二話
足早に山を降りつつ、母さんへの言い訳を考えていた。同時に、この子にも口裏を合わせてもらわなきゃいけない。
そんなこんなで家に到着。ドアを開けると、母さんが編み物をしている最中だった。
「あら、その子どうしたの?」
「山で拾った。応急処置はしてあるから、とりあえずベッドで寝かせてやりたいんだ。あとこれジャイアントスネーク。今日の夕食ね」
「あらあら、ジャイアントスネークなんて久しぶりね。あんまり出会えない貴重な食料だわ」
袋を受け取った母さんは、いそいそとキッチンへと歩いていってしまった。結構でかい袋なのに普通に持ち上げるのな。やっぱ母は強いわ。
とりあえずこの子を俺のベッドに寝かせよう。
自室に入り、少女をベッドに寝かせた。すると、再び彼女の瞼が開いた。
「ここは?」
「俺の家だ。まだ身体も痛むだろ? しばらく寝てれば楽になるぞ。今水持ってきてやるから待ってろ」
「はいお水」
そこへ母さんがやってきた。水が入ったガラスの瓶とコップを持ってきてくれたらしい。
「ありがとう、母さん」
「お礼はいいわよ。だって母さんだもの」
なんて言いながら腕まくりをしていた。ホント、いい家に生まれたな。
母さんが出ていったあと、コップに水を注いで少女に差し出した。少女は上半身だけを起こし、コップを受け取った。
喉を小さく鳴らしながら水を一気に飲み干す。喉、相当乾いてたんだな。
横目でドアが締まっていることを確認。これでようやくまともに話ができるな。
「喋れるか?」
「ええ、喋れるわ。水、ありがとう」
「礼はいいさ。んでだ、どうしてあんなとこにいたんだ?」
「ディアボリックシンドロームで死にかけていたから、魔王城の人たちに連れて来られたのよ。ここなら爆発しても問題ないからって」
「クソ野郎だな。ディアボリックシンドロームの爆発つったら町一つ平気で吹っ飛ぶぞ……」
俺が見つけなかったらどうなってたことか。
ああ、なるほど。ディアボリックシンドロームなのに魔力の膨張を感じなかったのは、意図的に隔離されてたからか。今の魔王城はどうなってんだ。
「まあ、助かってよかったな」
彼女は俯き、手を強く握りしめていた。
「俺はアルファルド=レグルスだ。お前は?」
「私はアナスタシア=ベラドンナ=ララ=オルバレンサ」
「なげーな。俺のことはアルでいい。その代りに俺はお前をシアと呼ぶ。いいな?」
「魔王だということを悟られないためね、わかったわ。それでいい」
「それとこれからはシア=ベランサと名乗るといい。そのままの名前だと魔王ってバレる」
「わかった、従う。それでアル、聞きたいことがあるの」
「なんだ、嫁候補のことか。んじゃ詳しく聞かせてやるとするか」
「いいえ、違うわ」
「うん、知ってるけどもうちょっとマイルドにぶった切ってくれ。どうせ俺がお前をどうやって助けたのか聞きたいんだろ?」
「ええ。アナタは、何者なの?」
「あー、そうだな。なんでもできる超人ってことにしておけ。その方が面倒くさくない。あとお前が魔王で俺が助けたっていうのは他のヤツには内緒な。バレるとさらに面倒になる」
「それじゃ納得できないわ」
「まあたぶんそのうちわかるさ。その時が来たらな」
「今は教えられない、と」
「俺にもいろいろあるの。頼むから理解してくれ」
「仕方ないわね、従ってあげるわ。感謝なさい」
クッソ上から目線だな。今まで死にかけてたっつーのに偉そうだなコイツ。
その時、腹の虫が鳴いた。俺のじゃない、シアのだ。
「腹、減ったのか?」
「今のは私じゃないわ。アナタのでしょ」
「じゃあ食事は持って来なくてもいいな」
そう言いながら立ち上がった。
「私のじゃないけど食事は持ってきなさい!」
「えー、腹減ってないんだろ? だったらいいじゃん」
彼女は顔を真っ赤にしている。奥歯を強く噛んでいる様子がうかがえる。
「私の、腹の、音です……」
「え? なんだって?」
「私のお腹の音だって言ってるでしょ!」
「どうして欲しいんだ?」
「食事が、欲しいです……」
「ええ? なんだってー?」
「食事があ、欲しい、ですぅ」
ヤベ、泣いちゃったよ。情緒不安定か。
「わかったわかった、悪かったって。ディアボリックシンドロームのせいで飯もろくに食べてないんだもんな。もうちょっと夕飯までは時間がある。そうだな、夕食までのつなぎにあれでも食わせてやるか」
ベッドの下からクッキーを取り出す。俺の非常食だ。主に寝る前に食べる用。母さんに知れるとうるさいから隠してある。
箱からクッキーを取り出し、シアがもくもくと食べ始めた。それにしても食べる速度が遅い。腹が減ってるやつの速度じゃないぞ。
「もっとガツガツいっても文句は言わないぞ?」
「これ以上早く食べられない……」
可愛いかよ。
「そ、そうか。それならいいんだ」
クッキーを食べる姿を見ながら、これからどうしようかと考えた。