八話
周囲を見渡すと、力尽きた冒険者たちが沼に浮いていた。それを他の冒険者が担ぎ上げ、また他の冒険者たちがリレー形式で岸まで運ぶ。仲良しか。
少しばかり慣れてきたのか、ネティスみたいな雑魚でもドラッゴンを倒せるようになってきている。これなら俺は俺で好きにやってもいいだろう。
「おいじじい、聞いてるだろ」
『うむ、聞いておるぞよ』
頭の中に声が響いてくる。どこかで見てるんだろうな。
「てめえ盗聴してんのか? ホントキモいな」
『呼び出しておいてそれはヒドくない……?』
「しかも盗み見もしてるんだろ? 神様がそれじゃあさ、覗き見とか盗聴とかを犯罪にするのは示しがつかねえんじゃねえかなあ? ああ?」
『いきなり高圧的に来られてちょっと困っておるんじゃがさすがに情緒不安定では?』
「とりあえず今何匹倒したか教えてくれ」
『話題の切り替えが早い。あと感情の起伏が激しすぎて対処の仕方がわからん』
「いいから今何匹?」
『ええっと……現在三千匹超えたくらいじゃのう』
「まだそんなもんか。結構やったと思ったんだが……」
『まだ始まったばかりじゃ。ゆっくり一万匹目指したらええ』
「ゆっくりしてたら沼の一部になるわ。とりあえず千匹ごとにチャイム鳴らして」
『チャイムて』
「音量絞ってな。じゃあまた」
『ほんに勝手な男じゃ……』
ブツクサと文句を言ってはいるが、声が聞こえなくなったということは承知したってことだろう。なんだかんだ言って聞き分けがいいのは取り柄だな。
どんどんと冒険者達が脱落していくので、十分も経てば先頭に立つ形になった。目の前にいる冒険者は数えるほどで、俺の前には冒険者はいない。であれば話は早い。
「さて、一気に吹っ飛ばすか」
右腕を前に出す。風と炎を合わせた魔法を軽くぶっ放す。ちゃんと火力は調整しているので普通の魔法と変わらない。ちゃんとこの世界の基準に合わせられる俺偉い。なにが一般的かというさじ加減が完璧だ。
チリーンとチャイムが鳴る。とりあえず四千匹達成か。
「アルさんの魔法、完璧すぎません?」
と、ネティスが言った。
「は? どういうこと?」
「ただの農夫がそんな完璧な魔法使えるわけないじゃないですか……」
まるで「なんのためにいつも変装してるんですか」と言わんばかりの目で見てくる。
「確かに?」
威力が調整できても、そもそも魔法を使っていることがおかしいのであれば矛盾が生じてくるというわけだ。この短い会話でそれを察する。さすが俺といわざるを得ない。これでうっかり魔法を使ってしまったことに関してはチャラにしてもらいたい。
チャラにならんか、そうか。
ということは、だ。俺はこれから魔法をほぼ使わずになんとかしなきゃいけないということだ。
「あと六千匹、どうやって退治すりゃいいんだ……」
衣装は一応バッグの中に入っているが、こんなところで着替えたら俺がブラックノワールであるということがバレてしまう。一瞬だけ「シアを連れてきれいれば」とも思ったがアイツがいてもあんまり変わらない。ただの足手まといが増えただけだろう。
魔法がダメなら剣技はどうだ。昔ダークナイトに転生したときに剣技は一通り学んだ。効率は悪いが剣を振り続ければドラッゴンを倒すことはできる。
「これでいくしかなさそうだな」
襲いかかってくるドラッゴンを斬り伏せながら、沼の中にいるドラッゴンをしばき倒していく。他の連中もそこそこ倒しているだろうから、今日中に一万匹は達成できるはずだ。特にローラは勇者の器なのでかなり信頼できる。
「うおー、アル殿ー」
そんな時、ローラの声が小さく聞こえてきた。沼の奥の方からだ。
ザパーっと沼がせり上がる。人の数倍はあるだろうドラッゴンがローラを咥えているではないか。
「アル殿ー」
「マジで誰も信用できないレベルでお前ら使えないな」
他のドラッゴンはこんなに小さいのになんでこいつだけこんなにデカイんだよ。個体としての大きさを間違えているような気がする。
ザパ、ザパッっといたるところから大きいドラッゴンが出現した。もう頭が痛くなってきた。
「ローラも使い物にならないのに、これ全部俺がやらなきゃいけないの?」
「アルさん伏せてください!」
その声に反応し慌てて身をかがめた。すると俺の上を一本の光が通り過ぎていった。その光はローラを咥えたドラッゴンを直撃、ローラはそのまま沼に落っこちた。
光を放ったのはミュレスだった。
「お前、やるじゃん」
「私、こう見えても魔法少女目指してたので」
「理由がめちゃくちゃ」
関心した俺が馬鹿みたいだ。
そんなこんなで、ローラをミュレスが補助しつつドラッゴン退治は続いた。途中でネティスがいないことに気がついたが、どうやら沼から上がって冒険者たちにお茶を出していた。俺はネティスのことを忘れようと首を左右に振った。
何度かチャイムがなり、あと千匹で達成というところまできた。脱落した冒険者たちは数しれず、沼の中にいる冒険者たちにも疲労が見えはじめていた。
「アルさん、これいつまで続けるんですか?」
「もうちょっとだ。もうちょっとだけ頑張ってくれ」
ミュレスも魔法力が尽きて剣を振るっていた。大きなドラッゴンがいなくなったので、あとは数をこなせばいいだけだ。あとは時間が過ぎていけばミッションクリアだ。
でもこういう時ってよくないことが起きるんだよな。
なんて言ってると、沼の奥の方にドラッゴンが集まっていく。
そしてそれは巨大なドラッゴンへと変身した。
「キング○スライムか!」
「なんですかキング○スライムって」
「伏せ字で隠せよ!」
「アルさんだって伏せてないじゃないですか……」
大きさは俺の身長の何十倍。こんなの剣一本でなんとかしようとか正気じゃない。やはりここはなんとか魔法を使って一発で仕留めなければいけないだろう。
さて、ここで取れる選択肢は限られてくる。
「おいネティス!」
大声で彼女を呼ぶ。
「なんですかー!」
「もう一回入って来い!」
「イヤですよ! もうシャワーも浴びちゃいましたし!」
「来ないとどうなるかわからんぞ」
ネティスは涙目になって、一言も喋らずにザパザパと沼の中に入ってきた。
「よし」
「よしじゃありませんよ……」
今にも泣き出しそうである。
「これが終わったらなんでも言うこと聞いてやるから」
「なんでも?」
一瞬で表情が変わった。目が光り、口元が笑っている。
「なんでもだ」
「わかりました。ちゃんと言うこと聞いてくださいね。それで、私はなにをすればいいんですか?」
「3・2・1でミュレスを押し倒して沼に沈めろ」
「一歩間違えたら殺人では?」
「ヤバそうだったら引き上げればいいだろ。いいから頼むぞ」
「がんばりますけど……」
あのドラッゴンを退治するにはいくつかステップを踏まなければいけない。ミュレスの注意を逸らすのもそうだが、ほとんどの冒険者は沼の外で休んでいるのだ。つまりミュレスの注意だけを逸らしても意味がない。
右手に魔力を溜めて一度だけ深呼吸した。




