けて闇夜の中を進んでいく。今回はシアに合わせる必要もないので気が楽だ。それに到着時間だって短縮できる。頑張れば十分の一くらいまで短縮できるんじゃないだろうか。いや、もっと短くできそうだな。
そんなことしたら町のいくつかは吹き飛びそうだが。
とりあえず父さんの身に危険が及んでいないことを確認し、魔力を使って周囲を探索。その範囲をどんどんと範囲を広げていき、約二十キロ先に約五千という兵士の群れを見つけた。ちょうどいいことにそこそこ広い森の中を歩いている最中だった。たしかあの森は木々の密度が低い。なので馬に乗っていても移動しやすいのだ。相手が森の中であることはこっちにとっても都合がいいから別に問題ない。
「二十キロくらいってことは、だいたい三時間ちょっとって感じだな」
馬が歩く速度が五キロから七キロくらいと考えるとそんなもんだ。だから斥候が早馬で駆けてくるならその十分の一くらいになる。
しかし周囲に兵士の気配はないし、斥候の兵士は送っていない。つまり父さんと戦う気はないということだ。
とにかく早めに足を止めに行った方がいいかもしれないな。
森を抜けて川を飛び越えて、軍隊が目視できるところまでやってきた。光魔法で周囲を照らしているのですぐにわかる。これじゃあモンスターや野盗に襲ってくれと言っているようなものだ。まあ、五千の兵を襲うようなモンスターや野盗がいるかどうかは正直謎だけど。
俺は魔法で隠れているから気づかれていないが、このまま姿を現してもいいことはない。結局武力行使するしかなくなるからだ。なんとか穏便に済ませたいが、五千という数は今の俺にとってもかなり多い。
やれることは、きっとそんなに多くないな。
周囲に濃いめの霧を出現させ、その霧の中にスリープの魔法を仕込む。だが眠らせてはならない。ほんのちょっと眠気を催すくらいでいいのだ。眠ってしまったら会話もできないしな。
兵士たちの首がフラフラし始めたところでようやく姿を見せる。だが体は黒いモヤで覆っているので、鮮明な姿を見ることはできないだろう。
「何者だ!」
先頭にいたちょっとだけ位が高そうなやつ、仮にAとしよう。そいつが馬の上からそう言った。槍の先をこっちに向けるんじゃない。
そんなことを考えつつ、その槍の先を森の向こう側にふっ飛ばしてやった。
「そ、そんな馬鹿な……!」
「私は……えっと……」
っべー。このあとどうするか特に考えてなかったー。これ以上進むな、的なことを言うことくらいしか定まってなかったー。
「その……そうだ、私は死神だ。そう、死神」
「大尉、コイツ言ってることめちゃくちゃですよ」
位が高そうなヤツの隣にいる若いやつがそう言った。仮にBとしよう。
「確かに、なんか嘘くさいな」
兵士たちがざわつき始めた。ヤバい、秒で疑われてる。
「黙れ、殺されたいのか」
右手を振って木を何本か吹き飛ばした。兵士たちは当然口を大きく開けたまま黙り込んでしまった。よしよし、なんとかなりそうだぞ。
死神がこんなことするかどうかは疑問ではあるが。
「死神とやら。いったいなんの用だ? まさか我らの命を奪うというわけではあるまいな」
後方からもっと位が高そうなやつが出てきた。もうおわかりだろうが仮にCとする。
「命を奪うつもりなどない。ただ、お前らの目的を果たさせるわけにはいかない」
「我らの目的を知っているのか」
「元軍人の男を探しているんだろう。その昔、姫を攫った極悪人だ」
「なぜお前が知っているのかはわからないが、まあそういうことになるな。それを阻止したいのか? しかしどうして?」
「あの魔法師が使った呪術。アレによって私はこの世界に具現化した。私は対象を呪い殺すためにこの世界に存在しているのだ」
「つまり呪術は成功していたと?」
「そういうことになる」
「だが話では呪術はすり替えられていたと」
「すり替えられた先の呪術に私の呪術が仕込まれていたのだ。私を呼び出した魔法師は生きているのか?」
「いや、あの魔法師は自殺した。兵士たちの目の前でな」
嫌な予感はしていたがまさか自殺とはな。悪いやつじゃなかっただけに、ちょっとだけ罪悪感が胸中に滲んでくるようだ。
が、人生そういうこともある。もっとポジティブにいこう。死んじまったもんはしょうがない。
「そうか、であるならば私の存在を消せる者は存在しないことになる。私の呪術は私を呼び出した者しか消すことができない」
「というか、お前はどういう呪術なんだ?」
「対象を追いかけて魂を奪う。が、私が魂を奪う以外の方法で死ぬことを許さないという呪いだ。つまり、あの男を殺す可能性が高いお前たちをこの先に行かせるわけにはいかない」
「我々の邪魔をする、そういうことでいいのだな?」
「邪魔ではない。これは運命なのだ」
今度は左手の指先からビームを出して森の中をかるーく焼いた。
兵士たちの顔は強張り、ひそひそ話も聞こえてくるようになった。よし、このままいけば士気を落とすことができそうだ。
両手を前に突き出して突風を起こす。馬や人が膝をつく程度、ふっとばされない程度の風だ。




