最終話
「まあいいけど」
と、俺も徐々に魔力を高めていく。
「後悔すんなよ」
「それはない」
どちらともなく駆け出した。きっと傍目から見れば、地面が爆ぜるのと同時に人間が消えたようにしか見えないはずだ。
そうして俺たちはぶつかりあった。
一発殴るとパウルが吹き飛んでいった。そりゃそうだ、今のパウルは俺と戦うだけの資格がないも同然だ。
「まだまだ!」
けれどパウルは起き上がって突進してきた。俺はパウルの拳を避けてまた吹っ飛ばす。それを何度も繰り返す事になったが、パウルは諦める素振りもなく突っ込み続けてきた。逆に俺が疲れるくらいだ。
俺とパウルがぶつかり合うたびに大地が揺れ、木々が騒いだ。それくらいには俺たち二人の魔力は異常なのだ。
そうして、ようやくパウルの動きが止まった。
「なぜ……」
パウルは両拳を握りしめ、奥歯を強くかんでいるようだった。
「なぜお前はそんなに余裕なんだ!」
「そう言われても困るんだけど」
パウルの魔力は異常だが俺と比べるとやはり劣る。そんなパウルが俺に勝つなんてできっこないし、そもそも相手にならない。
「お前に分身を倒されて俺も強くなってるはずなのに……!」
「それくらい俺が強いってことだ」
まあ、原因はそれだけじゃなさそうだけど。
今俺の目の前にいるコイツも分身だと思われる。いくら本体が強くなっても、分身がその恩恵を完全に受けられるとは思えないのだ。
そう考えると、実物は結構強くなってるんじゃなかろうか。
「とにかく、今のお前じゃ俺には勝てん」
「まだわからないだろ!」
突進してくるので顔面に掌底をくれてやった。その勢いで地面を転がって、数メートル先で停止した。
でもまた起き上がって突進。さすがにこれも疲れた。
「悪いけど」
突き出された拳を左手で掴む。
「これで終わりだ」
右拳を腹に向けて突き上げる。そのまま分身の体を引き裂くようにして、魔力を打ち込んでやった。
「なん……で……」
腹部からバラバラになっていくパウル。そのまま空中に溶けて消えていった。最後まで悔しそうな顔をしてたな。
ちなみに、パウルの分身がバラバラになったのも分身だからだろう。本体がもっと強いとすれば、分身ならこれくらいは間違いなく耐えるはずだ。
「もしかしたら、このままだとマズイかもしれんな」
また一体分身を倒した。これで四体倒したことになる。戦うたびに強くなっていくのを実感しているからこそ危機感を抱いているのだ。今のうちに「対パウル用必殺技」でも開発しておいた方がいいかもしれない。
その辺は帰ってから考えればいいだろう。
その時、脇腹がズキッと傷んだ。
「あの野郎……」
戦闘中に一発もらってたらしい。どのタイミングかはわからないが、これは本気で必殺技が必要になりそうだ。
そんなことを考えながら俺は家に帰った。馬を放してしまった上に空中に浮き続けるのは疲れるのでダッシュで帰った。
風呂に入って飯を食べて自分の部屋に戻る。
「当然のようにいるよな」
「あ、おかえり」
じじいである。
「人のベッドの上で寝転がりながら漫画を読むんじゃねーよ」
「別に構わんじゃろ? ワシと主は運命共同体じゃ」
「いつからそういう設定になったんだよ、さっさとどけよ」
「つれないのう」
なんていいながら立ち上がりイスの方へと移動した。最初からそこにいてくれ。
「どうしたんじゃ、あんまり元気ないのう」
「まあいろいろあってな」
「さてはシアちゃんのことじゃな? お主も隅に置けなんのう」
じじいは口元に手を当てて頬を染めていた。キモい。
「そういやそんなこともあったな」
「なんじゃ、シアちゃんとなにかあったにも関わらずそれを忘れるほどの出来事があったのか?」
「ああ、パウルのことでな」
「新しい魔王か。最近仲が良さそうじゃのう」
「バッチバチだよクソが」
事あるごとにぶつかってるよ。
「今の状態だとお主の方が強いじゃろ?」
「今はな。これからどうなるかわからん」
「元魔王三人もいればなんとかなるっしょ」
「物事軽く見すぎだろ。分身全部倒したらどこまで化けるかわかんねーぞアイツ」
「ふむ、それじゃあ修行が必要じゃな?」
「一昔の少年漫画みたいに「とりあえず修行」の方向で考えるのやめてもらっていい? そういうのいいから」
まあよくはないんだけど。
「じゃあどうするんじゃ? このままではヤバいって思っとるんじゃろ?」
「そうだな、みんなに協力してもらって必殺技くらいは開発しようかと思ってる」
「修行じゃん」
「修行って言うな。とにかく今日は疲れた」
ベッドに倒れ込んだ。温いのがちょっと気持ち悪かった。
「そうかそうか、自分で考えているなら問題なかろう。ゆっくり眠るがいい」
じじいはそう言いながら、光に包まれて昇天していった。このまま一生消えてくれないかな。
目蓋を閉じてじっとしていると眠気がやってきた。水泳もしたし戦闘もしたのでいい感じに疲労しているのだ。
少しずつ、少しずつ体が沈み込んでいく感覚がやってきた。
数分後には意識がなくなり、俺は夢の中へと入っていくのだった。