一話〈?〉
「ここにいたのか」
牛のような頭で身長が高く、筋肉隆々の男が暗闇に向けてそう言った。いや、暗闇の中に誰かがいる。
「仕方がないでしょう、気になってしまうのですから」
暗闇の中にいた魔族が薄く笑った。より人間に近い見た目の中年の魔族だった。
「進捗はどうだ?」
「まずまずといったところでしょうか。それでもこの方の魔力からすれば、他の魔族の魔力など微々たるもの。それも致し方ないでしょう」
「新しい魔王様も頑張っちゃいるみたいだがな」
「魔力だけならば文句はありませんよ。しかし魔王として考えると、ね」
「まあ確かにな」と牛頭が深くうなずいた。
「人を束ねるような器じゃねえな、ありゃ」
「頭の方が足りてませんからね」
中年の魔族がゆっくりと首を横に振った。
「なので、私たちには新しい統治者が必要なのです。数多くの魔族が頭をたれても不思議がないくらいの統治者がね」
「俺にはわからねえが、こいつはその資格があるってんだよな」
牛頭が中年魔族の更に奥の方へと顎をしゃくった。
「当然じゃないですか。この方は本当の意味で魔王になるに相応しい人物なんですよ。直近の二人の魔王など比べ物にならないくらいに」
「とんでもねえ入れ込みようだな。俺にはわかんねーや」
「貴方は好きなように暴れられたらそれでいいタイプですからね」
「そうそう、誰の下につくとかどうでもいいからな」
「貴方にも困ったものです」
中年魔族がため息をついた。
「そういえばどうしたのですか? 私を探していたようでしたが」
「おおそうだ忘れてた」
そんなことを言いながら、牛頭は豪快に笑って見せた。
性格は正反対であり、このようなやり取りはいつものことだ。だからこそ怒ることもなく、ただただため息を吐くだけにとどまっている。
「魔王様が呼んでたぞ」
「私をですか?」
「そうだよ、だから呼びに来た」
「それはまた、珍しいですね」
顎に指を当てて首を捻った。
魔王は牛頭のような魔族を好み、中年魔族のような堅苦しい魔族はあまり好きではないようだった。そのため中年魔族は今の魔王とはあまり接点がない。
「力を貸してほしいとかなんとか」
「私の力ですか? 魔王様に比べれば魔力はそこまででもないはずですが」
「倒したいやつがいるとか言ってたな」
「それで私に声をかけるとは、ない頭の割には考えたみたいですね」
ふふっと鼻で笑い、部屋の奥へと視線を向けた。
「ひでえ言い方だな」
「せいぜい新しい魔王の糧となってもらおうではありませんか」
月明かりが部屋に差し込む。そこには氷漬けにされた褐色の少女の姿があった。
「待っていてくださいシア様。必ずや貴女を魔王にしてみせましょう。あの伝承のように、最強の魔王に」
そう言って、中年魔族が少女に背を向けた。
「行きましょうか。魔王様に力を授けねば」
「その顔、なにか企んでるな」
「さあどうでしょうね」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして階段を登って魔王のもとへ向かう。
魔王パウルはまだ知らない。部下が自分を尊敬していないことも、自分を信頼していないことも、まだ知らない。