十話
ふとシアを見ると頬杖をついてつまらなそうにしていた。
「なんだ、不服そうだな」
俺がそう言うとシアはため息をついた。
「別に、不服なことなんてないわ」
「じゃあなにか、今回の旅がつまらなかったか?」
「そういうわけでもない」
「じゃあ怒ってる?」
「怒ってない」
「はーんなるほど、デートが楽しすぎて普通の日常に帰るのがイヤになったな? きっとそうに違いない」
「一番可能性が低い」
「お約束をありがとうよ」
じゃあなんだってんだと思うが、なんか訊くのも面倒になってきた。
基本的には素直なシアだが、時々とても面倒くさい時がある。これはまあ人間だからしょうがないのかもしれない。
シアは人間じゃないけど。
シアは頬杖を解いて腕を組んだ。
「なんていうか、わからないなーって」
「わからないことがわからない。ちゃんとわかるように文章を組み立てた方がいいぞ。お兄さんとの約束だ」
「うるさい」
横っ腹をぶん殴られた。
「家族っていうのがさ、わからないなって」
魔王は突然天から振ってくる、いわば厄災のような存在だ。魔族にとっては最高の幸福だとも言われている。
親もなく、子も持てず、特にシアは魔王城で虐げられて生きてきた。そんな少女がここまで明るく振る舞えていることがまた不思議ではあるが、それはシアの心が強かったと考えれば納得ができないこともない。
それでも彼女に家族がいなかったのは事実だ。それだけじゃない。家族と呼べるような、身を寄せられるような相手さえもいなかった。彼女を甘やかすことも、彼女を抱きしめることも、正しいことや間違いを教える相手もいなかった。
俺と彼女は、なにもかもが違うのだ。
「でもお前はその家族っていうやつをわかろうとすることができるだろ」
「どういう意味?」
「わからないからそのままにしておくような女じゃないってことだよ」
「人間ってさ、父親がいて、母親がいて、祖父がいて祖母がいて、そうやって子供をどんどん作っていくから家族ができるんでしょ?」
「人間だけじゃないけど生き物はだいたいそうだな」
「どうやったって私にはわからない。理解しようと努力したって、こればっかりは私にも無理」
なるほど、それで落ち込んでたってわけだ。
家族というものを理解できない怒り。理解しようと努力しても分かり得ないのではないかという悲しみ。自分に向けた負の感情。それらが一気に押し寄せて、どうやって発散していいのかわからないのかもしれない。
「ま、お前には一生理解できないことなのかもしれないな」
「さっきと言ってることが違うじゃない……」
「そりゃお前が諦めてるからだ。お前は今うちに居候してるのに、それに目をつぶったら見えるものも見えない」
「居候してるんじゃなくて半強制で居候させられてるんだけどね」
「そういうのはどうでもいい。母さんがいて父さんがいてスピカがいる。そういうの見てれば、家族ってのがどんなもんかわかるだろ」
「わかったら苦労しないわよ」
「大丈夫だ、そのうちわかる。そのうちお前だって家族になるかもしれないんだしな」
「は? それってどういう――」
シアはハッとしたような顔をして、次の瞬間にはまた脇腹にパンチをぶち込んできた。鋭い一撃。正直二発の方が強烈だった。
「マジで痛い」
「痛いに決まってるでしょ。痛くしたんだから」
そう言いながらシアはそっぽ向いてしまった。
だが俺は見逃さなかった。顔を背ける前の真っ赤に染まったシアの顔を。ちゃんと俺が言ったことを理解できているということだ。
それならきっと、家族についてもいつか必ず理解できる日が来るだろう。結局彼女次第だができることはやるつもりだ。
拒否られたら知らない。
そんなことを思いながら馬を走らせ続けた。シアはそのうち眠ってしまったが起こす気にはなれなかった。
俺は少しだけ速度を落として帰路を走るのだった。




