六話
「はい、なんでも言うことを聞きます」
「なんでも、言うことを、聞きます」
下唇から血が出てるぞ。
「はい、お風呂も一緒に入るし、毎日添い寝もします」
「お風呂もぉ、一緒に入るしぃ、毎日添い寝もしますううううう」
「だー、もう、泣くなよ。嘘だから」
そして、脳内にトランペットの音が鳴り響いた。第一段階完了ってことなんだろう。
「クソ、割とうるせーな。ラッパやめろラッパ」
ポケットからハンカチを取り出してシアに渡した。おい、鼻水はティッシュで処理しろよ。
「ねえ、誰と話してるの?」
「いや気にしないでくれ。とりあえず、お前はこのまま母さんの手伝いでもしててくれ」
「アルはどうすの?」
「俺にもいろいろやらなきゃいけないことがある」
その内容っていうのが他人に口にできないようなことなんだが。
シアを母さんに押し付けて家を出た。行き先は決まっている。クエストを完遂するためにはまず、口説き落とせそうな女のところにいかなきゃいけないんだから。
それにしても、あれで口説いたことになるのすごいな。じじいの基準ってどうなってんだろ。
目的地は非常に近いので、歩いてすぐに着いてしまった。さて、どうやって口説いてやろうか。
「好きだ! はダメだな。後々面倒になる」
もっと遠回りをした方がいいな。
「俺のこと、どう思ってる? いや違うな。そんなの一蹴されて終わるだろ」
いざ口説けって言われても全然思いつかないぞ。そもそも元いた世界では童貞だったし、転生してからもまともに女の子といい関係になったことがない。
「というかこういうのってもっと時間かけるもんだよな……」
「なにが? つーか人の家の前でなにブツブツ言ってんの? チョーキモいんですけど」
背後から声がした。
急いで振り向くと、ウェーブがかかった髪の毛を指先で弄ぶソニアがいた。小さめのシャツにホットパンツ。体つきが十八歳のそれではないのですべてがパツンパツンだ。主に胸と太ももがやばい。これで刺激されない男はいないだろう。
「すまんな」
「別にいいけどそこどいてもらえる」
「あ、ああ」
半身開けて、ソニアに道を譲った。
なにか考えろ。今しかチャンスはないんだぞ。
「な、なあソニア」
ドアノブを掴む寸前に声をかけた。このままドアを開けてしまったら中に入ってしまうだろう。いや、ドアを開けてなくても入りそうなものだが。
いつからだろうな、ソニアが俺を避けるようになったのは。
「なに?」
こちらを振り向いたソニアは、心底面倒臭そうな顔をしていた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「ならさっさとしてもらえる?」
と、言いつつもちゃんと身体はこちらに向けてくれる。うん、こういう律儀なところは昔から変わらんな。
「気になってたんだけど、なんで俺のこと避けるようになったんだ?」
こう、こうだ。こうやって話のきっかけを作っていく。相手の反応を見ながら話を上手く方向を変えていく。よし、この作戦でいくぞ。
「あ?」
と、顔面の造形が一瞬にして歪んだ。お前、そんな鬼みたいな顔できるんだな。
「えっと、俺なんかまずいこと言った?」
「おめーもしかして覚えてねーとか言わねーよな?」
詰め寄られて、鬼のような顔面が眼の前まで近付いてきた。なまじ顔が綺麗なだけにめちゃくちゃ怖い。
「よく覚えてないんだよねー、これがっ」
まったく反応できない速度でビンタが飛んできた。そしてちょっとだけ意識が飛んだ。
「死ね!」
最後にそう吐き捨てて、ソニアは家の中に入っていってしまった。無情にもバタンとドアが閉まった。バタンというがドカンって感じの轟音だったが。
一瞬にして希望が砕け散ってしまった。
悔しさと少しの羞恥心を抱えたまま立ち上がる。周囲の視線が非常に痛いが、こんなところで寝ているわけにもいかない。