五話
魔王は片膝をつき、腹を抱えたまま俺を見上げた。
「やるじゃねーか貴様」
「それしか言えないのかよと」
というかマジで予想以上に弱い。分身かもしれないが、俺の分身よりも圧倒的に弱いではないか。
「とりあえず今お前を倒せば障壁一枚破壊だな」
「できるものならやってみろ!」
って言われるもんだから少しだけイラッとした。
拳に魔力を溜めていく。
「おおおおおおおおおおお……」
「ちょっと待て、そこまでする必要は――」
「喰らえ! 必殺の魔法拳!」
そう言いながら分身の胸に拳を打ち込んだ。分身は叫び声を上げる暇もなく、俺の魔法の前に塵となってしまった。
「成敗!」
後頭部に何かが直撃した。それは空中で粉々に砕けたが、匂いからするとピーナッツ的ななにかだろう。どうせシアが飛ばしたものだ。
これで障壁は残り五枚。順調に進んでいる。
「アル!」
そう言いながらソニアが走ってきた。そして抱きつかれた。
「おいおいおい熱烈すぎるだろ」
「痛いところない? 大丈夫?」
「問題ない。こういうのは日常茶飯事だしな」
「日常的に起きてるからって大丈夫かどうかは関係ないでしょ? 怪我は?」
「もう治った。強力な魔法が使えるからな」
「そう、なんだ……」
なんというか、こういうふうに心配されるのは新鮮だな。たしかに一般人からしてみれば、こんな戦闘を見て平常心を保っているのは難しいだろう。
「お前が考えるようなことはないから大丈夫だ」
「それならいいんだけど」
「んじゃ帰るか。デートっぽくはなくなったが」
「まだデートっぽくできるよ」
なんて言って俺の手を取った。
「お前……」
人生初の恋人繋ぎでそれくらいしか言葉が出ませんでした。
ソニアは満面の笑顔だった。その顔を見て、なんというか、恋人繋ぎとかどうでもよくなってきた。
そんなこんなで俺とソニアはまた馬で帰ることにした。ソニアが前に乗っているため、ちょいちょい腕にソニアの胸が当たる。これのために馬に乗っていると言っても過言ではなかった。
町に帰ってきてソニアの家の前で一旦止まる。
「今日はありがとうな」
「こちらこそ」
「じゃあまたね」
ソニアが背伸びをして頬にキスをしてきた。
「いきなりそんな大胆な……」
ソニアは笑いながら家の中に入っていった。まさかここまでぐいぐい来るとは。
「はー、ドキドキする」
この時は後頭部にはなにも飛んで来なかった。不思議には思ったが、まあそういうこともあるだろうということで納得した。男の後頭部になにかをぶつけ続ける遊びも、さすがに一日続けてれば飽きるだろう。
家に帰ってきて風呂に入って飯を食って一息ついた。今日の出来事はなかなか強烈だった。魔王はクソどうでもいいのだが、ソニアがあそこまで俺を想っていたとは知らなかった。思い出しただけで顔が熱くなってくる。
「なにを赤面しておるんじゃ」
どこからともなくじじいの声が聞こえてきた。
「どこだよ」
「ここじゃ」
「ここって言われてもわからん」
確かに部屋にいる。気配はあるんだがどこにいるのかまではわからない。
「ここじゃって」
割りと前方から声が聞こえてくる。
目を凝らして見てみると、なんだかドアに違和感がある。
「お前もしかして」
俺がそう言うとドアが動いた。
「擬態でした!」
ドアが盛り上がったかと思うと、木目調のじじいが現れた。
「擬態でした! じゃねーわ。頭どうかしてんのか」
「楽しいじゃろ?」
「これが楽しいと感じるのはお前だけだと思うが」
「わしに子供はいないが、もしも子供がいたらこんな気持ちなのかもしれんのう」
「どういう気持ちだよ」
「ほれ、小さい頃はお父さんお父さんって慕ってくれたのに、大きくなるにつれてそういうのがなくなるって言うじゃろ」
「知らんが」
「まあ、そういうことなんじゃ。ちょっと寂しい気持ちにさせられる。もうお主もその段階にきてるのかもしれんのう……」
「待て待て、よくよく考えれば俺はお前を慕ったことなんてないぞ」
「いつもお願いしてくるじゃろ」
「別にお願いはしてないが」
利用させてもらってはいるが正しい。
「とりあえずその木目調をなんとかしろ」
「そういえばそうじゃな」
じじいが指を鳴らすと、木目調が解除されていつものじじいに戻った。