十話
しかしアイツはどうして一番遠くまで行ってしまったのか。実は俺が思っているよりもずっと嫌われているのだろうか。
「どうして……?」
いかん、思い当たることが多すぎて「じゃあ嫌われても仕方ないな!」っていう気持ちにもなってくる。
「今度マッサージでもしてやれば機嫌直るか……?」
「そんなことしたら余計嫌われるよ」
そう言ったのはイズルだった。
「なんでだよ。みんな大好きマッサージだぞ」
「キミが言うとどうしても普通のマッサージだと思えないんだよ。特にシアに対してはね」
「普通普通。ちょっと脇の下とか内ももとかマッサージする程度だから」
「本気だったら今以上に嫌われるからね」
「本気じゃないけど、アイツにやったら楽しそうだなとは思ってる」
「そんなことだから嫌われるんじゃないか……」
「アイツが相手だとどうしてもイジワルしたくなってしまうんだから仕方がない。男の性ってやつよ」
「好きな子にいたずらしたい子供心の間違いだと思うけど」
「うーん、シアのことは好きだけどそういう感じじゃないんだよなあ」
なんというか女としてという感じがない。
「それ、本人に言わない方がいいよ」
「は? なんで?」
イズルは頭を押さえながらため息をついていた。
「あのねえ、好きでもない男に抱きしめられて、好きでもない男と一緒に風呂に入って、好きでもない男と一緒に寝て。普通女の子ならもう顔も見たくないって思ってるはずなんだよ」
「だからこうやって俺から逃げてるんだろ?」
「本来ならキミの目が届かないところまで逃げててもおかしくないよ」
「俺の力を持ってすればどこにいても追いかけられる」
「怖いんだけど……ってそうじゃない。それでもキミと一緒に住んでる意味を考えなよってこと」
「俺のことが好きだからじゃん? 顔良し性格良し能力高し。金はないけどなんとかなる。ほら最強」
「本気で言ってるのかい?」
「こんないい男はなかなかいない。俺が言うんだから間違いない」
「これ以上ボクから言えることはなにもないかな」
諦めるのがはえーな。もうちょっと粘ってくれよ。一番確実なのはイズルが俺に男性的な魅力を感じてないってところだな。
霧の中を二十分ほど歩いただろうか。ようやくシアを発見することができた。が、シアは力なく地面に横たえていた。急いで駆け寄るがちょっとだけ体がピリッとしたが、霧の中に静電気でも発生させるなにかがあるんだろうか。
シアの体を抱き上げる。コイツはいつ抱き上げても軽いな。ちゃんと食べてちゃんと寝ているはずなんだが縦にも横にも前にも大きくならんな。さすがの俺もちょっとだけ不安になる。
「おい、大丈夫か」
熱はないし呼吸が荒いというわけでもないし脈も正常だ。魔法で体内を探ってみるが魔法をかけられた様子や病気になった感じでもない。唯一おかしな点が一つだけあるとすれば……。
「寝不足、かな?」
こんなところで寝るか、とは思ったが、シアの頭があったところをみると自分の上着を枕にしていたようだ。どうやら魔法で結界を張っていたようだが、俺にとって結界が弱すぎてピリッとしただけで終わったらしい。中程度の魔物を寄せ付けないようにするためのものだろうしそんなもんか。
「起きろ」
少し声を大きくする。
「おいこら」
さらに大きくする。
「シア!」
怒鳴ってみるがまったく起きる気配がない。
「クソー! 負けたー!」
「その悔しがり方はおかしい」
イズルはちゃんと役目を果たしてくれているみたいだ。
「で、どうするつもりなんだい? シアのその感じだとなにやっても起きないと思うけど」
「もう裸にするしか」
「やったらキミの家族にそのことを告げ口するしかなくなる」
「じょ、じょじょじょじょ冗談に決まってるだろ! ふざけるのも大概にしろよ! 俺のことなんだと思ってんだよ!」
「九割本気だったやつだと思うけど……」
「九割は言い過ぎ。八割程度だよ」
「どっちでもダメだと思うよ」
「大丈夫だ、二割の良心がちゃんと生きてる。この良心がある限りダメは方向には行かないはずだ」
「なにかのフラグにしか聞こえないけど、仕方がないから信じるしかないかもね」
呆れた顔でため息をつくんじゃない。
眠って脱力しているシアをおんぶして出発することにした。今までの流れだとぶっちゃけ話暴露大会になりそうなところをシアが睡眠という形で妨害してくれた。多少強引ではあったが流れを止められてよかった。
一応パーティメンバーを回収し、再度タブレットを左手で持って歩き始めた。
赤い点は坂道の上にあるのでシアをおぶったまま上るのはそこそこ苦労する。重量とかではなく態勢とかそういう面で疲れるのだ。
そういう時はシアのお尻を触って「おんぶという行為」に報酬をもらうのだ。まあそのたびに後ろにいるイズルに太ももを蹴られるのだがどうしてもやめられない。細くて肉付きが悪そうに見えるシアだがお尻は例外みたいだ。