三話
ネティスの家にやってきた。ストーカーならばいずれ姿を見せるだろう。なにより俺の生体感知能力があれば、誰かが家に近づけば気付くはずだ。
「いやー、まさかあんな人間ドラマが展開されるとはな……」
椅子に座り、思わずそう言ってしまった。あの紙芝居、実はかなり出来がよかった。あのじじいもバカにしたものではない。
「あの、アルさん?」
「なんだ」
ネティスが不安そうに顔を覗き込んできた。
「ちゃんと私のこと守ってくれるんですよね?」
「犯人探しはするけど守るかどうかは別の話かな。いや、やっぱり守るかな」
俺が発言するたびに泣きそうになるのはやめてほしい。俺だって女を泣かせたいとは思っていないんだ。
嘘だけど。
「そういやシアはどうした? 護衛として向かわせたはずだが」
「シアちゃんでしたら奥の部屋にいますよ」
「護衛だっつったのになにやってんだ……」
「今夢中みたいなんでそっとしておいてあげた方がいいと思いますけどね……」
「夢中って、アイツなんかヤってるのか?」
「その言い方はちょっと、どことなく背徳感はありますけど、心配しなくてもいいと思います。漫画読んでるだけなので」
「漫画読んで俺が言ってることを無視してるわけか。家に帰ってからお仕置きだな、これは」
「あんまりイジメないであげてください。数少ない娯楽なんですから」
「まあギャンブルで身を滅ぼさないだけましと言えばましだが」
「とにかく、なんとしてでも暗殺者を見つけ出してください。私まだ死にたくないんです」
「暗殺者だって決まったわけじゃないんだけどな。善処するよ。じゃ、お茶おかわり」
「不本意ですけどわかりました」
こういうのははっきり言うんだよな、コイツ。
膝の上ではピルが鼻歌を歌いながらお菓子を食べ続けていた。こういう姿は可愛いのだが、あまり食べすぎると体に悪い。このスリムなボディをしっかり保って欲しいのだ。
「お昼前だしあんまり食べるなよ? 母さんがお昼ご飯作って待ってるからな」
「でもこれ美味しい!」
スコーンに自家製のりんごジャムか。子供は特に甘い物に目がないからな。
「ご飯食べないと母さんが悲しむぞ?」
俺が一言言うと、ピルは少しだけ悲しそうな顔をした後でスコーンに伸ばしかけた手を引っ込めた。
「ママが悲しむの、やー」
「よしよしいい子だ。またおやつになったら食べに来ような」
「うん!」
「お菓子食べるためだけに来るのやめてもらっていいですかね……」
そんなことを言いながら、ネティスが俺の前にティーカップを置いた。白いカップなのだが蔦のような模様が入っていて高そうな雰囲気がある。
「どうせ一人で寂しく暮らしてるんだからいいだろ。それともなにか? うちのピルがせっかく遊びに来たっていうのに邪険に追い出すのか? 迷惑だとでもいいたいのか?」
「勘違いモンペみたいなこと言うのやめてくださいよ……どうやって言い返したらいいかわからないじゃないですか……」
「素直に「迷惑じゃありません」って言えばいい」
「素直な意見なら迷惑なんですけどね」
「うちのピルが迷惑って言いたいの?」
「無限ループじゃないですかやめてください」
心底面倒臭そうな顔をしているのでそろそろやめておくか。
それにしても気になることがある。
コイツ、無限ループなんて言葉どこで覚えてきたんだろう。この世界にも無限ループなんて言葉があったのか。しかし日常会話で使うような言葉でもないし、サブカル志向でもなきゃ耳にすることもないはずなのだが。
「なあネティス」
「なんですか。スコーンは差し上げますから、おやつ食べるだけにうちに来るのはやめてくださいね」
「そうじゃない。お前なんで無限ループなんて言葉知ってるんだ?」
「それくらい普通じゃないですか? そういう業界にいれば嫌でも耳にしますよ」
「業界? 軍部でそういう言葉がよく使われるってことか?」
「違います。ああ、そう言えばアルさんにはまだ言ってなかったんでしたっけ。忘れてください」
「突っ込んでくださいと言わんばかりにねじ込んできたよな、今の会話」
「そ、そんなことありません。忘れてください」
「そりゃ無理な相談だ。で、言ってなかったことってなんだ?」
ネティスは腕を組み「うーん」とうなり始めた。迷ってるとか渋ってるっていうよりもそういう演出にしか見えない。
「そういうのいいからさっさと言えって」
「仕方ありませんねえ」
心なしか嬉しそうだ。訊いて欲しかったのがバレバレである。
「私、こう見えて軍人しながら副業もしてたんですよ」
「待て待て、さすがに軍人で副業はやばいだろ」
あー、そういうことか。
「バレなきゃいいんですよバレなきゃ」
めちゃくちゃ悪どい顔をしているが、たぶんコイツは生粋の阿呆なんだろう。
たぶん軍部はそれを知ってたんだな。だからなにか理由をつけてコイツをどうにか解雇したかった。そう考えればネティスが軍部を追い出されたのもうなずける。コイツが無能であるのと同時に、親の七光りであることも煙たがられていた。そして副業の件とスパイ容疑の件が重なったので、軍部的にはようやく追い出せる算段が立った。




