一話
父さんが腰を悪くしたため、仕方なく山の中に狩りをしに来た。できれば一度そこそこのところまで上り、下ってくる時に狩りをしたいもんだ。
でも不思議なことに、動物一匹出てきやしない。モンスターにでも食われてしまったのだろうか。いやでもそんな気配はどこにもないんだよな……。
山の中腹までやってきた頃、微弱な魔力を感じ始めた。弱小モンスターでももうちょっと強い魔力だと思うが、いったいなにものなんだ。
俺が魔力を感じられるのは、百一回という転生がもたらしたものだ。
それからまた山を登り、その魔力の正体がようやくわかった。
道の真ん中に女の子が倒れている。黒い外套に黒いスカート、全身黒一色だ。
この子が魔力の正体なのだが、魔力を常に放出しているってことは魔族なのか。
頬はこけ、手足は細い。ろくに食事もとってないんじゃないだろうか。
しかし、可愛いな。やせ細っているとはいっても、顔面偏差値めちゃくちゃ高いぞ。目は大きくまつ毛は長いし、小さいけど鼻も高い。唇の形も非常にいい。
やべ、意識したらちょっとドキドキしてきた。
やや躊躇はあるが、しゃがみこんで肩を揺すってみた。
「おい、大丈夫か」
身体は揺れるが胸は揺れないっと。
「いやこんなことしてる場合じゃねーだろ」
首筋に指を当てて脈を確認。うん、割と正常だ。
が、息が荒いし顔も赤い。魔力放射量が少ないけど、触った感じ異常なほどの魔力が彼女の体内で暴れまわっているようだ。
「ディアボリックシンドロームか。飯が食えなくても仕方ないな」
目を疑うけど、間違いなくコイツは魔王だ。そして魔王の死因の七割以上を占めるディアボリックシンドロームにかかっている。ちなみに俺が魔王だった時もディアボリックシンドロームで死んだ。
魔王は年を重ねるごとに魔力が増していく。ある一定の年齢までは身体も成長するからその魔力に耐えられるが、その一定の年齢をすぎると魔力だけが膨れ上がっていく。結果、膨張していく魔力に身体が耐えきれなくなって魔力爆発が起こる。
まあ体内から爆発が起きれば魔王でも死ぬわな。それに魔力爆発は非常に範囲が広い。町一つくらいは余裕で吹っ飛ぶ。
ディアボリックシンドロームは発症すると身体が痛む。食欲もなくなり、どんどんと身体が衰えていくのだ。悪循環という言葉がよく似合う。そして少女がガリヒョロなのもうなずける。
俺ならこの小さな魔王を救うことができる。だが、それをしていいのかどうか。判断が非常に難しい。
そっと、額に触れる。汗ばんでいて熱が高い。あまり時間がなさそうだな。
「なあ」
彼女の瞼が僅かに開かれた。
「たす、けて」
小さな少女にそう言われて、助けないわけにはいかないだろ。
いや、別に可愛いからとかそういうわけじゃないけど、可愛くなかったら助けようと思わなかったかもしれない。あくまで可能性の話だ。
「俺の嫁候補になるんなら助けてやらんでもない」
それなりに取り引きはさせてもらうけどね。
どっかで童貞卒業しとかないとまた死んじゃうかもしれないし。可能性増やすくらいはいいでしょ。
「およめ、さん?」
「そうそう。俺のお嫁さん、候補。まだ確定じゃなくて」
「そんなの、無理に決まってるでしょ……」
この状況でこんなことが言えるってことは、相当気が強い女なんだろうな。
「そうでなきゃ助けてやれない。俺に利益がないからな。もしも嫁候補になるのであれば、助けてやらんでもないが?」
少しの間、彼女は黙り込んだ。そして、おずおずと口を開いた。
「――わかった、わ」
屈服成功。いやー、魔王を屈服させるのは最高に気持ちがいいな。
「嫁候補になるってことでいいんだな」
「なる、から……たすけて……」
弱々しく挙げられた右手を掴んだ。そこまで言われたら助けるしかないな。
本当は俺の嫁候補になるなんぞクソ喰らえなんだろうが、ディアボリックシンドロームというのはそれほどまでに強烈な痛みを伴う。判断力も低下するだろうし、痛みから開放されるならそれくらいは、と考えてしまうのもうなずける。
それはそうと、終わったらどんなことをしてやろうか。今から楽しみで仕方がない。
「なんて、そんなことする度胸はないんだが……」
彼女の胸に右手を置いた。まだまだ発展途上だが、乳房は柔らかく手が少しだけ沈み込んだ。
「我慢してろよ。すぐ終わる」
まずは解析。なるほど、魔力を放出する器官がちょっと弱いのか。それに魔力放出用のパイプの数が極端に少ない。だからまだ成長途中なのにディアボリックシンドロームになったのか。普通は初老くらいでなる病気だしな。
つまり、魔力放出を促してやればいいわけだ。
少女が苦しそうに喘ぎだす。おいおいやめてくれ、集中が途切れるじゃねーか。
弱っている器官を再生。再生というよりも強化に近い。ちゃんと機能するように調整しといてやるからな。
放出用のパイプを増設。血管を無理矢理増やしたようなもんだから、しばらくは身体が痛むだろうな。
あとは今現在駐留している魔力を俺が吸い上げてやれば。
「よし、完成だ」
喘ぎ声止んで、今は深く荒い呼吸を繰り返すだけになった。
でもこのままにするってわけにもいかんな。
「仕方ない、家に運ぶか」
お、ちょうどいいところにジャイアントスネークだ。今日は蛇の肉で決まりだな。
さっとぶっ倒して、切り刻んで袋に詰めた。人より大きい蛇なだけに、その肉はかなりの量になってしまった。
袋を背負い、少女を抱きかかえた。
「軽すぎんだろ、何食ってたんだコイツ。いや、食ってないんだっけな」
スピカよりも身長は高いが、スピカと同じくらい軽い。でもこれからはちゃんと食えるようになるだろう。