九話
こいつには言ってないが、あのまま放置しても問題はなかった。別に大爆発しても、結局その程度の爆発で終わっていただろう。あの辺が消し飛びそうになっても、俺の力があれば抑え込むことができたはずだ。
「なるほど、私はアンタにとってその程度の存在なんだ」
「なに怒ってるのか知らんがその程度っていうのは言い過ぎじゃないか?」
「言い過ぎ? なにが?」
「一緒に暮らしてて一緒に寝て一緒に風呂入ってその程度はないってこと」
「それは一緒に暮らしてるだけだし、お風呂に勝手に入ってくるだけだし、勝手に布団に引きずり込むだけの話でしょうが。そこにはなんの感情もないってことでしょ」
「なんの感情もないは俺を馬鹿にしすぎだろ。女の子とイチャイチャしたいからそうしてる」
「それは女の子だったら誰でもいいってことでしょ」
「別にそういうわけじゃないけど」
興味がない女にそんなことしたいとは思わないし。
「アンタがどう思ってても関係ないの。私にはそういうふうに見えるんだから」
そうしてまた俺から逃げようとする。
「ちょっと待てって。話し合いをだな」
伸ばした手が払いのけられた。
「話し合いなんか必要ない。アンタが私のことどう思ってるかよくわかったし」
「どう思ってるってどういう意味だよ。どうも思ってねーよ」
次の瞬間、目にも留まらぬ速度でなにかが放たれた。そして一瞬気を失っていたらしく、気がつけばシアの背中が遠いところにあった。
おそらくあれはシアの拳だ。見えないほどの速度で放たれた拳が俺の顔面を直撃したのだ。
顔を触ると血がついていた。鼻血なんて久しぶりに出した気がする。
「なんなんだよアイツ……」
アイツがなにを考えているのかさっぱりわからない。俺のことを嫌がっているふしがあるから、俺もそれを考慮した上で接してるっていうのに。
「いや待てよ。アイツが俺を嫌がってるならソニアとのことにも口を出してこないし、今日ここにデートしに来ることもなかったのでは?」
さすが天才の発送は並外れている。
「誰かに言われないと他人の好意に気が付けないほどのバカではないのだ」
まあ気がつくのが遅いとか言われたらなにも言い返せないが。
とにかくアイツのあとを追いかけてなんとかしなければ。俺たち二人の間に入った亀裂が完全な破壊に変わる前に手を打つ必要がある。
「んじゃ行くか」
そう言って立ち上がった時、大きな魔力の塊が背後に現れた。
急いで振り返るとそこには新しい魔王がいた。
「なにしてんの?」
右手にはたこやき、左手にはかき氷、口には三本のやきとりを加えていた。付け加えるなら肩から大きな浮き輪を斜めにかけている。海パンは黄と赤と白のとんでもなく派手なやつ。
「ひょうふだ」
「口の物なんとかしろ」
魔王は器用にやきとりを平らげた。すごいな、全部口に放り込んであとから串を出すの、絶対痛いと思うんだけど。
というかこの前よりも背が伸びたな。筋肉質にもなったし。まあ本人にはなにも言わないけど。
「俺と勝負だ」
「とりあえずその格好をなんとかしろ。まずかき氷からな」
「わかった。少し待っててくれ」
「その間にちょっとトイレ行ってくるな」
「いいぞ」
そんなやり取りをしてから俺は魔王の元を離れた。もちろん向かう先はシアがいる場所だ。まあどこに行ったかはわからないけど。
「更衣室の可能性もあるな。行かなければ」
アイツのことだ、もう帰るとか言って一人で着替えている可能性が高い。それならば俺も女子更衣室に行かねばならないだろう。これは宿命と言わざるをえない。俺と女子更衣室の宿命だ。
『シアはフードコートでジュース買ってるよ』
その時、耳元で声がした。
「イズルか?」
『そうだよ。今キミの耳元にボクの分身がいる、ソイツが喋ってるんだ』
「怖い」
まだテレパシーとかの方が納得できるんだけど。
『これが一番手っ取り早いんだよ。わかったらさっさと行きなよ』
「いやしかし女子更衣室に行かなければ」
『なんで』
「シアがそのまま帰るかもしれないだろ? だったら女子更衣室の安全を確保しておかないと」
『一番危険なのはキミだよ。とにかく早く』
「なぜこんなことに……」
監視役のせいで俺はフードコートに行くことになった。こういうお使いクエストあんまり好きじゃないんだよな、なんてことを思いながらフードコートに向かった。
俺がフードコートに到着した時、シアが知らない連中と一緒におしゃべりをしていた。相手は三人組の男。茶髪に金髪に坊主で全員筋肉質である。ちょっとチャラい感じがするのは気の所為ではないだろう。チャラくてイカツイ、現実の世界じゃかかわり合いになりたくないタイプの人たちだ。
まあ、今となっては力でねじ伏せられるからいいけど。