6歳 ー 1
ここまで大きくなるのに、思ったほど時間はかからなかった。そりゃ全部で二百年とか三百年とか生きてきたんだ。五年や六年なんてあっという間だ。
時間のことはまあいい。問題は子供のフリをしなきゃいけないってことだ。毎回考えるんだが、子供らしさっていったいなんなんだろう。
でも普通にしてても誰も疑わないし、発言にさえ気をつけていればなんとかなるもんだ。
決して俺が子供っぽいわけじゃない。お菓子をねだったりするくらいは大人でもやる。
……やるよな?
「おいアルファルド! これ食えよ!」
近所に住むビリーがカブトムシを差し出してきた。
ビリーは俗にいうところのガキ大将ってやつで、身体は大きく横暴なやつだ。逆らったら殴られるから、他のガキ共も仕方なく従っている。
いやでも従っているっぽくない。ニヤニヤしながら見てる。
「まだ生きてるじゃん。可愛そうだろ」
カブトムシだって当然生きてる。そして俺はカブトムシに転生したことがあるからわかる。人に捕まえられた時のあの不自由さ。虫の中では割とパワータイプっぽいのに人間にはどうやっても勝てない不甲斐なさ。それを食べるなんて俺にはできない。
餓死寸前だった時に食ったら割と美味かったけどそれはそれ、これはこれだ。
「死んでたら食うのか……?」
自分で差し出してきたくせになんでお前が疑問系なのか。
「死んでるとマズイから、食べるとすれば生きてる方がいい。でも食べ物がないわけじゃないし、食べる必要もないだろ」
「食べたことあるのか……?」
「食わせようとしたヤツのセリフじゃないけどね。美味いか不味いかは人によるからお前も食ってみるといい」
ビリーの手からカブトムシをひったくり、そのまま口の中に押し込んでやった。カブトムシの手足をもぎ取るなんて可哀想なマネはできない。そのまま口の中に押し込んですまない、カブトムシ。
「#$%&’()=!」
なんかよくわからない悲鳴を上げて、ビリーはどこかに走り去ってしまった。やれやれ、困ったものだ。
一度は使ってみたかったセリフだけど、たぶん使い方間違ってる気がする。言いたいだけのセリフって、まずその状況にならないから適切に使えないんだよな。
「えっと……アルくん……ありがと……」
幼なじみのソニアが、涙ぐみながら俺の服を引っ張った。ビリーがソニアをいじめるのはいつものことで、それを追っ払うのもいつものことだ。
つまり、ビリーがソニアをいじめてて、それを阻止するとビリーが必ずなにかを仕掛けてくるのだ。毎回追い返してるのにこりないやつだ。
このソニアという少女、なんというか少し鈍くさい。金髪のおかっぱ頭、肌は褐色で一部に人気が出そうな見た目だ。そしておどおどしているのはいつものこと。
でもちゃんと考えて喋ってる節があるから、大人になったらすごい賢くなるだろうな。頭が悪そうなその辺のギャルなんかには絶対にならないはずだ。
そう、絶対にならない。
「ビリーは身体も大きいしな、あれは大人になってもあんな感じだぞ。今のうちに対処法を考えておけよ」
「タイショホウって、なに?」
「ちょっと難しかったか。それじゃあ俺から一つ教えておいてやろう。ビリーはお前のことが好きなんだよ。だからイジワルしたがるんだ。だからイジメられたらこう言うとい」
そのあとで、そっと耳打ちした。
ソニアは大きく頷き、俺の左手を取った。
「いこう、アルくん。おかあさんがお菓子作ってくれるって言ってたんだ」
「やれやれ、俺がお菓子なんかで釣られるわけがないだろう」
「行きたくないの?」
「行きます。お菓子食べたいです」
そんな俺は甘党だった。