九話
結局、昼間だと飛んで帰るのは目立ちすぎるので夜になってから一度自宅に戻った。
それから次の日、またシアと共に父さんの病院を訪れた。
すぐにシアが腰痛の魔法を解除し、父さんの腰痛は一応治ったらしい。ただし今までずっと腰痛だったのでしばらくは続くとのことだ。魔法自体は解除されたが、それが治るのはこれからということらしい。
またしばらく父さんは留守になりそうだ。
「でさ、聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?」
父さんが眉根を寄せた。
「父さんってずっと農家だったんだよね?」
「そりゃそうだ。もういないが、おじいちゃんもおばあちゃんも農家だったんだぞ。モンスターに殺されてしまったがな」
がっはっはっと笑っているが、そこは笑うところではない。
この笑い方から見るに、俺がなにを訊こうとしているのかを察しているのかもしれない。だからこそ誤魔化そうとしているようにも見える。
「母さんもそうだけど、名前を変えたとかそういうこともない?」
「なななななにを言ってるんだ? きょきょきょ今日はなんかおかしいぞ?」
アンタの方がおかしい。
「アルメイサ」
俺がそう言うと父さんの肩が跳ねた。
「その名前を、どこで?」
「父さんに腰痛の魔法をかけたやつから訊いた。そいつはアルメイサを姫様って言った。アルメイサを攫った男に腰痛の魔法をかけたってな」
父さんはため息をつき、肩の力をそっと抜いた。
「そこまで知ってしまったか」
「じゃあやっぱりアルメイサは……」
「そうだよ、母さんだ」
「ずっと嘘吐いてたのかよ」
「そう言うしかなかったんだ。母さんとお前たちを守るためにはな」
「どういうこと?」
「俺と母さんの名が知れれば、間違いなく王都から兵士が派遣されてくる。俺は母さんにもお前たちにも幸せになってもらいたかった。当然俺も幸せな家庭を作りたかった。そのためには、エルゲバルという名前を捨てるしかなかったんだ」
父さんは下を向き、強く拳を握りしめていた。
「母さんは納得してた?」
「当たり前だろ。アナタについていくと言ってくれた。だから連れ出したんだ。あそこにいてはアイツはダメになる。そう思ったからな」
「じゃあお互いに納得した上で農家になったわけだ」
「そういうことになるな」
こりゃ、祖父母に会うことは一生なさそうだな。片方は王族だし。
「じいちゃんばあちゃんも生きてると」
「生きてる、と思う。少なくとも母さんの父親は今も王座にいるしな」
「なるほどな」
母さんが王族で父さんが兵士だったってのは驚いたが、まあ二人が楽しくやれてるならいいんじゃないだろうか。それに俺たちも不自由してないし、父さんと母さんが農家じゃなかったら俺もこんな緩い生活送れなかったわけだしな。
「一応母さんには話をするけど、スピカには黙っておくから安心してよ」
「そうだな。スピカにはまだ早いかもしれない。でも俺たちが嘘を吐いていたこと、お前はなんとも思ってないのか?」
「なんとも思ってないわけじゃないけど別にいいかなとは思う」
「別にいいかなってどういうことだ?」
「父さんも母さんも納得したんでしょ? これが自分たちの人生だって思ってこの町にきたわけだ」
「王都から遠く駐屯兵もいなかったからな」
「じゃあいいんじゃない? 嘘だろうがなんだろうが幸せなんでしょ? 俺もスピカも苦労してるわけじゃないしね。父さんがいなくても農家やれてるし」
「その言い方……」
最後の言い方はちょっと可哀想だったが、小さな報復だと思ってもらえばいいだろう。
「せいぜい王都から兵士が来ないことを祈るよ」
そう言って立ち上がった。
「もう行くのか?」
「俺も暇じゃないの。農作業しなきゃ」
「確かにそうだな。すまんな、苦労かけて」
「別にいいよ。でも早く治して帰ってきてよ。母さん、たまーに寂しそうな顔するから」
あの魔法師のじいさんも言っていたが、母さんは軟禁状態が長かったに違いない。世間を知らず、町の様子もほとんど知らなかった。父さんはそういうことを母さんに伝えてたんじゃないかと思う。母さんにとって、父さんは王宮と世間の架け橋だったんだろう。
王宮から出て、父さんとずっと生きてきたんだ。そんな父さんがいなくなれば寂しいと思っても仕方ない。
「じゃあね、父さん」
「ああまたな。シアちゃんも」
「はい。養生してください」
病院から出て、馬車に乗って帰路についた。考えることはいっぱいある。これから母さんとも話をしなきゃいけない。でもなんだかスッキリした気分だ。




