四話
「それじゃあ策を練るから一日ちょうだいね。行くよローラ」
サッと立ち上がってサッと帰ってしまった。
「期待しないで待ってるか」
二人が出ていったドアを見つめながら、俺はイスの背もたれに体重をかけた。改善すればよし、最低でも悪化しなけりゃやりようはある。と、俺は簡単に考えていた。
一人になって一息つく。そこで思い出す。
「そういやまだ畑仕事してねえな」
必殺技開発(失敗)のせいで、いつも午前中にする仕事をしていなかったのだと思い出した。
母さんもスピカも出かけているが鍵をかけて出ればいいだろう。
家を出たところでソニアと出会った。果物が入ったカゴを持っている。
「ようソニア、どっか行くのか?」
「まあ、その、あんたの家に」
「俺の家?」
「親戚の家が果樹園なんだけど、いろいろ果物をもらったからおすそ分けにと思ってきたんだけど」
そういや小さい頃からいろいろもらってた気がするな。
「そりゃありがたい」
「アルはどこ行くの?」
「畑仕事。いろいろあってまだやってなくてな」
面倒なことはさっさと終わらせるに限るからな。
「どれくらいかかる?」
「そこまでじゃない。ちょっと耕して、野菜採って、時間あったらそのまま狩りにでもいこうかなって感じ」
「そう、じゃあ私も行こうかな」
「なんでだよ。別に楽しくないぞ」
「いいの、アルと一緒にいたいだけだから」
なんて言いながらソニアが笑った。
そして目が合った瞬間にお互いに顔を逸らす。
「恥ずかしいなら言うなって」
「仕方ないじゃない、慣れてないんだから。はい、これ置いてきてよ」
果物のカゴを手渡された。俺はそれを受け取ってもう一度家の中に戻る。テキトーにテーブルの上に置いて返ってくると、ソニアはまだそこに立っていた。当然といえば当然なのだが非常に気恥ずかしい。
「ま、待った?」
「そこまで待ってないけど」
また顔を逸した。
ってなにしてんだよデートじゃねーんだぞ。
「じゃあ行くか」
「うん」
でもデートみたいだわ。
手を繋ぐことはなかったが、並んで歩いていると変な気持ちになってきてしまう。ただの幼なじみだったはずなのに、まさかこんなふうになるなんてな。
と言っても畑までは歩いて五分くらいなのでそんな時間も長くは続かない。
畑につくと俺は普通に畑仕事を始めた。ソニアは俺が作った掘っ建て小屋の脇に座ってこちらを見つめていた。
飽きるだろうと放っておいたが、十分経っても二十分経ってもこっちを見ている。姿勢なんかは変えてるしたまにあくびなんかもしているが、俺をガン見すること自体はやめようとしないのだ。
「やりづらい……」
クワを振り下ろしながらそう言った。平静に努めてはいるがここまでガン見されると困る。かといって他になにをしてろとも言えない。遊び道具なんて持ってきてないだろうし、二人しかいないのに片方は畑仕事をしているのだ。話をするのにも限度がある。
「なあソニア」
クワで畑を耕すのも終わり、道具を片付けて話しかける。
「なに?」
「畑仕事なんか見て面白いか?」
「まあそれなりに? 私は畑仕事ってしたことないし」
「お前の家は基本的に酪農だもんな」
「プラス衣類の染色。お兄ちゃんが酪農で私が染色を教わるっていうのは子供の頃から決まってたことだし」
「じゃあなおさらつまんねーだろ。見てたって意味わかんないだろうし、なにかの役に立つわけでもないしな」
「役には立つかもしれないじゃん」
「今見ててわかったと思うけど、日常生活にも染色にも貢献できないぞ。お前がこれから畑仕事を手伝わない限りは必要ない」
「じゃあ手伝うって言ったら?」
「人様に自分の家の手伝いさせるわけにもいかないだろ。お前も自分の家のことやらなきゃいけないだろうし」
「だからさあ、わからないかな。これから他人じゃなくなるかもしれないでしょってこと。言わせんなよバカ」
なんて言って顔を赤くしながらも歯を見せて笑った。
急に胸が強く脈打った。なんというか胸の内側からドクンと、まるで心臓が息をしているような。別の生き物がそこにいるんじゃないかと錯覚してしまうくらい元気に動いているではないか。
ああそうか。これが「ドキッとする」ってやつか。なるほどなるほど。なるほどー。
今気がついた。もしかしてこの女、俺が今まで思っていた以上に可愛いのでは。こんな可愛い女を放っておくなんてこの世の男達はどうかしている。
しかし、ソニアに「可愛い」と言うのをためらってしまった。そうして結局、俺はソニアにろくな褒め言葉も贈ることはなかった。