三話
最初はシアのことは「可愛いし嫁にでもしよう」とかテキトーに考えていた。それくらいは許されるだろうとかよくわからない思考が動いていたからだ。
「正直、今ならまだ勝てると思ったの」
と、ソニアが微笑んだ。
「勝てるって、誰に?」
「シアに」
「勝負でもしてたのか?」
「してない。でも、人って近くにいるひとには好意を寄せやすいものなんじゃないかなって思うから」
「好意って、シアは俺のことなんとも思ってない」
「そう思ってるのは本人だけ。傍から見てれば、お互いに惹かれ合ってるのはわかるんだよ」
「俺とアイツが? ないって」
「なんでそう言い切れるの?」
「なんでって、そういう関係じゃないからだ。さっきも言ったけど、家にいるのだって住む場所がないからだ。俺が連れてきたんだし、俺が責任を取るのがスジってもんだろ? そりゃ、まあ、下心が完全になかったと言えば嘘になるかもしれないけど、それは恋愛感情がどうとかって話じゃない」
「でも大事にしてる」
「友達だからだ」
「じゃあ私のことは大事?」
「そりゃ大事だよ」
「友達だから?」
そこで言葉に詰まった。
俺にだって、ここで「友達だ」と言うのがどれだけ残酷なことかはわかっている。それはソニアの好意がどの程度の物かが理解できているということだ。
「友達、だからだ」
なぜだかとても苦しかった。
なにをどう言えば正しいのか。そもそも黙っているという選択肢もなくはないのではないか。逆に異性としてとでも言えば納得してもらえるんじゃないだろうか。
いろいろ考えて、この結末にいきついた。
「そっか」
けれど、思ったよりもソニアは晴れ晴れとした顔をしていた。
「嘘吐かれたら殴るところだった」
「嘘って?」
「私のことを異性として見てる、とか?」
「なんでそれが嘘ってことになるんだよ」
「アルってそういう感じの人じゃないから」
「そういうってなんだよ……」
急に力が抜けてきた。もっとめちゃくちゃに怒られるとか泣かれるとか、そういう展開が待ってるのかと思ってた。
「なんていうか、基本的に誰も異性として見てない感じ」
「そんなことないぞ。女は好きだ」
「性的にね。異性として好きとか嫌いとか、そういう感情は一切ないような気がするんだ」
「最低のクソ野郎じゃねーか」
「アルのことだけどね」
なにも言えない。
確かに、異性として意識することは多々ある。でもそれは恋愛感情込みの話ではないと思う。
「でもそれがアルらしいところだなとは思う」
「そこは怒ってもいいポイントでは?」
「アルが恋愛感情に鈍ければ鈍いほど、私にはチャンスが巡ってくるっていうこと。だから今はこのままでいいかな」
「それでいいんか……」
「まあ、覚悟はしておいてほしいけどね」
「なんの覚悟だよ」
「これからはただの友達じゃいられないかもねってこと」
爽やかでイタズラな、歯を見せた笑顔だった。カッコよくて可愛くて、女性としてはすごく魅力的なのはよくわかる。顔もいいし体つきも女性らしい。元気があって、けれど慎ましさも垣間見える。
それでも、俺はソニアとそういう関係になった自分を想像できなかった。
「どうしてそこまでするんだ? 報われない努力になるかもしれないだろ」
「報われなかったかどうかを決めるのは私だから、かな」
俺のどこがそんなにいいんだろう、なんてのは野暮なんだろうな。
「わかった、もうなにも言わない」
「そうそう、言わなくてもいい。覚悟だけしておいてくれれば」
「その言い方が怖いんだよな……」
「そんなことないって、まだ友達だから」
ソニアは俺に右手を差し出してきた。
「はいはい」
俺はその右手を取った。
「さあ帰ろう!」
「仰せのままに」
こうして俺たちは友人関係から強固な友人関係になったままデートを終えた。らしい。あとは帰るだけだ。