三話
馬を走らせてだいたい二時間くらいでピッポウの町に到着した。このへんだとピッポウが一番医療技術が発達しているし大きな病院もある。入院費はそこそこ高いのだが、それは俺がまあなんとかしてる感じだ。
町の入り口で馬車を預けて病院へ。面会手続きを取ってから病室を訪れた。
「お見舞いきたわよー」
母さんがそう言いながら病室のドアを開けた。六人部屋なので他の患者もいるというのにいつもこの感じである。母さんは実年齢よりも若く見られることが多いため、母さんが見舞いに来るのを楽しみにしている患者がいるとかいないとか。
ベッドの前に行くと父さんは難しい顔をして新聞を読んでいた。
「新聞」
この世界でも情報を入手するのに新聞は貴重らしい。
というか新聞は本当に貴重なもので、一般家庭で普及していることはかなり少ない。大型の病院だからこそ、皆で回し読みするために設置されているのだ。
「お、今日も来てくれたの……か……」
スピカと母さんの姿を見て嬉しそうにしていた父さんだが、俺の姿を見て固まってしまった。
あー、これきちゃうなーなんて思いながらも一歩前に出る。
「久しぶり、なかなか来られなくて悪いな」
「アルファルドなのか? お前アルファルドなのか?」
二回言う必要があったのだろうか。
「それ以外ないだろ」
父さんが新聞を放り投げてベッドから立ち上がる。とんでもなくすごい腰痛で入院してる割には元気だ。
「お前!」
父さんが俺に近づいて手を上げた。
そして、思い切り抱きしめられた。
「あー! よく来たな我が息子よー!」
これこれ、これだからここには来たくなかったのだ。見舞いに来る度に抱きしめられるもんだから恥ずかしくて仕方がない。恥ずかしいだけじゃなく、父さんは身長二メートルはある筋肉質の大男なので抱きしめられるとすごく痛い。スピカも母さんもよく耐えられるもんだ。
その後、スピカと母さんにもハグしてからベッドに戻った。さっきの難しい顔はどこへいったのか。
そう、俺とスピカの父リゲルは非常に家族思いな男だ。しかし愛情表現が下手くそなのか愛情が溢れすぎてしまってるのかなんなのかわからないが過度な愛情表現をすることが多い。愛されているということはよくわかったのだが、もう二十歳にもなる息子に抱きつくのはどうかと思う。
「まさかアルを連れてきてくれるとは思わなかったぞ」
「アナタ会いたがってたものね。今日はちゃんと連れてきましたよ」
「ありがとうアルテナ。さすが我が最愛の妻だ」
二人は顔を近づけて短い口づけをした。そういうのは子どもたちがいないところでしてくれ。いや、俺が元いた世界の常識とかは通用しないのか。欧米かよ。
「腰の方はどう?」
「ん? 最近は調子がいいぞ。お医者さんもそろそろ退院してもいいかもしれないと言っていた」
まあ重度の病気とかじゃないんでね。腰痛なんでね。
「じゃあ退院の準備するの?」
「それがなあ、腰になにかの魔法がかけられているとも言われてるんだ。まあそれが原因で入院が長引いてるんだが」
退院できるのかできないのかどっちかにして欲しい。
「その魔法をなんとかできれば退院できるってことだな」
「なんとかできればな」
治してやりたいところではあるんだが、前に一度試した時に失敗したことがある。それで入院が長引いたわけだが。
「俺のせいだわ……」
「なにか言ったか?」
「なんもない」
そうかあ、入院長引いたの俺のせいかあ。そうかあ。
そこでピンと閃いた。俺が駄目ならもう一人なんとかできそうなやつがいるじゃないか。しかもここに。
シアの耳元に顔を近づけて小声で話しかける。
「なあシア。父さんの腰見てやってくれないか?」
「私が? なんで?」
「お前補助系の方が得意だろ? 俺じゃあどんな魔法がかけられてるかもわからないんだよ」
「意外とポンコツね」
「今回に限っては認めよう。探知系だとか補助系だとかは基本的に苦手だ。強化系とか攻撃系が得意です。よろしくお願いします」
「面接か」
シアはため息を吐きながらも一歩前に出た。
「初めまして。今お宅に居候させてもらっているシアと申します」
「おお、キミが噂のシアちゃんか! 可愛いではないか! 旅をしていると聞いたがまだうちにはいるのかい?」
「ええ、出発の目処がたつまではもう少し居させてもらえればと思っています」
「そうかそうか。俺も早く家に帰りたいもんだ……」
シアは一度咳払いした。
「それでですね。私は少しばかり魔法が使えるので、腰の方を見させてもらってもよろしいですか?」
「おお! そりゃありがたい! では早速」
「おいここで脱ぐなよ! つか脱がんでいい!」
「いやしかし直に見てもらった方が」
「いいからうつ伏せになれ!」
口を曲げてしょぼくれてしまったが、ちゃんとうつ伏せになってくれた。基本的にはいい人なんだ。聞き分けもいいし。基本的には、だけど。
手に魔力を集中させて父さんの腰を触診していく。時々「あっ」とか「ふわっ」っていう声が聞こえるけど聞こえないフリをした。本当に気持ちが悪い。
一通り触診し終わったシアは、顎に人差し指を当ててなにやら考えはじめてしまった。




