二話
とりあえずビリーの家に行ってみるか。
ビリーの父親は大商人で、この町では一番稼いでるし町への寄付も一番多い。当然家もデカく、この町唯一の二階建てだ。
家に到着すると、さっそくチャイムを押した。この機能もこの家くらいしかついてない。大体の家はドアをノックするからだ。
「はーい、あら、アルちゃんじゃない」
ビリーの母、セスナが出てきた。
「セスナさん、こんにちは。今日もお綺麗ですね」
「もう、アルちゃってば上手なんだから」
「本当のことですからね。それでビリーはいますか?」
「ビリーに御用? 部屋にいると思うけど……」
「あー……お邪魔してもいいですか?」
「もちろんよ。後でお茶とお菓子を持っていくわね」
「はい、ありがとうございます」
家の中に入り、階段を上がっていく。広くて綺麗な部屋だな。住み込みのメイドとかもいたと思うし、ほとんど昔と変わってない。だからビリーの部屋も覚えている。
「おいビリー、いるか」
ドアをノック。しかし反応がない。
「俺だ、アルファルドだ。入るぞ」
たぶんこのまま外にいても反応はないだろう。仕方なく部屋の中に入ることにした。
真っ暗な部屋、妙な圧迫感。この圧迫感の正体は積み重なった本だ。本と行っても文芸書とかではない。いわゆるマンガだ。この世界ではそこそこ高価なものだが、ビリーの家は金持ちで、父親が商人なので安く手に入る。
「ビリー、お前まだこんなことしてんのか?」
窓際のベッドの上で、大きな黒い塊がもぞもぞと動いた。
「なんだよ。なにか用か」
こちらを向いたビリーに、昔の面影はなかった。
今のビリーはそう、引きこもりのクソオタなのだ。しかも体型は昔よりだいぶ横に大きくなって、まるでデカイ肉団子だ。
「いつまでマンガばっか読んでる生活続けんだ? 学校だって最低限しか来なかったし。よく卒業できたもんだ」
「金さえ積めばなんとかなる。それが世の中だからね」
「金持ちズリーな」
「で、今日はなにしにしきたわけ?」
「ちょっと確認したいことがあってな」
「今更なにを確認するのさ」
「俺とお前って、その、友達だよな?」
俺がそう言うと、ビリーは露骨に嫌そうな顔をした。
「なに、言ってんの?」
「だから、俺とお前は友達だよな? フレンドだよな?」
「僕がお前を友達とか言うと思うか? お前が俺にしたこと、今でも忘れてないからな」
「なんかしたっけ」
「カブトムシ食わせたのもそうだ! かくれんぼしてたと思ったら勝手に帰ったりもしたな! なによりもソニアにあんなこと吹き込みやがって……」
吹き込んだ……。ああ、もしかしてガキの頃のあれか。
「口が臭い、体臭もひどい、近づくな。だったっけ」
そうそう、そうやって言えばビリーからイジメられなくなるぞって言ったんだ。我ながら最高の策だ。
「そんなこと吹き込むやつが友達なわけねーだろ!」
「ははっ、そんなくだらないこと、もう忘れろよ。ソニアだってあれだぞ、もう俺もお前も眼中にない感じにギャルになっちまったしな」
「そういう問題じゃないの! あれのせいで俺は女の人と上手く喋れなくなったの! 毎回毎回言われたらトラウマにもなるわ!」
「じゃあソニアに撤回してもらいに行く?」
「無理だろ! 今のソニアと話なんかできるわけがねーよ!」
「それもそうだな、俺もできれば話したくない」
「はあ、もういいから帰ってくれ。これからマンガ描くんだから」
「なに、マンガ家になりたいの?」
「俺がマンガを描けば最高の作品ができあがる。きっとそうだ、そうに違いない」
「ちなみに今までどれくらい描いた?」
「プロットはできてる」
「絵は?」
「練習中」
「誰かに見てもらった?」
「恥ずかしくて誰にも見せてない」
あちゃー。これあれだ。よくあるやつだ。「俺がラノベ書いたら絶対売れるから」って言いながら百文字も文章書けないやつだ。マンガで言うなら「はー、このマンガつまんね。俺が描いた方が絶対面白いわ」って言いながらまず描こうともしないで妄想ばっかり膨らませるやつだ。
「あー、うん。頑張って、な」
「ああ、僕が描いたら全部最高傑作だからな」
めちゃくちゃドヤ顔だけど、たぶんコイツの作品は一生外に出ないな。
仕方ない、今日のところは帰るとするか。
階段を降りていくと、セスナさんが上ってくるところだった。
「あら、もう帰るの?」
「ええ、なんか調子悪いらしいんで」
「それならこれ、持っていってちょうだいな。スピカちゃんにでも食べさせてあげて」
「はい、ありがとうございます」
すごいな、こういうことも想定してビニール袋とか用意してあんのか。ビニール袋、この世界では高価なんだけどな。
手土産をもらい、ほくほくのまま家に帰ることになった。スピカ喜ぶぞー。
「じゃねーよ!」
思わずお菓子を叩きつけそうになった。いかんいかん、スピカの高感度を上げるアイテムだ、大切にしなければ。
しかし、ビリーがダメだとするといったい誰が友達なんだ。
「もしかして、俺ぼっちだったのか……?」
「なに、アンタぼっちだったの?」
この声は……。
「なんだよ、勝手に独り言を聞くんじゃない」
シアだった。手には野菜が入ったカゴを持っている。手伝いが終わって今帰るみたいだ。
「アンタが気持ち悪い感じに呟いてるからじゃない。それにあんな優しい家族がいてぼっちって、ちょっと贅沢すぎるんじゃない?」
「いや、家族の話じゃない。振り返ってみると友達と呼べるような友達がいなくてな」
そうだ。コイツに友達になってもらえばいいんじゃないだろうか。じじいの判断基準なら、返事を強要してもクエストクリアになるはずだ。
「お前、俺の友達になれ」
「絶対イヤ。それじゃあ先帰るから」
と、俺の横をすり抜けて、シアは一人で帰ってしまった。
一刀両断。さすがの俺も傷つく。
「とりあえず帰って考えるか」
考えるのはスピカの高感度を上げてからでもいい。時間はまだあるのだから。




