一話
あれから数日。俺は今までにないほどに平穏な日常を過ごしていた。午前中に畑仕事をして、お昼を食べて、午後には山に狩りにでかけて、お風呂に入ってご飯を食べて寝る。最高の日常だ。こうして夕食を食べたあとにベッドに寝転んでぼーっとするのも最高だ。
そう、最高だ。
「最高に暇じゃん……」
今まで散々じじいにもてあそばれてきた分、あのクソみたいなミッションがなくなったらなくなったで割と暇なのだ。
たまにローラやシアと手合わせしたりもするが、逆に言うとそれくらいしかやることがない。あとあるとすればスピカに勉強を教えたりその程度だ。そろそろなにか継続できる趣味でも持つべきなのかもしれない。
そんなことを考えていると、開け放ったドアの向こうにシアが見えた。なにやらチラチラこっちを見ているがなにかを言うことはない。
そのままドアの前をうろうろしてまたどこかに行ってしまうのだが、ここ最近ずっとこんな感じなのだ。言いたいことがあれば言えばいいのに。なんというか、非常にアイツらしくない。
「まあいっか」
話したいことがあれば自分から話してくるだろ。
「本当にそれでいいのかな?」
と、急にじじいの声が聞こえた。
「急に現れるなよ……ってどこだよ」
体を起こして部屋の中を見渡すが姿は見えない。でもいつものように頭に話しかけてきたわけでもない。
「ここじゃ」
ベッドの下からスライドして出てきた。
「怖いわ」
「たまにはホラーの趣も必要かと」
「なにに必要性を感じてるのか知らんが普通に出てこいよ」
ため息を吐きながら立ち上がってドアを閉めにいった。シアはじじいのことを知っているが母さんやスピカはまだ知らない。一生知らないままでいいんだ。
「で、今日は何。もうお前に用はないんだけど」
俺がベッドに座ると、さも当然のように隣に座ってきた。
「真隣は気持ち悪いって」
腿が触れそうなくらい近いのは距離感が狂ってる。
「たまには、ね」
思い切り頭をひっぱたいてやった。これこれ、この感じだよ。
「生き生きした顔するのう」
「生の喜びを実感してるからな。で、なに」
ベッドを離れてイスに座った。
「お主にちょいと頼みたいことがあってな」
「イヤだよ」
「内容くらい聞いてもらえない?」
「イヤだってば。どうせ面倒くさいじゃん」
「まあ確かに面倒くさいけれども」
じじいは自慢の白ひげを何度も触り、思いついたかのように目を見開いて思い切りひげを引っ張った。めちゃくちゃ怖い。
「大丈夫。ちゃんと報酬も出す」
「今度はなにくれるんだ? また神様コインか?」
「ダメ?」
「キモい上目遣いをやめろ。その神様コイン使って今度はなにしてくれるんだ?」
「そうじゃのう、お前の平穏な日常というのはどうじゃ」
「今でも十分平和だが」
「それがそうでもないんじゃ。イズルを倒した時に黒い柱が上がったじゃろ。あれは魔王が降臨した証拠なんじゃ。その魔王がまた曲者でのう」
「ヤバいの?」
「くっそヤバいのう」
「そうか。じゃあお前がなんとかしろな」
首根っこ掴んで窓から放り投げようとした。
「待て待て待て、話をきかんか」
窓枠に掴まってめちゃくちゃ力込めてやがる。
「よし、この状態で説明してみろ」
「無理、無理じゃから。ちょっと力抜いて」
「面倒だなあ」
仕方がないのでもう一度部屋に戻してやった。
「よし、話を戻そう。新魔王はとてつもない力を持っていてな、本来この世界には現れるはずがないほどの力を持っているんじゃ。お主やイズルは転生者だからレベル上限を上回るが、その魔王は転生者でもないのにレベル上限を越えてきた。しかも厄介なことに経験値変換能力を持っておってな、ありとあらゆる物を吸収して自分のレベルに変換してしまう。つまり放っておくとどんどん強くなってしまうんじゃよ」
「ヤバいじゃん」
「だからヤバいって言ってるじゃろ」
「というか神様なのになんでそれを止められなかったわけ? なんのための神様なの?」
「まああれじゃ、ワシは雇われ店長みたいなもんじゃから。そういうの決めるのは最高神様の役割なのよね。ガチャを作ってるのが最高神様で、ワシはガチャを回すことしかできないわけ」
「神界の世知辛い状況なんて興味はないけどお前も立場があるんだなっていうのはよーくわかった。で、俺になにをしろって?」
「当然魔王の討伐じゃ」
「俺一人で?」
「どんな人材を使っても構わんよ。でも討伐というよりは弱体化と言った方が正しい。魔王はいくら倒しても新しい魔王が生まれるからのう」
「魔王を弱体化させるのが目標か。対して難しくなさそうだな」
「ところがどっこいそう簡単にもいかないんだな」
「それそれ、そういうもったいぶるのがイヤなんだよ。マジで断るぞ」
「それは困る」
じじいは腕を組んでしかめっ面をした。
思わずまた頭をひっぱたいてしまうのだが、もう反射のようなものなので仕方がない。